コーチングカフェ

コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。


「あるもの」を聞く

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先日、若手のコーチとコーチングのロールプレイをする機会がありました。

私は「初めて部下をもった新任マネージャー」というクライアント役になり、コーチとの初回セッションをするという設定です。

お互いの自己紹介を終えた後、彼女は問いかけます。

「片桐さんは、このコーチングでどんなことを実現したいですか?」
「それが実現したら、片桐さんや組織にはどんな影響がありそうでしょうか?」
「これを実現することの、片桐さんにとっての意味ってなんでしょうか?」

クライアントに未来のビジョンを描いてもらうための素直な質問です。ただ、目の前の部下の対応に四苦八苦しているマネージャーを演じていた私は、将来のビジョンについてあまり言葉が出てこず、質問に答えていてだんだんと苦しくなってきます。

一方、コーチの側も、どんどん声の調子が落ちていくクライアントを前に、気持ちが焦るようです。言葉を変えて次々と質問を投げかけるものの、話はなかなか進展せず、そのロールプレイ・セッションは終わりました。

未来について聞くのがいいとは限らない

このように、クライアントからコーチが意図したように言葉が出てこず、コーチがなんとかリードしようとして頑張ってしまう状況は、私自身もコーチとしてときどき経験することです。

そんな時に思い出すのは、数年前に参加したベテランコーチAさんのトレーニングです。

翌週に締切の迫った原稿の執筆という、その日のAさんが抱えていた実際の問題をテーマに、トレーニング参加者であるコーチたちが入れ代わり立ち代わりショートコーチングを行う形でトレーニングは行われました。

「今のところ何か原稿のネタのアイディアはありますか?」
「それがないから困っているんだよ!」
「いつまでに書き終えたいですか?」
「そりゃなるべく早く終えてすっきりしたいよ!」
「誰と相談するとよさそうですか?」
「うーん、〇〇さんとか? でもなんかイメージがもてないなぁ」

トレーニングのため、Aさんがわざと難しいクライアントを演じている面もあったのかもしれませんが、私を含め、参加者たちが投げかける質問はどれも全く歯が立ちません。

次は、同僚Bさんがコーチする番です。にっこりとほほ笑んで、柔らかな口調でBさんはAさんに問いかけます。

「Aさんは、依頼者にいろいろと不満を言いたいように見えるのですが、どんなことを言いたいですか?」
「それでもこれまで何年も執筆を続けてこられたのは、この仕事に対してAさんにどんな思いがあるからなのですか?」
「Aさんが原稿を書くときには、いつもどんなプロセスを踏むんですか?」

Bさんからの質問に答えるにつれて、険しかったAさんの表情はみるみる柔らかくなり、ものの10分程度で、まるで魔法にかかったようにAさんの姿勢に変化がありました。

はじめからクライアントの頭に「ないもの」を聞こうとはせずに、まずは「あるもの」を聞く。

これは私がこのトレーニングの体験で学んだことです。

すでに「あるもの」に意識を向ける

私たちはともすると、未来のビジョンを描くために、「未来のことを問いかけなければ」と先を急ぎがちです。クライアントに対してだけではなく、自分に対して問いかけるときもそうかもしれません。

しかし実は、コーチングを受けたいと思うときの多くは、もっとうまくいかせたいのに、何かがうまくいっていないときが多いのではないでしょうか。そんな時、頭の中は「それができていない自分」のイメージで占められています。

人の意識はいつでも一つのことに向かうので、うまくいっていないことが気になっている時には、すでにできていることや自分が大事にしていることがあるにもかかわらず、そこには意識が向きません。そのような状態で未来について尋ねられても、何も出てこないか、出てきたとしても、無理に頭でこしらえたような実感の伴わないものになりがちです。

しかし、今その瞬間にクライアントの中に起こっている気持ちや、これまで選んできたこと、前進していることなどについてコーチから問われることで、クライアントは自分の中に「すでにあるもの」に意識を向けることができます。そうした土台の上ではじめて、クライアントは未来に目を向けることができるのではないでしょうか。

「気づく」とは、自分の中に「ある」ものを見つけること

カナダのコミュニケーション科学・教育学の専門家で、自らもコーチであるヘスン・ムーン氏も、著書(※)の中でこういいます。

「人は望む結果を手に入れるための計画を詳細に練ったところで、必ずしも奮起するわけではありません。自分がなぜ、その結果を望んでいるか気づいたときに、やる気が湧いてくるケースがほとんどなのです」

私たちは、コーチングでクライアントがアイディアや新しい視点を手に入れることを、「気づく」という言葉で表現します。

辞書を引くと、「気づく」とは「それまで気にとめていなかったところに注意が向いて、物事の存在や状態をしる」と定義されています。つまり、何もなかったところから新たな何かが生まれるというよりも、「もともと存在していたものに光が当たる」という意味合いを持っていることがわかります。そう考えると、「気づく」という言葉を使うこと自体、「あるもの」を聞くという、コーチングにおいて大切なことを示唆しているように思えてきます。

さて、あなたが今うまくいかせたいと思っていることを思い浮かべてみてください。
あなたの中には、どんなものがすでに「ある」でしょうか。

日本コーチ協会発行のメールマガジン『JCAコーチングニュース』より、許可を得て転載)


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※ヘスン・ムーン(著)、伊藤守(監修)、田村加代(訳)『未来を変えるコーチング』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年

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