コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
よりよく聞くために「話す」
コピーしました コピーに失敗しました「コーチは、どのくらい話していいものか?」
「コーチングでは聞くことが大切と学んだので、言いたいことはあるが我慢しないといけない」
これらは、部下に対するコーチングを実践し始めたばかりのクライアントのみなさんからよく聞くコメントです。
コーチングセッションにおいて、クライアントが気づきを手にするためには、なるべくたくさん話してもらうことがポイントです。セッション中にコーチが自分の話をすることによって、相手の話す時間を奪ってしまう、相手を誘導してしまうといったリスクはたしかにあるでしょう。
私自身も、コーチングを学び始めたときは同じことを感じていました。また、目標達成に向けて「問いかける」ことがコーチングの基本と考えると、コーチが話すことに躊躇する気持ちはよく理解できます。
とはいえ、コーチが自分の話をする価値は本当にないのでしょうか?
つまらない問いが面白いものになる瞬間
私は今年の1月、営業部門から人事部門に配属が変わりました。異動後、これまでの業務引継ぎと、新部署における業務への適応が思うように進まずに焦りを感じ、状態を早急に安定させたいと考え、コーチングを受けました。
「この状態において何を目指すのか?」
というコーチの問いかけに対して、私はいくつか自分が大切にしていることを答えました。
するとコーチは、その中の一つ「仕事をスムーズに効率的に進める状態にすること」という私の答えに対して問いかけてきました。
「なぜ仕事はスムーズに進めないといけないのか?」
その問いを耳にした瞬間、答えるのが面倒な問いだな、という感覚が走りました。
ところがコーチは、この問いに続けて、自分の考えを端的に話してくれたのです。
「私は、仕事がスムーズに進まず、課題に直面して、それを乗り越えたときに『成長したな』と感じることがある、つまり、スムーズに進むことがいつも良いこととは限らないのではないか? という問いが自分に浮かんだんです。これをきっかけに小林さんにとって他に選択肢がないのか、一緒に考えてみたいなと思いましたよ」
私自身も「言われてみれば、たしかにそういう側面もある」と感じ、少しの混乱が起きました。それと同時に、一瞬面倒だと思ったこの問いに惹きつけられ、この問いを正面から考えてみたいと思いました。
その後の時間では、この問いについて集中して話したことを今も覚えています。
"不確実性"がひらめきを促す
「なぜ仕事はスムーズに進めないといけないのか?」
この問いは、今こうして文章で書いてみても、私にとってあまり面白くない、わざわざ答えたくない問いです。この問いをさらに展開させて、
「それはなぜですか?」
「それによってどういう良い事があるのでしょうか?」
など、一方的に問いかけられていたら、当たり前すぎることをどうしていちいち説明しなければいけないのかと思いながらも、適当なロジックを並べて答えていたと思います。
茂木健一郎さんの著書『ひらめき脳』(※)に、次のようなことが書かれていました。
- "ひらめき"や"創造性"は直面する不確実性に対処するためにある。
- 人間の脳はある程度どうなるか分からないという不確実性を喜びと感じるようになっている。
- 何をしでかすか分からない他者との関わりのなかにこそ、そうした種がある。
今回のコーチングでコーチは、「仕事はスムーズに進めるのがあたりまえだ」と考える確定要素に満ちた私の思考に対し、「コーチの主観」という不確定要素を持ち込んでくれたのではないかと思います。つまり、コーチという"自分とは異なる他者"から持ち込まれたものが私の中に不確実性をもたらし、好奇心を掻き立てられて、その問いに惹きつけられていったのではないでしょうか。
コーチングは、コーチとクライアントがお互いにパートナーとして、共に考えていく場です。その中でコーチはただ相手に問うだけでなく、コーチの主観をセッションに持ち込んでみること、つまり"相手のことをより良く聞くために話す選択肢"をとることで、クライアントが問いに向きあってみる意欲を生み出す可能性がひらけるかもしれません。
(日本コーチ協会発行のメールマガジン『JCAコーチングニュース』より、許可を得て転載)
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【参考資料】
※ 茂木健一郎、『ひらめき脳』、新潮社、2006年
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