Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
「今ここ」で感じていることを伝える

自分の中で起きていることは、何かを語っている
私のクライアントのCEOが会議室に入って来ました。
いつも通り、上着なしのリラックスした服装、さわやかな笑顔で「お願いします!」の第一声。
こうしてコーチングが始まって間もなく、なぜか私の鼓動は次第に早まり、呼吸が浅くなり、手が汗ばんできました。
その瞬間、私はCEOにこう伝えました。「私の身体感覚が変化してきています」。そして、私の身体に起きていることを具体的に話しました。CEOは目を丸くしましたが、静かに、まっすぐ私に視線を向けて聞いていました。そして彼は言いました。
「そういうことか...経営会議で誰も発言しなかったのは...」
「正直、『おまえらいい加減にしろ!』と思ってるからな。それが伝わっているってことか...」
今、この瞬間、ここであなたの中に起き始めていること、相手との間で感じ始めていること、それは、何かを語っている可能性があります。
別のあるCOOは、進行中の全社変革プロジェクトに不満があったようです。彼が言うには、
「変革の意味を理解し、自分事にしている人はほんのわずかですよ」
それを聞いたとき、胃の奥に何らかの圧がかかる感覚がありました。まるで「私の世界観を理解せよ」と言われているようでした。
それは初回のコーチングだったのですが、私の感じていることを聞きたいか確認すると「ぜひ、聞きたい」とのこと。そこで、遠慮なくそのまま伝えました。すると彼は、一瞬、止まりました。そしてこう言ったのです。
「痛いところを突くね。鏡を見ている感じがするな。コーチングが楽しみになったよ」
私は初回のコーチングで必ず「私にはこうしたフィードバックができますが、あなたにとって有効ですか?」と尋ねます。今まで、数百人に尋ねましたが、ノーと言った人は誰もいませんでした。逆に好奇心を示す方が多く、コーチングが進むと「今、聞いていてどう感じていますか?」とフィードバックを求めてくるようになるケースが少なくありません。
クライアントに関する最も重要な情報は、コーチングの現場にある
『決定版 コーチング』の著者、ジェニー・ロジャース氏は、次のように指摘します(※)。
- コーチが持つべきクライアントに関する最も重要な情報は、コーチングの際、その瞬間にとっている言動であり、変化をもたらすために本当に有効となることは、コーチとクライアントの間に生じる関係性そのものの中にある。
- これらは、多くのコーチが素通りしようとする情報で、クライアントを知る多くの人も知っているのに、避けようとしている情報である。
- コーチングは、クライアントがその瞬間に見せている行動やその影響については、コメントすることが許されているどころか、推奨される数少ない機会のひとつである。
私は、コーチのキャリアの初期に、クライアントのビジネス/組織構成/最近組織で起こっていること/組織のパーパス・ミッション・ビジョン・バリューといった情報を詳細に調査し、周りにもインタビューして、クライアントにとって重要だと思われることを提示していました。
しかし、次第にそれらは「目の前のクライアントに、今ここで、変化をもたらすために」本当に有効な情報なのだろうかと疑問に思い始めました。今ここにいるクライアントと距離も時間も離れ、かつ他人の解釈が多く含まれている情報は、クライアントにとってリアリティがあるのだろうか? と。
むしろ、相手が今ここで、私に圧力が伝わるような話し方をしていた場合、彼/彼女は職場でもそれをやっている。また、相手が今ここで自分のチームで起きていることを雑多に話し、私が混乱する場合、彼/彼女は、チームを混乱させている。そして、相手が、今ここで、私との会話で過剰なほど丁寧だったりする場合、彼/彼女の周りにいる人たちも、同様のことを経験している......のではないか。これこそが、変化を生み出すリソースなのではないかと思うようになったのです。
先に紹介したロジャース氏も指摘するように「今ここで」の生々しいリアルなコミュニケーションは、コーチングの中で「コメントすることが推奨される数少ない機会のひとつ」ですが、次のような手順は踏んだほうがよいでしょう。
- コーチングの最初の段階で合意を取る
- セッションの中でもそのつど、伝える前に許可を得る
その上で、次の点を円滑に行える練習をする必要があります。
- 解釈を交えず、自分が感じた、聞こえた、見えた、という一次情報として伝える
- 目標やチャレンジと関連づける
- 伝えたことについてクライアントの考えを尋ねる
相手の変化がその先の相手への変化を生む
冒頭で紹介したCEOには、その後もフィードバックを求められて、コーチングのたびごとに私の身体感覚を伝えていました。その結果、彼は、人と話をする際に、相手がどのように感じているのかということに関心が向くようになったそうです。先日、変化を確認するためにCEOの周囲の方々へのインタビューをしました。すると何名かからこのようなコメントをもらいました。
「明らかに話し方が変わりました。今までは一方的で、基本的にはお叱りをいただいているという感じでしたが、こちらの様子を確かめながら話してくれるようになりました。また、今までと違って、じっくり聞くようになっています」
CEO自身にも変化を尋ねてみました。以前は「こいつら何言ってるんだ」と思った瞬間にマウントしていたそうですが、今ではマウントしようとする自分に気づくようになり、一呼吸置けるようになってきた、とのことでした 。
かつて彼からは「経営の中で、判断や評価にまみれていると、目の前の『ひと』が『もの』に見えてくる」と聞いたことがあります。私のフィードバックは「ひと」としての感覚を取り戻させるきっかけになったのかもしれません。CEOが自分から現場の人たちにコメントを求めるようになったのを見て、本当は「ひと」としての付き合いを社員としたいのだろうな、と気づきました。
このクライアントとのコーチングを通して私が学んだのは「今ここ」で感じたことの生々しさが、相手とさらにその先の相手に対しても伝染する力を持つことです。あれこれ判断した評価や説明は、相手のさらなる議論を呼ぶだけなのかもしれません。少なくとも、判断・説明は、生々しい伝染力は持たないのだと思います。
私の出会ったあるコーチングのトレーナーは次のように話していました
「あなたの身体は、今ここで何かを感じ取っています。あなたの楽器から聞こえること、感じ取れること、それを使いましょう」
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【参考資料】
(※)ジェニー・ロジャース (著)、鶴見樹里 (訳)、徳永正一 (訳)、『決定版 コーチング』、日本能率協会マネジメントセンター、2022年
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