株式会社コーチ・エィにおいて行われた講演会の記録です。
予防医学研究者 石川善樹 氏
第4回 芭蕉に学ぶ、未来をつくる発想法
2020年08月17日
2019年12月18日、コーチ・エィでは予防医学の研究者である石川善樹氏を勉強会にお招きしました。講演のテーマは『未来をつくる発想法』。当日の講演内容を4回にわたってお届けします。
第1回 | どの偉人から学ぶ? |
---|---|
第2回 | 豊かな発想法を持つ脳にするには? |
第3回 | イノベーションを起こすチームに不可欠な存在 |
第4回 | 芭蕉に学ぶ、未来をつくる発想法 |
大局観のスタート地点は「構造を把握する」こと
私が師匠と仰ぐ濱口秀司氏のすごさは、「大局観」が優れているところにあります。現在地はどこか、そしてどこに広大なチャンスがあるのかを、パパッと見通されます。たとえば、「新しいビールを作ってください」というお題があるとします。普通の人は、今の市場にはたくさんのビールが出回っていると考えるでしょう。ところが濱口さんの場合は、「こういう軸をとると、実は今のビール市場はこう整理できて、ここがぽっかり空いていますね」ということをパパッと洞察されるのです。その様子を見て私は、「大局観」の優れた人になるためのスタート地点は、構造を把握することだとわかりました。構造を把握しないと、今どこまで来ていて、どこにチャンスがあるのかがわかりません。
構造化の作法なるものを考えると、軸の取り方がカギになります。軸の取り方を変えれば、どこが空いているのかが見えるようになったり、さらに違う軸を取ることで、実は4つの領域の1つしか埋まっていないことに気づけたりします。さらにうまく軸を取れると、そこはまだ点にしか過ぎず、存分にイノベーションを起こせるように見えてきます。私自身もこの3、4年、さまざまな出来事に対して、軸の取り方を変えながら、空きスペースを見つける努力をしてきました。空いているところが見えると、アイデアを出しやすくなり、現在地と未来を示すことで、社内はもちろん社外の人への説得も容易になっていきます。
構造を把握した後、どうするか?
第一歩である「構造の把握」の後、次にどう進めていけば、偉大な日本人ランキングナンバーワンの松尾芭蕉に追いつけるのでしょうか。文系の人は、言葉で芭蕉のすごさを整理しようと考えるかもしれませんが、理系の私は、芭蕉のすごさを構造化・図式化してみました。その結果、すごいことに気づきましたので、今からお話しします。
まず、どういう軸を取ったかと言いますと、一つが「アップデート」、すなわち新しくしていく軸。そしてもう一つが「アップグレード」、質を高めていくという軸です。「新しさ」と「質の高さ」は、トレードオフの構造になっていますが、こうしたトレードオフ構造の二軸は、立て方としてよい軸であることが多いです。
たとえば料理でいうと、高級な日本料理は、質が高いけれども新しくない、しかしジンバブエ料理となると非常に新しいけれども、おそらくクオリティはそうでもない。一般的に日本人は質が高い方を好み、アメリカ人は新しいものを好みますが、そこでのポイントは、どうやって「質も高い」し「新しい」料理を作るか。実はこれこそが未来をつくることにつながっていきます。
芭蕉に学ぶ発想法
松尾芭蕉に話を戻すと、江戸時代には、すでに和歌があり、雅なるものとして蛙や鴬がありました。これをアップデートします。そのための一番簡単な方法は、ターゲットを変えることです。たとえば、平安の古から貴族は和歌を詠み、それを、より雅なるものへと質を高めていました。では、貴族が詠んでいた和歌を庶民が詠むとどうなるか。江戸時代、庶民たちはこの和歌を「俳諧」というものに変えました。季語も入らず、テーマも雅なるものではなく「蛙飛び込む」といった、ある種ふざけた、わかりやすいものにアップデートされたのです。
そこで、芭蕉はさらに何をしたのか。「俳諧」をベースにして、そこに「わび・さび」という新しい「美」を入れて、アップグレードしました。アップデート(新しい)したものをアップグレードする(質を高める)という、このトレードオフの関係にある二つを実現して「美」の再定義を行ったことで、芭蕉は世界で一番広く知られた日本人となりました。
このように整理をしてきた中で、実は非常に重要なポイントが一つあります。芭蕉は「アップデート」したものを「アップグレード」したけれど、「アップグレード」したものを「アップデート」するとなると、それは難しいということです。なぜならば、「アップグレード」すればするほど、既存のお客さんに過剰適応してしまうからです。これは経営学用語では「イノベーションのジレンマ」と言われるもので、日本での携帯電話のように、質を高めることに突き進んでいった結果、iPhoneが登場したときに、一気にマーケットを奪われてしまった事例を思い浮かべるとわかりやすいかと思います。質を高めようとすると、既存のお客さんに過剰適応して、新しいマーケットが出てきたときに、気づけない、奪われるということになるのです。
そこで、芭蕉に学ぶ発想法は、本当に時代を変えるものを作ろうと思うならば、「まず新しくしてから、質を高める」ということです。先に質を高めてしまうとイノベーションのジレンマが起こり得るので、まず、新しくする。そのためにはもう、既存のことはだいたい無視して、新しいお客さんや新しい分野へと適応してみることが重要です。そしてアップデートした後で質を高めればよいのです。これは、「新しさ」よりも「質」に重きを置く日本人が、芭蕉に学ぶべき「未来をつくる発想法」です。
未来をつくる発想法
ここまでお話しした「未来をつくる発想法」をまとめますと、「直観」「論理」「大局観」の三つの思考法のバランスをとること、それから、ベテランと若手から成る小チームにすると大局観がとりやすいということ、そして、構造化する癖をつければ、大局観を鍛えられるということ、があります。そして、まずは「質を高める」ことよりも「新しさ」に取りかかるということが、イノベーションを起こし、未来をつくるための思考法になるのではないかと考えています。
今日の話をヒントに、コーチングの業界をイノベートしていただけたら幸いです。どうもありがとうございました。
講演日: 2019年12月18日
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。