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「~しなければならない」からの解放

気づけば私たちは、毎日たくさんの「〜しなければならない」に囲まれて生きています。
「もっと頑張らなければ」「失敗してはいけない」「人に迷惑をかけてはいけない」……。
しかし、頭ではそう思っていても、心のどこかで「苦しい」と感じているのかもしれません。そんな自分に気づいている人は、どれくらいいるでしょうか。
人は誰しも、自分を守るために「思考の枠組み」をつくります。この枠は、子どもの頃の経験や、親や社会から刷り込まれた「当たり前」からできています。ある人は「努力しないと価値がない」と思い込むかもしれないし、別の人は「人に頼ったら負けだ」と感じるかもしれません。それらは、かつて自分を守ってくれた大切な考え方だったはずなのに、いつのまにか、かえって自分を苦しめる鎖になっていることがあります。
私がコーチングで実現したいことの一つは、こうした「思考の枠」「自分を縛っていること」からの解放なのですが、では一体どうしたら「~しなければならない」から自分を解放することができるのでしょうか。
感情がヒントをくれる
コーチとして多くの方と対話してきて気づいたのは「思考の枠」を解きほぐすには、考えを変えようとするだけでは不十分だということです。頭で「もっと自由に生きよう」と思っても、心が「でも怖い」と言っていたら、人は行動できません。そこで大切なのは、自分の感情に目を向けることです。
感情はときに厄介です。
怒り、寂しさ、悔しさ、恐れ――。
できれば見ないふりをしたくなるものばかりです。私自身コーチになるまでは、仕事を効率よく進めるためには、感情は抑えるべきもの、気づかないようにごまかすもの、と考えていたように思います。しかし、その感情こそが、自分を縛っている思い込みの奥に隠れた「本当の気持ち」を教えてくれるのです。
コーチングにおける「~しなければならない」
同僚のAさんからコーチングについて相談を受ける機会がありました。Aさんは中途入社で社内のコーチ試験を受けていましたが、何度か不合格になっていました。Aさんから話を聞くと、指摘されたことを修正しては、また新たな指摘をされるという悪循環に陥っているように思いました。そこで私は、コーチングで「こういうことをしなければならない」「こういうことをしてはならない」とAさんが思っていることを一緒に棚卸しすることにしました。
- アクノレッジしないといけない
- いい問いをしないといけない
- するどいフィードバックをしないといけない
- 興味関心を持たないといけない
- コーチとしての経験を持っていないといけない……等々、
自分で作り出した鎖で縛られていたことに気づいたAさんは、その裏にある感情・恐れを吐露してくれました。
「人に劣っていると思われたくないんです」
その恐れから自分を守るために、多くの鎖を纏っていたというのです。
そのことを認めたうえで、次のステップとして、Aさんがコーチングの何をいいと思っているのか、Aさん自身の体験をベースに一緒に探索しました。Aさんにとってコーチングはどんな体験だったのか、どんな感情の変化があったのか聞いてみると、こんな言葉が出てきました。
- 鎧をぬいだ感覚
- 自分の感情が上下に揺れ動く、泣きたくなる
- 感情の爆発、高揚感
- パンドラの箱を開ける(自分の見たくないところを覗きに行く)感覚
コーチングを受けた時に、自分の感情が大きく動くことを体験したAさんは「鎧を脱いで、本当の意味で自分を知ること」がコーチングで実現したいことだと言語化することができました。
Aさんは、自分を縛っている考えとその裏にある感情に気づき、あらためて自分がコーチングで実現したいことの「本質となる軸」を手に入れたのだと思います。こうして自信を取り戻したAさんは、その後無事に社内試験に合格しました。
感情にアクセスすることの意味
あらためてこのAさんとの事例を整理すると、以下のようなステップになります。
①コーチングでこうしないといけないと思っていることの棚卸し(思考レベル)
②その裏にある感情・恐れの吐露(感情レベル)
③自分自身がコーチングを受けた時の体験の振り返り(感情レベル)
④コーチングで実現したいことの本質の言語化(思考レベル)
①のあとに、コーチングで実現したいことの本質はなにか、と問われたとしたら、いくら頭で考えてもなかなか答えは出なかったのではないでしょうか。②③と感情レベルに踏み込んだからこそ、結果として④にたどりついたのではないかと思います。
感情に気がつくために必要なこと
心理学者のダニエル・ゴールマンは、感情知能(EQ)の大切さを説いています。「感情に気づき、うまく扱える人ほど、人間関係を築き、人生をより豊かにできる」と言います。
マルシア・レイノルズの『脳を出し抜く思考法』でも以下のように書かれています。
「自分が感じていることを識別するのがうまくなればなるほど、自分の行動を管理する能力が高まっていく。ある状況に対して、習慣に基づいて反応する代わりに、可能性に基づいて行動する選択ができる」
「自分の感情に注意を払うことで、自分の反応の被害者ではなく、監督者になることができる」
では、どうすれば自分の感情に気づき、そこから自由になる一歩を踏み出せるのでしょうか。 コーチングの場で私がよくお勧めしているのは、こんな問いです。
「今、私は本当はどう感じているのか?」
「この感情が教えてくれていることは何か?」
「頭ではどう考えているか? 心ではどう感じているか?」
頭の中だけで考えず、感じていることを紙に書き出してみてください。頭の声と心の声を書き分けると、自分の本音が見えてきます。そして、その本音を「こんな自分もいていいんだ」と受け入れること。それが、自分を縛っていた思考の枠を緩め、少しずつ解放していく第一歩です。
あなたは、どんな「〜しなければならない」に縛られているでしょうか。
その裏にある、見ないふりをしてきた感情は何でしょうか。
もし今日、その感情にそっと目を向け、ひとつだけ思い込みを手放すとしたら、どんな一歩を踏み出せるでしょうか。
自分で自分を解放する勇気を持ったとき、きっとそこには新しい可能性が開けるのではないでしょうか。
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