コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
「ご機嫌」マネジメント
コピーしました コピーに失敗しました「話しかけても、部下の反応が乏しい」
「なんとなく部門の雰囲気が重苦しいんですよ」
「相手が私に、妙に遠慮しているように感じる」
固い表情と、ぶっきら棒な声で、その役員は私に話しかけます。
口調や表情から、一見「不機嫌」な印象を与えるリーダーです。
そして、その印象がどうやら他者とのコミュニケーションの妨げになっており、職場の雰囲気や生産性にも何かしらの影響を与えていることも自覚されています。
人はなぜ「不機嫌」になるのでしょうか?
気分は感染する
「自我消耗説」という理論があります。
1990年代に、心理学者のRoy Baumeisterらが提唱した理論です。
「自我消耗説」とは、自制や意志力といった認知資源には、限りがあるという考え方です。それ故、人間はある一つの領域で無理をすると、他の領域で自制心を発揮することが難しくなるといいます。
つまり、困難な仕事やダイエットなど、仕事やプライベートにかかわらず、心に無理を強いていると、ネガティブな思考や感情を自制することが難しくなり、それが不機嫌につながるというのです。
さて、1996年に、イタリア人の学者によって「ミラーニューロン」の存在が発見されました。人が笑ったり、怒ったりする行為をみると、それを見た人の脳内の特定部位が活性化し、その行為をした人間の脳と同じパターンになることが確認できます。
つまり、気分は感染するのです。
さらにいえば、私たちは、社会的影響力のある人物の気分に感染しやすいこともわかってきています。
ですから、リーダーが「不機嫌」な気分でいれば、職場の人の脳内にも「不機嫌さ」が再生産され、その職場は「不機嫌」なムードに包まれるというわけです。
先の役員の職場でも、同様の現象が起こっているのでしょう。
「不機嫌」にも意味がある
冒頭の役員に、
「不機嫌でいることで、何を得ているんでしょうか?」
と問いかけたところ、しばらく考えてから彼は言いました。
「不機嫌でいると、人が寄ってこない。威厳を保てる、とか、自分の正当性が感じられる。あと、かえって周囲の人の注意をひくことができるというのもあるかもしれません。いってみれば、かまってもらえる...。そういえば、学生の頃、よく人から不機嫌そうだと言われました。不機嫌でいると周囲がよく気をつかって、かまってくれたんです」
精神科医の和田秀樹氏は「不機嫌とは、怒りや欲求不満などの感情の不適切な表現形」だと言います。「怒り」という感情で相手をコントロールするのと同様、「不機嫌」になることで周囲をコントロールするというわけです。
「不機嫌」になることにも意味があります。
「ご機嫌」は伝染する
それでは、リーダーが「ご機嫌」でいることには、どんな意味、意義があるのでしょうか?
次にご紹介する話は、エール大学で行われたビジネスシミュレーションの実験です。
実験の企画者は2つのグループに「全員にボーナスを支給する方法を決める」ことを指示します。ただし条件として、特定の社員にできるだけ多額のボーナスを確保しながら、グループ全体として最善の分配方法を検討するよう伝えました。
一つのグループには「不機嫌」でアグレッシブな気分を演じることを指示された俳優、もう一つのグループには「ご機嫌」で協力的な気分を演じることを指示された俳優が混じっていますが、メンバーは知りません。
結果として、「不機嫌」な役を演じた俳優のいたグループでは、メンバーは「不機嫌」に感染してしまい、話し合いは緊張し、終わる頃には全員が非常なストレスを感じていました。
一方、「ご機嫌」な俳優のグループでは、全員が明るい気持ちで納得感をもって話し合いを終えたといいます。
つまり、リーダーが「ご機嫌」であれば、職場の雰囲気も「ご機嫌」になり、社員の意識や生産性にポジティブな影響を与える可能性が高いということです。
そうであるならば、リーダーは、自身の気分にも責任を持ち、場の雰囲気を構築する当事者意識を持つ必要があります。
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冒頭の役員は、机の前に小さな鏡を置き、自分の表情の観察を始めました。自分の表情を意識することで、自分の顔が自然と緩んでくるのを実感したそうです。
そして、表情が緩むことで自身の気持ちにゆとりがでて、部下の話も以前に比べて穏やかな表情できくことができているとおっしゃっていました。
リーダーの気分が職場のムードに影響を与え、さらにそれが、組織の生産性そのものに影響を与えていきます。
ですから、リーダーは自分の「気分」に責任をもつことが必要です。
今日も「ご機嫌」でいるためには何ができるか、職場にいく前に自分に問いかけてみるのも、リーダーの大切な仕事の一つといえるかもしれません。
(日本コーチ協会発行のメールマガジン『JCAコーチングニュース』より、許可を得て転載)
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