Easterliesは、日本語で『偏東風(へんとうふう)』。「風」は、外を歩けばおのずと吹いているものですが、私たちが自ら動き出したときにも、その場に「新しい風」を起こすことができます。私たちはこのタイトルに、「東から風を起こす」という想いを込め、経営やリーダーシップ、マネジメントに関する海外の文献を引用し、3分程度で読めるインサイトをお届けします。
真の変化適応力とは:「メタ認知」で自分と向き合い続ける

2025年06月04日

「変動性・不確実性・複雑性・曖昧性」を意味する「VUCA」という言葉は、現代のビジネス環境を象徴するキーワードとして定着してきました。昨今のトランプ関税による混乱のように日々変化する世界で、予測不能な状況にしなやかに対応する力が、リーダーにますます求められています。その対応とは、単なるスピードや情報処理能力ではありません。価値観の違い、視点の多様性、曖昧な状況に対して、意図をもって応じる力、つまり「変化適応力」が問われています。そして今、この変化適応力の土台として注目されているのが「自分の思考や判断を俯瞰し、再調整する力」、つまり「メタ認知」です。本稿では、このメタ認知の視点から、変化に応じるリーダーシップについて考察していきます。
変化に適応するとは?
世の中の変化や自身の環境の変化など、リーダーたちは、これまでの経験則や成功体験だけでは乗り越えられない状況に、日々直面している。こうした変化に対して、素早く適応していくことが求められているが、変化に「適応する」とは一体どういうことなのだろうか?恐らく、表面的に取り繕うことや、場当たり的にやり過ごすことではないはずだ。リーダーシップ研究のパイオニアであるロナルド・ハイフェッツ(Ronald Heifetz)氏は「変化に応じて自分の思考パターンを調整し、従来の対処法から脱却する力」を「適応力(Adaptive Leadership)」と呼んだ(※1)。変化が求められるとき、私たちはつい外側の出来事に意識を奪われがちだが、そこで一歩立ち止まり、自分が何を当然と捉え、どのような価値観をもとに動いているのかを、認知することが一丁目一番地なのかもしれない。
メタ認知:「自分の中の見えない前提」に光をあてる
ハイフェッツ氏のいう「自分の思考パターン」はいかにして知ることができるのか。ひとつの鍵となるのが「メタ認知」だ。メタ認知とは、自分の思考について考える力、つまり「自分の中にある自分を観察する力」である(※2)。心理学者ジョン・フラベルによって提唱されたこの概念は、学習・判断・意思決定における自己調整の力と深く関わっているといわれており、現在ではOECDの教育指針やリーダーシップ研究でも注目されている(※3)。
メタ認知を行うためには、自分の内側にある潜在的な価値観や思い込みを俯瞰する必要がある。たとえば、これまでプレイヤーとして活躍してきた人が、昇進して部下をもち、マネジメントをすることになったとき。部下に仕事を任せることが大事だと頭ではわかっている。しかし、気がつけばこれまでと同様、自分で手を動かして仕事を進めてしまう。多くの新任マネージャーが直面するジレンマだろう。そんな時「自分のどんな前提がこの行動の裏側にあるのだろう?」と問いかけてみると「部下に任せることが怖い」「部下に任せると仕事が遅れる」という考え方や「仕事ができる自分を認められたい」という欲求に気がつくかもしれない。メタ認知は、そうした自分の思考や判断の背後にある"前提"や"思い込み"に光を当てていくプロセスだ。
「変わりたくない自分」との対話を続ける
ハーバード大学教育学大学院の教授であり、成人発達理論の第一人者として知られている心理学者ロバート・キーガンは、こうした無意識の前提や思い込みが、変化を阻む「心理的免疫システム」として働くことを指摘した(※4)。変化を望みながらも変わることができないのは、多くの場合、現状を守りたいと思う、潜在的な信念が働いているのだ。
一方で、変化に適応していくためには、変わり続ける意志を持つ必要があるだろう。そのためにも、自分の中の何が変化を阻んでいるのか、とメタ認知を通じて内側を観察する習慣を持ち続ければ、新たな行動の選択肢も見えてくるはずだ。こうして、自分自身との対話を続けるプロセスそのものが、変化適応力の向上につながってくるといえるのではないだろうか。そして、その対話は一度きりで終わらせるのではなく、繰り返し行うことで、我々は変わり続けるリーダーになっていけるのだろう。
- あなたはどのような「前提」を持っていますか?
- あなたの「変化適応力」を高めるために、誰のどんなサポートがあると良いでしょうか?
(記事執筆:コーチ・エィ マネージャー 柴田仁臣)
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【参考文献】
※1 Heifetz, R., & Linsky, M. (2002). “Leadership on the Line”. Harvard Business Review Press.
※2 Flavell, J. H. (1979). “Metacognition and cognitive monitoring: A new area of cognitive–developmental inquiry”. American Psychologist, 34(10), 906–911. https://doi.org/10.1037/0003-066X.34.10.906
※3 The OECD Learning Compass 2030
※4 Kegan, R., & Lahey, L. L. (2009). “Immunity to Change: How to Overcome It and Unlock the Potential in Yourself and Your Organization”. Harvard Business Press.
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