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エンゲージメントの核心
社員の心に灯をともす。
この言葉を今年、経営者の口から何度聞いたことでしょうか。
今、どの企業もエンゲージメント向上に相当力を入れて取り組んでいるように思います。サーベイを実施し、評価制度や働き方を見直す。1on1やピアボーナスを導入し、社員の声を反映する。そんな中、経営者たちは冒頭のようなことを口にされます。エンゲージメント施策だけでは何かが足りない。そんな想いが吐露されているように、私には聞こえます。
多くのリーダーと関わる中で、私はある種の違和感を抱いてきました。エンゲージメント対策という名で行われている施策の多くは、実際には社員の「不満を減らす施策」であって、「意欲を生む施策」にはなっていないのではないか、という感覚です。
実際、こんな声を聞くことがあります。
「以前よりは働きやすくなった。でも、だからといって、仕事への情熱が高まったわけではない」
このギャップはどこから来るのでしょうか。
日本人にとってのエンゲージメント
英語の engage は、「関わる」「約束する」「身を投じる」という意味を持ち、婚約を意味する engagementが象徴するように、「自ら選び取って、その関係に深く関わる」という能動的なニュアンスを含んでいます。それに照らせば、エンゲージメントとは「心地よく働けるかどうか」ではなく、そもそも「私はこの場所、この仕事、この未来に関わりたいと思えているかどうか」という、極めて個人的で内面的な感覚なのです。
国際的な調査では、日本のエンゲージメントスコアは世界の中でも低い水準にあると言われます。ただ、それを「日本人は会社に対して冷めている」と片づけてしまうのは、いささか乱暴な解釈に思えます。日本には長い間、主君や共同体に献身することを美徳とする文化が存在してきたからです。高度経済成長期には「会社に人生を預ける」ことが、ある種の理想像でもありました。
ここで鍵になるのが、「心理的契約」という考え方です。かつて日本の会社と社員の間には、「会社に尽くせば、会社は一生社員の面倒を見る」という暗黙の合意がありました。この約束が、働くことの意味であり、安心であり、誇りでもありました。ところが時代の変化とともに、その契約は企業側から静かに書き換えられていきました。終身雇用は揺らぎ、人材は「会社が守る存在」から「自らキャリアを切り開く存在」へと捉え直されるようになりました。一方、社員の側にはなお、「会社とは守ってくれるもの」「自分の人生の基盤であるもの」という感覚が根強く残っているように思います。
企業は「自律せよ」「挑戦せよ」「変革の当事者となれ」と求めます。一方で社員は「安定を提供してほしい」「分かりやすく指示してほしい」「大事にしてほしい」と期待します。この見えないすれ違いこそが、日本のエンゲージメントの低さの背景のように感じます。
では、どうすればよいのでしょうか。
あなたは、この瞬間もこの会社を選んでいるか
私たちの思考や行動、そしてマインドは、日々「自分が自分にどんな問いを投げかけているか」によって変わっていきます。つまり、問いの質によって、働き方そのものも大きく変わるということです。
私にも、働く上での「問い」が変わった体験があります。
30代半ば、前職 IBM で働いていたとき、イギリス人の副社長と1on1の機会をいただきました。彼は私にとって雲の上の存在。少しでも良い印象を残したいと意気込んだ私は、今思えば、どこか背伸びした話し方をしていたように思います。黙って聞いていた彼は、聞き終わるとこんな問いを投げかけました。
「Sou, are you choosing IBM?(内村さんは、IBMという会社を選んでいますか?)」
最初は、何を聞かれているのか分かりませんでした。彼は続けました。
「あなたは、自動的に IBM にいるように見える。
市場に出たときに、自分にどれほどの市場価値があるのかを知っていますか。
IBM以外にも、自分が活躍できる場所がどれだけあるのかを知っていますか。
それらを知ったうえで、それでもなお IBM を選んでいますか」
そのときはうまく返事ができませんでした。ただ、その言葉は静かに私の中に残り、時間をかけて意味を持ち始めました。
それまでの私は、「どうしたらもっと評価されるか」「どうしたら上手く立ち回れるか」という問いで働いていました。しかし、彼の問いかけをきっかけに、私の内側の問いは少しずつ変わっていきました。
「私は この会社で、何を実現したいのか」
「私は、この組織の未来にどう関わりたいのか」
問いが変わったとき、同じ仕事が違って見え始めました。任されている役割は以前と大きく変わっていなくても、「やらされている仕事」から「自分で選んで関わっている仕事」へと、意味づけが変わっていったのです。
問いの質の変化
問いには、段階があります。
はじめは、不安や恐れから生まれる問いです。
「失敗しないためにはどうするか」
「責められないためにはどう動くか」
これは私たちが生き延びるために備えている問いでもあります。
次に、成果や効率を求める問いへと移っていきます。
「どうやればもっと成果が出せるか」
「どうやって早く終わらせるか」
これは組織の中で評価されるうえで重要な問いであり、多くの優秀なビジネスパーソンは、このレベルの問いに長けています。
しかし、もう一段階深いところに、意味や価値を探す問いが存在します。
「私は何のためにこの仕事をしているのか」
「この組織にとって、自分はどんな存在でありたいのか」
さらにその先には、
「私はこの人生を通じて何を残したいのか」
という、存在そのものに関わる問いがあります。
問いの質が変わると、世界の見え方が変わり、同じ仕事をしていても、そこに込める意志や覚悟が変わっていきます。エンゲージメントの核心には、その人がどんな「問い」を持っているかが非常に強く影響しているのではないかと私は感じています。
会社の未来に自ら望んで参加する
エンゲージメントとは、「自ら未来に関わりたい」と感じたときに、内側から立ち上がってくる感覚です。それはたいてい問いから始まります。
「私は、何のためにこの仕事をしているのか」
「ここにいることを、自分で選んでいると言えるのか」
問いが変わると、働き方は静かに変わり始めます。その変化は、エンゲージメントサーベイのスコアにはすぐには表れないかもしれません。それでも、確かにそこから、人と仕事との新しい関係が生まれていきます。
社員の心に灯をともす。
それは、社員に向かって「燃えろ」と火を押しつけることではなく、問いを間に置き、社員の心に灯がともる、つまり自ら未来への関わりを選び直すまで、その問いに一緒に向き合い続けることではないでしょうか。
あなたが、この会社で実現したいことは何ですか。
そのためにあなたは、この組織の未来にどう関わっていきたいですか。
《関連資料 》
【事例コラム】経営者・事業部長向け 3つの事例で考える「エンゲージメント」を高めるリーダーの関わり方
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