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「ジョブ型」を活かす ~モダニズムからポストモダニズムへ
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「モダニズム」と「ポストモダニズム」
「なぜ人は脳みそを持っているのか!」
フォード自動車創業者、ヘンリー・フォードの言葉です。 工場の労働者や社員は、なぜ指示したとおり機械のように動いてくれないのか、と嘆いて発した言葉といわれています。
マネジメントの領域では「人」をどう捉えるかについて「モダニズム」と「ポストモダニズム」という概念があります。「モダニズム」は、20世紀初頭から現代にかけて広がった思想で、人を組織の一機能としてとらえ、合理性や効率性が重視され、データや数字がすべてを物語るとされます。 チャップリンの映画「モダンタイムズ」は、人が歯車になり、人として崩壊していく様を皮肉を込めて描いています。まさにフォードの言葉が具現化された世界です。
これに対し「ポストモダニズム」は、個々人の背景や物語、関係性がそのパフォーマンスに大きく影響すると考えます。 「ポストモダニズム」は「モダニズム」が進化した概念とされますが、 現実においては、心のどこかで「指示通りに動いてくれ」と願い、モダニズム的なマインドを持つ経営者が少なくないのではないでしょうか。そして、モダニズム的な働き方は「ジョブ型」と呼応することと相まって、求められる場合が多いという現状がありそうです。
「ジョブ型」への移行は最善策とはいえない
今、日本のビジネス界では「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への大きな移行が進んでいます。「ジョブ型」では、まず役割や業務内容が定められ、それに適した人材を配置し、成果を評価します。まさにモダニズム的な発想に基づいているといえるでしょう。
「ジョブ型」というカンフル剤を使わなければ、変えられないくらい強固で根強いルーティンが日本の多くの組織には存在し、そこに日本経済の停滞の一因があるといわれています。 日本で主流であった 「メンバーシップ型」は「いつでも、どこでも、なんでもやります」という、あまりに柔軟になりすぎた社員のあり方に価値を置きすぎた結果、むしろ日本の生産性を低下させ、失われた30年、40年を招いたのだと。
しかし、モダニズム的であり必ずしも最善策とはいえない「ジョブ型」を採用するのであれば、私たちはそれによって失われる何かを補う必要がありそうです。
ある社長が気づいたこと
ここにヒントを与えてくれたのが、ある中規模メーカーの三代目社長、Tさんとのエグゼクティブ・コーチングでした。
Tさんは若い頃、米国でMBAを取得し、卒業後は大手会計事務所やコンサルでの経験を積み、30代半ばで父の経営する会社に戻りました。KPI(重要業績評価指標)を重視し、数字に基づいた評価を徹底し、PDCAサイクルを回すことで組織のパフォーマンスを向上させようとしました。
当初、Tさんのやり方は一定の成果を上げました。業務プロセスは標準化され、個々の役割が明確になったことで、短期的な効率は向上したのです。しかし、次第に組織全体の活力が低下し、社員のモチベーションが落ちていくのを感じるようになりました。
そんなとき、Tさんとのエグゼクティブ・コーチングは始まり、早速、360度フィードバックを実施しました。そこには、社員からのこんな言葉がありました。
「なんだか、自分がただの部品になっている気がする」
その一言はTさんをフリーズさせました。「自分が考えていたとおり」だったからです。
Tさんは効率化を進める一方で、社員の主体性や協力関係が希薄になり、組織としての一体感が失われつつあることに気づいていました。しかし「それは仕方のないことだ」と割り切ろうとしていた、と言います。けれども、組織が「効率的」になればなるほど、なぜか生産性が上がらない。社員同士の助け合いが減り、新しいアイディアも生まれにくくなっている。このままでは、単なる数字の管理に終始する会社になってしまうのでは――。
私は「要するにTさんご自身の問題は、何なのでしょうか?」 と聞きました。
「効率性を追求することと、人のつながりを大切にすることを両立したい。それを私ができるようになりたい」
とTさん。そして、思いいたったのです。
「これまでのやり方が間違っていたわけではない。でも、それだけでは足りなかったのです」
「関係性の強化」がもたらしたもの
Tさんは「明確な役割分担」や「成果に基づく評価」を維持しながらも、それを支える「関係性の強化」に取り組むことを決意しました。まず彼が行ったのは、社員一人ひとりの「背景」を知るために定期的な1on1の対話を増やすことでした。そして業務の進捗だけでなく、社員の価値観やキャリアの志向をじっくり聞く時間を作りました。
しかし、最初のうちは思うような成果が出ませんでした。社員たちは「どうせ評価のために話を聞いているだけだろう」と警戒し、率直な意見は出てこなかったのです。しかし、あるときTさんは気づきました。自分自身が「評価する側」として話を聞いている限り、本音は引き出せないのではないか、と。1on1の場は評価とは切り離し「自分の悩みも共有する」スタイルに変えました。「私自身も、数字と人のバランスに悩んでいる」と正直に話すことで、少しずつ社員の態度が変わり、ようやく腹を割って話せる感覚を持てたといいます。
また、部下同士のつながりを強化するために、プロジェクト単位の小規模なワークショップを導入し、異なる部門のメンバーが互いに意見を交わす機会を増やしました。これにより、社員たちは「組織の一員」としての帰属意識を取り戻し、個々の専門性を活かして業務を遂行する環境が整っていきました。
すると、Tさんが想像していなかった変化が起こり始めました。社員同士が自然に助け合うようになり、役割分担が明確でありながらも、業務を超えた協力が生まれるようになったのです。かつて「決められたことだけをやる」雰囲気が強かった組織が「自発的に考え、行動し、助け合う」組織へと変わりつつありました。
Tさんは、次第に確信していったそうです。
「効率を追求することと、人のつながりを大切にすることは、決して対立するものではなく、むしろ、組織が生き生きと機能するためには、その両方が必要なのではないか」
そしてさらに、
「組織のあり方を決めるのは、制度や仕組みだけではなく、それを運用する私自身のリーダーの姿勢だ」と。
数字を管理し、効率を上げることは大事です。しかし、そこで働く「人」がどう感じ、どう関わるかを見落としてしまっては、組織は単なる「部品の集合体」に過ぎません。Tさんの考えは、現代における働き方のあり方の一つの解ではないかと思います。
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今の社会において働き方は、モダニズムvsポストモダニズム、ジョブ型vsメンバーシップ型の二極対立では語れないのではないでしょうか。重要なのは、このような対立する概念のどちらかに重きを置くのではなく、いかに融合させることができるのか、個々人に合った働き方を提供することができるのか、といったことだと私は思います。
あなたはリーダーとして、どんな働き方をメンバーに提供しますか?
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