米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


コーチングにおける「文化的背景の理解」の重要性

原題:Power, Privilege and Oppression: An Effective Lens for Executive Coaching
コーチングにおける「文化的背景の理解」の重要性
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私は20年以上をかけて、変化のための重要なツールとして、社会的な位置づけや地位を利用するというコーチングのアプローチを学んできた。そのアプローチは、インターセクショナリティ(性別、人種、年齢などの差別的な社会的アイデンティティが交差して存在するという研究)という考え方に基づくもので、米国のフェミニスト法学者で、公民権唱道者であり人種論に関するすぐれた研究者であるキンバリー・クレンショー氏の主張に影響を受けた考え方である。

インターセクショナリティとは何か

クレンショー氏は1989年に、インターセクショナリティの考え方を発展させた。その考え方とは、人種や階級、性別およびその他の社会的政治的アイデンティティが、世界中の人々やその営みに対して、それぞれ個別に影響を与えるわけではなく、複雑に絡み合って影響するということを探求したものである。個別のアイデンティティの有利な点、不利な点についての解決策を分析したり、練ったりしている限り、変化に対する私たちの考え方や提供できるツールは限定的になるだろう。

コーチングにおいて、インターセクショナリティという考え方に基づくアプローチをとることは、自分もクライアントのそれぞれが複数のアイデンティティをもち、そのアイデンティティは社会固有の権力と特権の厳密なヒエラルキーの中で共存しつつ、社会的位置づけの影響を受けているという事実を受け入れることを意味する。私は、人のキャリア形成において、社会的位置づけや社会的抑圧が、その人を抑圧したり前進させたりする機能をもつことを意識し、活用する重要性を学んだ。

社会的位置づけを見る目を養うには、長い年月がかかった。コーチングを始めた頃は、人種、階級、性別、性的志向やその他アイデンティティに関係なく、いかなるクライアントでも同じようにコーチングができると思い込んでいた。さまざまな要素の関係性は考慮せず、「一方が他方に対してより影響力が強い」といった単純なとらえ方をしていたし、白人で異性愛者のユダヤ系女性としての自分のアイデンティティが、コーチング・プロセスに及ぼす影響についてじっくり考えてもいなかった。

異なるアイデンティティに対する認識

私の考えや行動は、多様性を受け入れ、差別をなくすといった社会活動に参加し始めた頃から変わり始めた。活動の中で、私は、ある有色人種の女性に対して、自分の権力を無意識に自分が有利になるように誤用していると抗議された。最初は、私自身が、ユダヤ系の女性として抑圧された経験があったため、彼女からのフィードバックに抵抗を感じた。しかしその後、さまざまな文献や白人の特権に関するトレーニングを通して、歴史的、制度的に白人が圧倒的に有利となるように作られた世界で、私がいかに恩恵に授かっているかを理解した。私は、自分自身のためだけではなく、自分とは異なるアイデンティティをもつ人たちのためにも、人間関係構築に関する考え方や、より責任をもって行動する方法について考え直すことを学んだのである。

権力、特権、社会的抑圧とインターセクショナリティの概念は、特に、2016年の大統領選以来、より頻繁に公の場で論じられるようになったが、企業においてこの概念を発展させ、採用するのは容易ではない。ダイバーシティやインクルージョンの取組み(多様な人々を受け入れ一体化していく活動)は、有効な方法があることを知らないまま、促進されていることが多い。考え方の違い、MBTI(心理学にもとづいた性格診断)、人種や性別の違いは、同時に考慮すべき要素であるが、ほとんどの場合、それぞれ単独で扱われ、また「違い」に重きが置かれている。これらの要素は、たしかに、現実のものであり、人々の感情や考え、リーダーシップのスタイルに影響する。しかし、インターセクショナリティの考え方を広げていけば、無意識の文化的背景の影響に縛られずに、行動をとっていけるようになるのだ。

クライアントの文化的背景を意識する

ある金融機関のエグゼクティブ・コーチングで、私が直面した実際の状況を考えてみよう。あるアフリカ系アメリカ人の男性役員は、職場の人間関係の中で居心地の悪さを感じており、職場のイベントでは部外者のように感じていた。彼には白人の欧米系コーチが割り当てられたが、そのコーチは、職場において有色人種のスタッフが体験することに関する知識がなかった。そのコーチがとった戦略は、クライアントがより多くの職場のイベントに参加して、そのような場で心地よく感じるようにサポートすること、そして、そのための計画を彼が立案できるようにすることだった。コーチの質問やクライアントへの課題は、コーチの立場を誤用するという結果になった。そのコーチが、クライアントのみならず、自らの文化的背景も認識しなかったからである。そのコーチングによって、男性役員はさらに失望の道筋をたどることになった。それは、コーチが構造的な障壁が存在することを認識しなかったことに起因する。コーチは、クライアントの強さと忍耐力を伸ばすことに焦点を当て、人種的問題はコーチングプロセスの中では扱われなかった。

