コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
「聞く」のは脳の仕事である
コピーしました コピーに失敗しましたコーチングでは「聞く」こと、それも、アクティブ・リスニングが大切だと言われます。
「取引先のお客様の話は聞けるのに、部下の話が聞けない」というのは、よく耳にする話です。
私自身、前職では超・指示命令型マネジメントをしていて、指示に従わないメンバーの話は「聞く必要がない」とまで思い込んでいました。コーチングを学び始めてから、誰の話も「聞ける」ようになるには、相当な試練と訓練が必要でしたし、エグゼクティブコーチとして活動するようになった現在でも、チャレンジの日々です。
「聞く」のは脳の仕事である
私には、3人の子どもがいます。第三子の次男は、2020年に産まれました。生まれて1ヶ月後にダウン症が判明し、それを機に、私は、五感の発達と成長についてさまざまな研究論文を読んだり、民間団体の講義などに参加したりするようになりました。
そんな中で「聞く」ことに関する興味深い情報をたくさん得ることができました。
五感の中でも、聴覚は「最初にスタートする感覚」であり、死ぬときに「最後まで残る感覚」だそうです。なぜかというと、聴覚は運動機能を伴わないからです。意識して筋肉を動かさずとも、「聞く」ことはできるのです。
そして、ダウン症の子どもたちは、聴覚から何かを覚えるのが苦手です。それは、彼らの外耳道が狭く、脳が音を分別できないからだそうです。
また、「聞く」ことについて、こんな実験があることも知りました。耳栓をして家の中を歩くと、初めの10分ほどは自分の踵の骨が床に当たるトントンという音がうるさいほど聞こえたものの、だんだんその音が聞こえなくなるといいます。なぜなら、脳がそれを不要な音と判別することで、シャットアウトしてしまうからです。
これらのことからわかるのは、聞いているのは「耳ではなく脳である」ということです。私たちが「聞けない」のは、耳栓をして家の中を歩く実験のように、脳がそれを「不要な情報」と判断しているからといえるのではないでしょうか。
無意識のバイアスが「不要な情報」をつくる
すべての情報を取り込んでいたら、脳の処理能力は追いつかなくなりますから、脳が「必要な情報」と「不要な情報」を判別すること自体は、理に適ったことです。しかし困るのは、本当は「必要な情報」にもかかわらず「不要」と脳が勝手に判断してしまうことがあるからです。中でも一番厄介なのは、私たちの中の無意識の「当たり前」です。「これが普通」「これが常識」「あの人はこういう人」、無意識にそう思っていることについて、脳はそれ以上の情報を取り入れようとしません。なぜなら、すでに「わかっていること」に改めて処理能力を使いたくないからです。しかし、こうした無意識のバイアスは、本当は必要かもしれない情報を、私たちからシャットアウトしてしまいます。
であれば、どうすればいいのか。それは、自らのバイアスに意識的になることです。そのためにも、コーチとしてメンターコーチングを受け、無意識の「当たり前」を客観視することは有効でしょう。
それに加えて、聴覚について調べている中で、私はもう一つ、「聞く」機能の向上に役立つ方法を見つけました。
それは音楽を聴くことです。
音楽は脳を変容させる
音楽が脳に及ぼす影響についての研究は、数多くあります。
たとえば音楽生理学者のアルテンミュラーは「音楽はニューロンを再編成する最大の刺激をなし、脳を変える」と結論しています。理由は、音楽が左脳と右脳を協調的に活動させ、両半球間のコミュニケーションを促進するからだそうです。実際に、持続的かつ集中的に音楽に携わっている音楽家の聴覚皮質は、一般の人より灰白質の神経細胞が多く、両半球を結合している脳梁も15%厚いことがわかっています。
さらに面白いことに、音楽の嗜好がその人の特性や思考パターンに関係するという心理学の研究もあります。
ケンブリッジ大学の研究グループによると、4000人以上の参加者にあらゆるジャンルの50種類の曲を聴かせて評価してもらったところ、感情移入しやすい人はR&B・ソウルやソフトロックなどのメロウな音楽を好み、論理的な考え方をする傾向がある人は、パンク・ハードロック、ヘヴィメタルなど、激しい音楽を好む傾向があることがわかりました。
あなたは普段、どのような音楽を聴くことが多いでしょうか。あえて、自分の好きなジャンル以外の音楽を聴いてみると、脳の変容がさらに促進されるかもしれません。
実際に私は、自らの好みと関係なく、意識的にいろんな言語や時代の音楽を聴くことを意識するようになりました。そうしていると、不思議なことに、言葉がわからなくても、涙が出るほど感動したり、踊りたくなったりという、新たな自分を発見します。もしかしたらそれは、瞑想の体験と似ているのかもしれません。心がフラットになり「受容」する体制が整うような、なんでも「聴ける」自分になるように感じます。
改めて、コーチとしてアクティブ・リスニングを意識するとき、私はよく脳がふにゃふにゃで柔らかくなっている状態をイメージします。そうすることで、自分が気負うことなく自然体で、相手のことを丸ごと受け止められる感覚をもつことができるからです。
相手の話を「聞こう、聞こう」と意識するのではなく、脳をオープンな状態にする。いろんな音楽を聴きながら、脳をオープンにしていきたいものです。
(日本コーチ協会発行のメールマガジン『JCAコーチングニュース』より、許可を得て転載)
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