Coach's VIEW

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日本人はいかにして目覚めるのか

日本人はいかにして目覚めるのか
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心に残った一言

私はここのところ、様々な企業の経営層の方々と、次世代リーダーに求められることは何かを議論しています。最近痛感するのは、もう従来型のリーダーシップも、欧米型をただ模倣するだけのリーダーシップも、今の日本では通用しなくなってきているということです。

その日も、ある大手上場企業の人材開発責任者と1時間ほど議論しました。日本生まれでエクアドル国籍を持つその人は、最後にこう言いました。

「次世代の日本のリーダーに求められるのは、社員のハングリー精神を刺激することではないでしょうか。日本人は、本当はハングリー精神を持っています。しかし今、そのハングリー精神を表に出せずにいる。私たち経営層も、あなたたちコーチも、日本人のハングリー精神を刺激する必要があるのです」

それはストレートに私に響いてくる言葉でした。

彼は私に挑戦するように、そして自らを鼓舞するように、そして共闘を呼び掛けるように、私に向かってそう言いました。

古臭い言葉

「ハングリー精神」

今となっては少し古臭い匂いのする言葉です。時代が豊かになり、私たちが安定を手に入れたからでしょうか。戦後、焼け野原から今日の日本を築いた先代たちは、おそらくハングリー精神の塊だったでしょう。日本の未来を自らの手で切り拓いていく。多くの人がそんな使命を持ち、共有し、今よりも未来のために、自分たちよりも未来の世代のためにというマインドセットで、この国をつくってきたのだと思います。

翻って、今はどうでしょうか。

日本という小さな国は、世界でも有数の経済大国になりました。これ以上豊かになる、これ以上成長する、そんな言葉が人々の心を動かしづらくなるのも当然かもしれません。ある程度の成功を収めると、人は攻めから守りに代わっていくのが世の常です。

また、社会というものは、成熟するにつれシステムそのものがより複雑になり、どこにどう働きかけると物事が変化するのかが極めてわかりづらくなります。そのため、人は容易に無力感を抱きやすくなるとも考えられます。

アンコンフォートゾーン

7年前に弊社のプログラムでコーチングを学んだ後、エグゼクティブ・コーチングも受けられた、長いお付き合いのクライアントの方がいます。現在は、彼の後継者開発のプロジェクトでご一緒しています。

彼は最近、息子さんのバスケットチームを支援するために、自らバスケットコーチの資格を取得しました。バスケットボールのコーチ向け講習会に行った後、彼は私に言いました。

「内村さん、バスケットのコーチもビジネスの世界のコーチもまったく一緒ですね」

彼は、スポーツでもビジネスでも、コーチがやっていることは同じだと言います。

円を3つ重ねて描き、一番真ん中を「安全地帯」、一つ外側の円を「アンコンフォートゾーン」、一番外側の円を「デンジャーゾーン」とします。彼は、スポーツであってもビジネスであっても、私たちはたいてい一番真ん中の「安全地帯」、このゾーンに居座ろうとすると言います。

しかし、安全地帯に留まっている限り、成長はありません。たとえば、バスケットボールの場合、毎日練習をしたとしても、やることが安全地帯の中のことだけであればその選手の能力は伸びません。一方で、乱暴に崖から突き落とすような関わりは、相手をデンジャーゾーンに追いやってしまうかもしれません。デンジャーゾーンとは文字通り危険な領域ですから、場合によっては、相手が大ケガをしてしまうかもしれません。部下も同じです。

コーチの役目は、いかに選手たち、部下たちを「アンコンフォートゾーン」に連れていき「コンフォートゾーン」に逃げ込まずにそこに居座らせることだと、彼は言います。大事なのは、その人にとってどこまでがデンジャーゾーン一歩手前のアンコンフォートゾーンなのかを見極めることです。

彼の話を聞きながら、私はリーダーたちがアンコンフォートゾーンに踏み込み、もがきながらもそこに居続けようとする姿や、そこから自らの成長をつかみ取る姿をコーチとして何度も目撃したことを思い出しました。

型破りな吉田松陰

「ハングリー精神」という言葉を聞いて、私の頭に真っ先に浮かぶのは吉田松陰です。彼は、220年以上続いた鎖国によって平和に繁栄した江戸時代の日本に忍び寄ってきた海外からの危機の中で、日本の変革の立役者となった一人であり、変革のリーダーを何人も育てた人でもあります。

彼の思想の背景には陽明学があります。陽明学では、正しいと思ったことを即座に実践することを大事にします。吉田松陰も「動けば道は開ける」、そう考えている人でした。自ら常にアンコンフォートゾーンに一歩踏み出すことを選んでいた人でもあります。『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』(※)という著書の中にこんな一節が出てきます。

「小さくても、『一歩を踏み出す』という行為さえ続けていれば、『なぜこれが正しいのか』脳が勝手に理由を集めてくれる。大切なのは、不安をなくすことではない。いかに早く、多くの失敗を重ねることができるか。そして『未来はいくらでも自分の手で生み出すことができる』という自信を、休むことなく生み続けることなのである」

アンコンフォートゾーンに一歩踏み出し続ける中で、次第にハングリー精神の火がともる様子がイメージできるように私は感じます。

平和で豊かな時代を長く過ごしてきた私たちは、一歩踏み出す理由を自ら見つけ出すことが難しい時代を生きているといえます。「うちの社員には危機感が足りない」。そういう発言をよく聞きますが、危機感を煽ってハングリー精神に火を灯そうとする試みは、必ずしも成功しているとは思えません。目に見える危機が自分に迫らない限り、人のマインドは変わりにくいものなのでしょう。

日本のすべてのリーダーに優秀なコーチが必要

そんな中で変化を起こそうと試みようとするのであれば、私は前述のクライアントの話がヒントになるように思います。

自ら一歩踏み出すのが難しいのであれば、コーチをつけることです。コーチは、選手や部下をアンコンフォートゾーンへ連れ出す役割を担います。リーダーたちをうまくアンコンフォートゾーンに誘い出し、そしてそこに居続けさせることができるのは、優秀なコーチです。何もプロのコーチが必要というわけではなく、上司が優秀なコーチになってもよいでしょう。

アンコンフォートゾーンに連れ出してくれる存在がないまま、安全地帯にとどまり続ければ、よほどの危機が目の前に迫ってくるまで、私たち日本人がハングリー精神に目覚めることはないのではないか。そう思えてなりません。

コーチを活用して、今いるところから一歩踏み出してみませんか。

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参考文献
※ 池田貴将(著)、『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』、サンクチュアリ出版、2013年

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