インターセクショナリティのアプローチを取ると、コーチングは違った展開になる。アパレル企業でマーケティング役員を務める、同性愛を公表している南アジア系の女性をコーチしたことがある。彼女は、自身のキャリアで経験した葛藤について話してくれた。経営の上層部が、そのクライアントを含む若い役員のグループを召集し、将来のキャリアの希望や異動の要件について議論させた。

その時点で、私と彼女のあいだには、それまでのコーチングを通して、かなりしっかりした信頼関係ができていた。彼女は、自分自身の家族が、グループミーティングで話題にのぼった他の家族と、いかに異なっているかについて話してくれた。私は、彼女が我慢しなければいけないことについて話し合うのではなく、その企業の方針が異性同志のカップルを優遇しているという事実に触れることが大事だと思った。人事異動の要件が、異性同志のカップルを基準としていることについて言及すると、クライアントは「そのとおりだ」と答えた。そして、彼女とパートナーが長期的にやりたいことについて話し、さらには、彼女が直面している問題が、今の状況の中ではまるで存在しないものと考えられていることが、いかにストレスフルでがっかりさせられる体験なのかを語った。話されてこなかったことを表面化させ、制度的な障壁を指摘し、また、活用できる手段や権利を確認することで、彼女にとって、より現実味や意味のあるプランを立てることができた。

エグゼクティブコーチが、彼ら自身の社会的位置づけを理解すれば、より道徳的に振る舞うことができ、クライアントが日々経験している小さな攻撃や抑圧を繰り返すようなことがなくなるだろう。社会的位置づけを理解するとは、自分自身やクライアントが生きる社会に、どのような権利構造があり、誰がどんな特権をもち、どんな社会的抑圧が存在するかを理解するということである。この考え方は、他の分野における研究でも裏付けされている。家族サービス協会(Institute for Family Services)の創立者であるリア・アルメイダ博士によると、「権力は常に何らかの形で行使される。意図的に、あるいは意図的でなくとも、それは容易に誤用され得るため、個人的、グループあるいは組織レベルで、他人に危害を加えてしまうのだ」(2013)。さらに言えば、こうした見解をもつコーチは、クライアントとともに、特権や権力、その他の手段を、効果的、また確実に利用する解決策を創り上げることができるだろう

新たなるアプローチ

インターセクショナリティへの理解を深めるには時間がかかり、継続的な学習へのコミットメントが必要となる。しかし、こうした学習の必要性を説かれないまま、多くのコーチは、異文化適応力またはダイバーシティとインクルージョンの枠組みについて学ぶ。そのために、コーチとしての成長に行き詰まりが生じる。

インターセクショナリティの考え方を理解し、実践を進めていくことは可能である。そのためには、最初に、そして真っ先に、あなたのクライアントの文化的環境を考慮すること。そこには、クライアントおよびあなた自身が(知らないうちに)もっている権力や特権や、抑圧された経験も含まれる。いまのやり方の中に、変えられることはあるかどうかオープンに探求してみよう。また、クライアント自身や彼らの目指すものをより深く理解するために、コーチとして取ることのできる新しいアプローチについても考えてみよう。

次の資料を参考に提示する:
Rhea Almeida, 2007, "Transformative Family Therapy, Just Families in a Just Society", Pearson
Kimberlé Crenshaw on Intersectionality, More than Two Decades Later
Tim Wise, 2011, "White Like Me: Reflections on Race from a Privileged Son", Soft Skull Press

(本記事で私が述べたのは私個人の意見であり、私の雇用主であるノバルティス・ファーマ社の立場を表すものではない。)

筆者について

Gail Greenstein(ゲイル・グリーンスタイン)氏は、ノバルティス・オンコロジーにおける人事と組織開発担当のグローバル・ヘッド。25年以上にわたり、多数のグローバル企業において、人材育成、組織開発、リーダー開発の経験をもつ。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Power, Privilege and Oppression: An Effective Lens for Executive Coaching

(2018年2月13日にIOC BLOGに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。) 


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