株式会社コーチ・エィにおいて行われた講演会の記録です。
予防医学研究者 石川善樹 氏
第2回 豊かな発想法を持つ脳にするには?
2020年07月27日
2019年12月18日、コーチ・エィでは予防医学の研究者である石川善樹氏を勉強会にお招きしました。講演のテーマは『未来をつくる発想法』。当日の講演内容を4回にわたってお届けします。
第1回 | どの偉人から学ぶ? |
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第2回 | 豊かな発想法を持つ脳にするには? |
第3回 | イノベーションを起こすチームに不可欠な存在 |
第4回 | 芭蕉に学ぶ、未来をつくる発想法 |
クリエイティブな人、イノベーティブな人の脳内はどうなっているのか?
2018年、米ハーバード大学でクリエイティビティの研究をされているロジャー・ビーティー博士が「クリエイティブな人と普通の人とで脳内がどう違うのか」という非常に興味深い発見を発表されました。
脳内には、活性化した脳内のさまざまな部分をつなげるサブネットワークが3タイプあり、それぞれ専門用語では、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)、顕著性ネットワーク(Salience Network、SN)、実行機能ネットワーク(Executive Control Network EN)と呼ばれ、異なる役割を有しています。
DMNはアイデアを出す役割、SNは無数に出るアイデアをいくつかに絞る役割、そしてENが絞られたアイデアを精査する役割なのですが、わかりやすい一般的な用語を使うと、DMNは「直観」、SNは「大局観」、ENは「論理」と言い換えることができます。
たとえば将棋棋士を例にとりましょう。棋士はある場面を見ると、直観で 「次の手」が100通りくらい浮かび、それを大局観でいくつかに絞りこみ、最後に時間をかけて次のうち手を決めるというプロセスを踏んでいるようです。
ビーティ―博士の発見では、普通の人はサブネットワークでの切り換えがスムーズにいかず、どれか一つにとらわれてしまうのに対し、クリエイティビティが高くイノベーティブな人は、この3つのサブネットワークのモードの切り替えが上手で、特に「直観」と「論理」をつなぐ「大局観」がきちんと働いているということでした。発想力を豊かにするためには、「大局観」をうまく働かせることが、とても大切だというわけです。
大局観とは何か?
「大局観」とは何なのでしょうか。江戸時代に狩野派によって粛々と屏風に描かれ続けた『洛中洛外図』が、私には「大局観」を最もよく象徴しているように思えます。この図は全体で洛中と洛外、すなわち京都の町を描いているのですが、よく見ると一つひとつに京都における様々なシーンがとても細かく描かれているのです。しかし、その絵のほとんどは雲でもやっと隠されています。
全体像のビッグピクチャーが「直観」、京都を象徴するいくつかのディテールが「論理」、そしてその間に雲があることで、この絵を遠くから引いて眺めたり、近くで詳細を見つめたりを、何度も往復させられます。この「直観」と「論理」の間を行ったり来たりすること。これこそが「大局観」になります。
「大局観」モードをどうつくるか
発想力が豊かになるには、「直観」「大局観」「論理」の3つのモードを上手に切り替えなければなりませんが、そもそもどうやってこのモードをつくればよいのでしょうか。
「直観」のデフォルト・モード・ネットワークは、一人でボーッとしているときに活性化すると言われます。一方で、大勢で議論をしたりブレインストーミングをすると論理的になり、アイデアの精査が起こります。では、最も大事な「大局観」のモードはどうやってつくったらよいのか。このことは数年間、私の研究テーマの一つでした。
先ほどのように、時間の過ごし方を2つの評価軸を使って4分類してみます。
一つ目の評価軸は、「ひとりでいる」か「みんなといる」か。もう一つの評価軸は「Being(目的なし)」か「Doing(目的あり)」か。Doingとは、何らかの目的に向かって行動をしている状態、目的があって役割や責任を果たしている状態を指します。一方Beingとは、大した目的もないまま「いる」という状態です。
普段の職場は、「みんな」と「Doing」の状態にありますが、トイレや散歩中は、「ひとり」で「Being」の状態です。タバコ部屋や、社員旅行先では「みんな」で「Being」の状態であり、残る「ひとり」で「Doing」の状態というのは、たとえば企画書を作成したりプレゼンの準備をしたりなど、複雑で困難な課題を一人で解いている状態です。ちなみに、複雑で困難な課題に取り組むときは「ひとり」のほうがよいということは知られており、逆に、さほど頭を使わずにできるルーティワークは、みんなといる状況下でする方が捗ることが知られています。最近増えているテレワークも、複雑で困難な課題に取り組むことに向いています。
この4つの分類では、「みんな」で「Doing」すると「論理」モードになり、アイデアの精査が起きます。一方、「ひとり」で「Being」の状態では、「直観」モードとなり、アイデアがたくさん湧き出ます。アニメーションスタジオのピクサーのオフィスを作るときに、故スティーブ・ジョブズ氏は、作業場とトイレの場所をものすごく離すよう主張したのですが、これは、トイレまでの往復時間にアイデアが湧きやすくなるように、つまり「ひとり」で「Being」のモードに入れる時間を確保できるようにしたのだと思います。
「ひとり」で「Doing」の時間と、「みんな」と「Being」の時間
さて、最も大事な「大局観」ですが、私は、「ひとり」で「Doing」の時と、「みんな」と「Being」の時がポイントだと思います。例えば、「ひとり」で「Doing」する企画書の作成ではものすごく「大局観」を求められます。モヤモヤした大きな「ビッグピクチャー」を、言葉なり図なりの「ディテール」に落としこむ作業ですので、「ビッグピクチャー」と「ディテール」を何度も往復しないとなりません。プレゼンをつくる作業もそうです。またもう一つ、「みんな」で「Being」の状態も、実は「大局観」モードです。この状態の例として飲み会を考えてみます。飲み会で交わされる会話の9割9分は、愚痴か噂話だとの分析もありますが、やれ仕事がどうだ、上司がどうだ、旦那がどうだ、というディテールの話をすることもある一方で、「いやぁ、人生っていうのはさぁ」とか「うちの会社はさぁ」という大きな話をすることもありますよね。こういうビッグピクチャーの話は、会議室での打ち合わせでは絶対起こりません。会議中は頭が「論理」モードになっているから、人生の話にはならないのです。
ですから、発想法を豊かにするには、「ひとり」で「Doing」の時間と、「みんな」と「Being」の時間を両方もつこと。これが、クリエイティビティを高めるためのカギであり、そして、この4つのモードを何度も行ったり来たりすることが極めて重要なのです。
(次回に続く)講演日: 2019年12月18日
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