がんばりすぎるリーダーへ ~セルフコンパッションとユーモアが生み出す余白~
あなたにもこんな経験はないでしょうか。
・熱や咳が多少あっても出勤する
・病欠するとき、「やる気がないと思われるかも」「信頼を失うかも」と不安になる
・疲労やストレスがピークに達していても体に鞭を打って働いてしまう
2023年に米国で行われた調査では、病気休暇制度がある職場でも、従業員の約90%が過去1年に体調不良のまま働いた経験があり、40%は有給病欠の使用をためらっていると報告されています(※1)。
そして、健康問題を抱えたまま働くと、集中力や判断力の低下、ミスの増加につながり、結果的に生産性は3分の1以上低下することも指摘されています(※2)。
このように病気や体調不良、ストレスなど、何らかの疾患や症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や生産性が低下している状態を「プレゼンティーイズム(Presenteeism)」と言います。
米国ではプレゼンティーイズムが年間1500億ドルの経済的影響を及ぼしており(※2)、日本ではメンタル不調によるプレゼンティーイズムが年間約7.3兆円もの損失(対して欠勤による損失は0.3兆円程度)を生んでいます(※3)。
プレゼンティーイズムは、現代の組織運営においてリーダーが直面しうる重大課題のひとつと言えるでしょう。
今回は、この「プレゼンティーイズム」を発端に、「がんばりすぎる自分自身」との向き合い方について考えていきます。
プレゼンティーイズムの背景
プレゼンティーイズムが起こる背景のひとつに、自分自身に対する「完璧主義」がある(※4)。
このような完璧主義の人は、自分に対して厳格な基準を設定し、自分の行動を厳しく評価する(※5)。そのため、高い目標設定が可能という側面がある一方で、「できない自分には価値がない」と日常的に自分を厳しく追い込む傾向がある。すると、結果として長時間労働や過剰な仕事投入といったワーカホリズムに陥り、心身の疲労やストレスを蓄積したまま働き続けてしまう。言い換えれば、がんばりすぎてしまうのだ。
かつては、多少無理をしてでもがんばることが美徳とされた時代があり、その名残は今も私たちの中に息づいている。がんばったらできた、評価された、ならば次はもっと——。こうして「がんばり=評価」という図式が強化されていく。
それは一見、生産的なサイクルに見えるが、いつも成果につながるとは限らない。どこかで必ず破綻が生じる。そのとき、行き過ぎた完璧主義者は、過度に原因を自分に求めがちだ。すると、自分を批判する声ばかりが大きくなる。
そうした過度な「自己批判」的なあり方は、リーダーの場合、自分自身の問題としてはもちろんのこと、周囲にも「無理してでも働かなければならない」というプレッシャーを与え、気づかぬうちにメンバーのプレゼンティーイズムをも後押しする可能性がある。
そこで注目したいのが、過度な「自己批判」の対極にある「セルフコンパッション」である。
セルフコンパッションとは
「セルフコンパッション(Self-Compassion)」とは、「自身が困難な状況に置かれた時に、自分に対していたわりの気持ちをもち、理解を示すこと」を指す(※6)。
セルフコンパッションは、
①自己への優しさ(Self-Kindness):自己批判ではなく、自分に優しく接する
②共通の人間性(Common Humanity):失敗や苦しみは誰にでもあると理解する
③マインドフルネス(Mindfulness):苦痛を無視したり誇張したりせず、ありのままを受け止める
の3つの要素で構成されている(※7)。
「自分への優しさ」と聞くと、「甘えではないか」「それでは現状維持に留まり、成長・向上できないのではないか」と考えたくなるかもしれない。しかし、セルフコンパッションが高い人ほど、困難に直面した際に自分を思いやりつつ状況を普遍的なものとして受け止め、否定的側面だけでなく肯定的側面にも目を向けることができる(※8)。国際的な心理学誌『Self and Identity』でも、こうした人は困難な状況でも感情に飲み込まれず、現実を冷静に見極め、適切な行動を選択できる可能性が示されている(※9)。
たとえば、全力で取り組んだ成果物を社内で酷評されたとしよう。このとき自己批判的なマインドに陥ると、自分のことで頭がいっぱいになって俯瞰できなくなり、次の選択肢を検討する余白が失われ、学びや成長は止まってしまう。
代わりに「セルフコンパッション」を実践するなら、
「私は悔しいと感じている(③マインドフルネス)」
「でも、こんな失敗は誰にでもあるものだ(②共通の人間性)」
「私はここまで努力できたのだから大丈夫。できるところから修正していこう(①自己への優しさ)」
という風に、主観のみにとらわれず、状況を俯瞰して見る余裕が生まれ、今必要な行動や資源にも目を向けられるようになる。セルフコンパッションは、そうした目標達成に向かう力や成長を支える土台となるのである。
とはいえ、忙しく仕事をしている中で、自分に優しい目を向けるのはあまり現実的ではないと感じるかもしれない。なぜ、多くのリーダーにとって自分に優しくするのが難しいのだろうか。
組織では、特に組織を牽引するリーダーの中では、「がんばり続けてこそ前進できる・成長できる」という非合理的なビリーフが強化されやすい。このビリーフが、自分に対して優しくすることを“速度の低下”として警戒させるため、無意識のうちに自分に優しくすることを先延ばしにしてしまうのではないだろうか。しかし実際には、「優しさ」は先述の通り、パフォーマンスを上げるための重要な役割を果たすのだ。
とはいえ、意識するだけでは優しさの実践は難しい。そうしたビリーフは無意識のうちに働いているため、私たちをすぐに元に引き戻してしまうからだ。だからこそ、意識的に自分を俯瞰し、自身の思考や感情を一歩外側から扱うための“余白”が必要となる。この余白により、行動を「反射的なもの」から「選択的なもの」へと変えていくことができ、優しさは実践可能なものへと近づいていく。セルフコンパッションはそうした“余白”をつくり出すうえでも有効なアプローチである。
「ユーモア」の力を活用する
では、私たちは生活の中で、具体的にどのように「セルフコンパッション」を実践することができるだろうか。そのヒントとなるのが「ユーモア」である。以前のEasterliesでも紹介したが、ユーモアは心身にポジティブな影響を及ぼす可能性を有している(※10)。
ユーモアにはいくつかの種類があるが、セルフコンパッションの観点から特に効果的なのが「自己受容的ユーモア(Self-enhancing humor)」 である(※11)。「自己受容的ユーモア」とは、失敗や困難に直面した際、自分をおとしめるのではなく、状況を受け入れつつ、ネタとして前向きに捉えるスタイルを指す。
