Coach's VIEW

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ビジョンは関係性の中で育つ

ビジョンは関係性の中で育つ
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昨年社長に就任したクライアントA氏は、現在「会社のビジョンづくり」に心血を注いでいます。コーチングのテーマもまさにこのビジョンメイキング。A氏は、ビジョンは社長が明確に描き、周囲に理解させ、全社に浸透させるべきものであり、それが社長としての最重要任務だと信じています。

しかし、右腕である役員B氏との間にその「ビジョン」に関してズレが生じています。B氏は、A氏が社長就任前に外部から招聘された人物で、数年間A氏と共に経営に取り組んできた間柄です。A氏は、自らの想いを込めて創り上げたビジョンをB氏に理解してもらい、共感を得て、一緒に社内へ広げていくことを望んでいます。しかし、どこかでその意図が伝わっていない、なぜか「しっくりこない」そんな悩みを抱えていました。

そこで私は、自身の最近の出来事を通して得た「気づき」をA氏に伝えることにしました。

「関係性」がもたらすもの

30年間、毎月欠かすことなく通い続けた美容院の担当スタイリストが引退しました──その出来事は、私にとって単なるスタイリストの変更以上の意味がありました。その人との間には、言葉では言い表せない「安心感」や「信頼関係」があったため、彼の引退は、長年築いてきた関係性の喪失でもあったのです。

新しい美容室で出会ったスタイリストは、誠実な方で「これまでのスタイルに近づけるよう努力します。なんでも言ってください」と丁寧に対応してくれました。けれど、仕上がりはどこかしっくりこない。伝えたいことは伝えているつもりでも、微妙な違和感がぬぐえないのです。

この違和感を同僚のコーチに打ち明けたとき、2つの問いを投げかけられてハッとしました。

1つ目の問いは「30年通ったスタイリストとは、どんな関係性だったの?」
言われてみれば、その人とは理想のスタイルについて毎回細かく語っていたわけではありません。日常の話、家族や趣味、仕事のことまで何気ない会話を重ねてきた結果として、互いに理解が深まり、微妙なニュアンスも汲み取ってもらえる関係性が築かれていたことに気づいたのです。

「共に創る」対話の必要性

2つ目は「新しいスタイリストと一緒に、どんな髪型にしていきたいか話したんですか?」という問いでした。

私は「以前と同じ髪型を再現してほしい」という希望をただ一方的に伝えていたのです。しかし、スタイリストが変わったのだから、同じ髪型は再現できない。同じものをつくろうとするのではなく、新しい理想を「共に創る」対話こそが必要なのではないか、と気づかされたのです。

このエピソードを踏まえてA氏のケースに戻ると、2つの重要な示唆が見えてきます。

① お互いを知る
A氏とB氏は、業務上の会話は頻繁に交わしてきたものの、お互いを深く知るような対話の時間はあまりとれていませんでした。私がB氏にインタビューしたところ「Aさんが社長になってから、あまり話す機会がなくなりました。忙しそうなので遠慮して声をかけにくいし、以前より距離を感じます」と語ってくれました。役職が変わることで、自然と関係性にも変化が起きます。環境が変わったのですから「わかっているつもり」ではなく、意識的に対話を重ね、関係性を更新していく必要があります。

② ビジョンは「共に創る」もの
ビジョンは、社長が一方的に描いて伝えるだけでは、周囲に浸透しません。ビジョンは、対話を通じて少しずつ「言葉」になり「イメージ」が共有され「自分ごと」になっていくものです。

組織文化論の第一人者エドガー・シャインの著書『問いかける技術』を読んで、私は「良い問いは、良い答えを導くよりも、良い関係をつくる」のだと学びました(※)。これは、まさに対話が関係性を築き、共創を促すということに他なりません。

スタイリストとの関係性の話と、社長と役員の関係性を一緒に語るのは飛躍があるかもしれません。しかし、人と人が「共に何かを創る」ときに必要なのは、信頼、対話、そして関係性の質なのです。さらに、社長であるA氏にとって、ビジョンとは「伝えるもの」ではなく「共に創り出すもの」へと意識を変えることが、次のステージへ進む鍵かもしれません。

私の体験をシェアした後、A氏は次なるチャレンジをしてみると宣言したのです。

  • 関係性の再構築するためにB氏と定期的に対話の時間を設け、業務外の話も含めた「相互理解の場」をつくる。
  • A氏が描いたビジョンを叩き台にし、B氏をはじめとする経営幹部と「ビジョンを言語化するプロセス」を共有するワークショップを計画してみる。
  • そのワークショップでは「私たちは何のためにこの事業をしているのか?」「5年後、社員や顧客にどう思われていたいか?」など、問いを活用した対話によって価値観を共有する。

ビジョンはその人だけが語る「理念」ではなく、その関係性のなかで育っていく「物語」なのかもしれません。そして「誰と創るのか。どんな関係性で創るのか」その視点を持つことで、ビジョンはより強く、深く、そして生きたものになっていくはずです。

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【参考文献】
※ エドガー・H・シャイン(著)、原賀真紀子(訳)、金井壽宏(監訳)、『問いかける技術――確かな人間関係と優れた組織をつくる』、英治出版、2014年

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