Coach's VIEW

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目の前の相手を大切にすることが、なぜ会社の成長につながるのか?

目の前の相手を大切にすることが、なぜ会社の成長につながるのか?
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先日、コーチ・エィが提供しているICT(インタラクティブ・コーチ・トレーニング)というプログラムを社内向けに実施したものに参加しました。概要は把握していたものの、実際に参加者としてその場に身を置いてみると、予想をはるかに超える体験がありました。

なかでも心に残ったのが「ボールを使ったキャッチボール」のエクササイズです。柔らかく弾力のあるボールを、コーチと互いに投げ合う――極めてシンプルなやり取りですが、その中に深く豊かな示唆が込められていることを改めて感じたのです。

コーチが投げるボールは、胸元にふわりと届くちょうどいい高さとスピード。私も、相手の様子を見ながら、丁寧にボールを返す。何度か繰り返すうちに、言葉にはならない静かなリズムが生まれ、場がやさしく満たされていくのを感じました。

しかし突然、コーチが私の投げたボールを叩き落としました。そして、続けざまにこちらの了承もなく、明らかに私が取れない方向へボールを強く投げ返してきました。

その瞬間、胸がざわつきました。その動作だけで「自分が大切にされていない」と感じたのです。

そして思いました。
「私たちの日常のコミュニケーションも、これと同じではないだろうか?」

言葉の奥にあるもの

職場で交わされる言葉の一つひとつ。上司や部下、同僚、あるいは顧客との対話。言葉のやり取りは、一見単なる情報の伝達に見えるかもしれません。けれどもその根底には「関係性」という見えない土台が必ず存在しています。

相手を見て、間合いを計り、タイミングを合わせて言葉を投げかける。キャッチボールのように、互いの信頼があればこそ受け取りやすく、こちらも安心して投げられるものです。

あのエクササイズの後、自分の中にはこんな問いが浮かんできました。

「私は日々、どんなボールを投げているのだろうか?」
「相手は、そのボールをどんな気持ちで受け取っているのだろうか?」
「自分の意図や都合に気を取られ、相手の状態を見落としてはいないだろうか?」
「相手が手を伸ばしてくれていることに、私は気づけているのだろうか?」

これは言葉のやり取りに限りません。
目線、沈黙、姿勢、うなずき――私たちは日々、数えきれない「非言語のボール」を投げ合いながら、関係性という網を編んでいるのです。

信頼の橋をどう架けるか

エドガー・H・シャインは著書『人を助けるとはどういうことか』の中で「助けるという行為は、即興のダンスのようなものだ」と語っています(※)。

相手の動きをよく観察し、自分の出方を調整しながら、信頼という橋をそっと架けていく。信頼は、その即興のダンスのなかで少しずつ築かれていくものであり、そこには"関係性への感度"が欠かせない。

私たちが無意識に交わす言葉やふるまいの一つひとつが、橋の土台となります。信頼とは、丁寧に投げられた無数のボールの積み重ね。逆に、投げ捨てるようなひと言や、無関心な態度が、その橋をもろくしてしまいます。

信頼の橋を、壊すのは一瞬。けれど築くには、日々の繰り返しと注意深さが必要です。橋がもろければ、対話は断絶し、チームは分断されます。そしてその影響は、最終的に業績や顧客との関係性にも及ぶのです。

変革は遠くにあるものではない

私はエグゼクティブコーチとして、企業の経営者や幹部の方々と日々対話を重ねています。その中で繰り返し感じるのは「会社を変えたい」と願うリーダーたちの強い想いと誠実さです。持続的な事業の成長のために彼らは戦略を練り直し、仕組みを再構築し、組織文化の転換に取り組もうとしています。

しかし、どんな変革も、最初の一歩は「目の前の人との関係性」にあると私は思います。言葉の意味、解釈を見直し、使う語彙を選び直し、相手の存在にもう一度光を当てる。そんなささやかな瞬間に、関係の質が変わり、チームが変わり、やがて事業が変わっていく。

「私が変わる」
「相手を大切にする」
「その先に変化が生まれる」

組織変革の本質は、案外そんな小さな決意から始まるのかもしれません。

あなたはどんなボールを投げていますか?

あなたは今、誰に、どんなボールを投げているでしょうか?
そのボールは、相手が安心して受け取れる高さやスピードで届いていますか?
あるいは、自分の都合だけで、勢いよく投げつけてはいないでしょうか?

私は今でも、あの柔らかなボールの感触と、叩き落とされた瞬間の胸のざわつきを覚えています。

丁寧に、やわらかく、相手の状況をおもんぱかりながらボールを投げること。それは一つのスキルかもしれません。でも私は「相手を大切に思っている」という気持ちが込められているからこそ、ボールは相手に届くのだと思います。

信頼の橋を架け続けること。
それを組織の隅々に、さらには組織の外にまで広げていくことで、私たちは思いもよらない成果に出会うことができるのでしょう。

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【参考文献】
※ エドガー・H・シャイン(著)、金井壽宏(監訳)、金井真弓(訳)、『人を助けるとはどういうことか――本当の「協力関係」をつくる7つの原則』、英治出版、2009年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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