たとえば、「昨日のプレゼンさ、途中で言葉が出てこなくて脳みそがフリーズしちゃったよ…あ、でももう再起動したから大丈夫!」という風に困難を笑いに変えるのだ。
がんばりすぎてしまう人は、「自分の弱みを笑う」ことに強い抵抗を感じやすい。自分を情けなく思ってしまうからである。しかし、自己受容的ユーモアは、不健全な自己卑下ではなく、自分を軽やかに受け止める小さなセルフケアであり、心理的ストレスを軽減させることも示されている(※12)。
余白が組織を好転させる
プレゼンティーイズムは「がんばらなければいけない」という気持ちの結果ともいえる。その気持ち自体は決して悪いものではないが、がんばりが行き過ぎて心身をむしばんでいるのであれば、また、冒頭で示したような生産性低下や損失につながっているなら、セルフコンパッションの視点を持つことをおすすめしたい。
ありのままの自分を受け入れ、日常にユーモアを取り入れる小さな行動は、心の重しを少しずつ下ろす助けになるはずだ。さらにそうした重しが減ると、物事を考える余白が生まれる。この余白こそ、判断の質を安定させ、メンバーとの関わりにも余裕をもたらす。また、メンバーの“がんばりすぎ”や自己批判に陥っているサイン、組織の状態にも気づきやすくなるだろう。
セルフコンパッション、そしてユーモアには、自分自身だけでなく、組織を好転させる可能性がある。しかもこれは特別な力ではない。誰でも、いつからでも始められる点に魅力がある。まずは今日から、自分にも周りにも、少し優しい目を向けてみてはいかがだろうか。
・最近無理しすぎてしまったのはいつですか?
・そのときの自分にどんな言葉をかけますか?
・今日、あなたは自分にどんな優しさを贈りますか?
(記事執筆:コーチ・エィ 志賀)
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【参考文献】
※1 BambooHR. (2023). Guilty Until Proven Sick: Why US Workers Don’t Take Sick Leave (2023 Data). BambooHR.
https://www.bamboohr.com/resources/data-at-work/data-stories/2023-sick-guilt
※2 Hemp, P. (2004). Presenteeism: At Work — But Out of It. Harvard Business Review, 82, 49-58.
※3 Koji Hara, Tomohisa Nagata, Masaaki Matoba, Tomoyuki Miyazaki. (2025). The Impact of Productivity Loss From Presenteeism and Absenteeism on Mental Health in Japan Journal of Occupational and Environmental Medicine, 67, 699-704.
※4 Girardi, D., Falco, A., Piccirelli, A., Dal Corso, L., Bortolato, S. & De Carlo, A. (2015). Perfectionism and presenteeism among managers of a service organization: The mediating role of workaholism. TPM: Testing, Psychometrics, Methodology in Applied Psychology, 22, 507‑521.
※5 Paul L. Hewitt & Gordon L. Flett (1991). Perfectionism in the Self and Social Contexts: Conceptualization, Assessment, and Association With Psychopathology. Journal of Personality and Social Psychology, 60, 456–470.
※6 大宮 宗一郎・富田 拓郎(2021).マインドフル・セルフ・コンパッション(MSC)とは何か:展望と課題 心理学評論,64,388-402.
※7 Neff, K. D. (2011). Self-compassion: The proven power of being kind to yourself. New York: Harper Collins Publishers(ネフ, K. D., 石村 郁夫・樫村 正美・岸本 早苗(監訳),浅田 仁子(訳)(2021).セルフ・コンパッション[新訳版]:有効性が実証された自分に優しくする力 金剛出版)
※8水野 雅之・菅原 大地・千島 雄太(2017).セルフ・コンパッションおよび自尊感情とウェルビーイングの関連――コーピングを媒介変数として―― 感情心理学研究,24,112-118.
※9 Terry, M. L., & Leary, M. R. (2011). Self-compassion, self-regulation, and health. Self and Identity, 10, 352–362.
※10 株式会社コーチ・エィ(2022)コーチ・エィ「対話におけるユーモアのちから」『Hello, Coaching!』https://coach.co.jp/easterlies/20221030.html
※11 Yue, X., Ho Anna, M. L., & Hiranandani, N. A. (2017). How humor styles affect self compassion and life satisfaction: A study in Hong Kong. Acta Psychopathologica, 3, 41.
※12 Fritz, H. L., Bruntsch, R., Hellebuyck, N., et al. (2020). Why are humor styles associated with well-being, and does social competence matter? Examining relations to psychological and physical well being, reappraisal, and social support. Personality and Individual Differences, 154, 109641.
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