本は、わたしたちに新たな視点を与えてくれます。『 コーチが薦めるこの一冊 』では、コーチが自分の考え方や生き方に影響を与えた本についてご紹介します。個性豊かなコーチたちが、どんな本を読み、どんな視点を手に入れたのか、楽しみながら読んでいただけるとうれしいです。
怖がらなければ何ができる?(『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』)
2017年02月21日
怖がらなければ何ができる?
「 怖がらなければ何ができる? 」
シェリル・サンドバーグの『 LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲 』の第1章は、この問いかけで始まる。
本書が発売されてベストセラーになった2013年、私は20代だった。過去に日本留学経験のない20代の外国人にとって、日本でのマーケットリサーチャーの仕事はチャレンジングだった。先行投資してくれた社長の期待に必死に応えようとして、がむしゃらに働いているうちに、グローバルプロジェクトを担当したり、チームをまとめる役割を担ったりするようになっていた。
残業の後に立ち寄った渋谷の本屋で、この本を見かけた。「女性、仕事、リーダー」の言葉が目に入った時、それまで漠然と頭の中にあったことが、言葉につながった。
当時勤めていた会社は小さな会社で、「まとめる役割」と言っても「リーダー」という言葉をあまり意識したことはなかった。しかし、タイトルから伝わってきた、世間のステレオタイプに圧倒されずに才能を開花させた女性からのメッセージを、迷いなく受け取ることにした(ブックカバーをつけて、旦那にタイトルを見られないようにはしたけれど。何か気恥ずかしく)。
著者自身の体験と大量の研究結果引用を通して、リーダーシップという概念的な言葉を繊細でリアルに描き上げたこの一冊は、4年経った今もときどき読み返している。いつも自信満々で、理性的で、何が正解なのかをまるで予め知っているかのように雄弁に語る人だけがリーダーなのではない。葛藤やコンフリクトに直面し、それらを乗り越えながら、成し遂げたいことにコミットし続けられる人だけが「リーダー」の言葉に値する、と読み返すたびに気が引き締まる。
「同じテーブルにつく」、「本音のコミュニケーション」、「パートナーを本当のパートナーに」など、どのチャプターのタイトルも勇気づけられるものばかりだが、私が一番好きなのは第1章、「怖がらなければ何ができる?」と、この「怖れ」に真正面から向き合う問いかけ。
「怖れ」については、このようなことが書かれている。
「女性が直面する障害物はたくさんあるが、その頂点に君臨するのが『恐れ』である。みんなに嫌われる恐れ、間違った選択をする恐れ、世間のネガティブな関心を引く恐れ、力量以上のことを引き受けてしまう恐れ、非難される恐れ、失敗する恐れ・・・。そして極め付きは、悪い母親、悪い妻、悪い娘になる恐れである。」
その一つの理由が、「ステレオタイプスレッド」として紹介される。詳細はぜひ本編を読んでいただきたいが、一言で言えば、固定観念からずれたときに、他人の不快を招く社会心理現象のこと。
著者が自分の学生時代についてこう書いている。
「中学生の頃、私がクラスで一番できる女子生徒だった。でもそう見られるのが大嫌いだった。誰がクラス一番の女子とデートしたいだろうか。」
著者の体験談が呼び起こしたのは、あまりにもそっくりな私の学生時代のリアルな記憶。私もいわゆる「勉強ができるコンプレックス」をもっていた女子だった。小学校時代までは親戚の中でも有名な「生意気娘」で、たびたび大人に楯つき、常に自分の意見を強くもっていたが、思春期に入って、嫌われること、非難されること、笑われることが全部仮想の敵になり、私の踏み出す一歩一歩にブレーキをかけていた。
しかし、上海で大学を卒業した後、「東京で働きたい」と人生で初めて明確な将来像を描くと、小学校時代のあの生意気な私がよみがえったかのように、確固たる主張をもち続けるようになった。財力も学力も足りない、親の支援もない、頼れるのは、ある程度できるようになった日本語と、未知を切り開く勇気のみ。全財産80万円と荷物を持って上海のアパートを立ち去った、あの早朝のワクワクと不安が交った気もちは、今でもはっきりと覚えている。
8年後の私は、まさにあの時に描いていた未来、いや、それよりもずっと輝いている「今」を生きている。
怖れていた「未知」は「経験」となった。決して良いことばかりではなかったが、無意味なことは何一つなかった。歩んだ時間は、確実に自分の一部となって、次のビジョンに出発する原動力に生まれ変わりつつある。
「怖がらずに一歩を踏み出してくれて、本当にありがとう」
と、8年前の自分に感謝したい。
断られるのを怖れてチャレンジに躊躇する、嫌われるのを怖れて意見を言えない、失敗するのを怖れて前進できない、特に女性の場合が多いかもしれないが誰しもある体験なのではないか。
著者のような、すでに大きく成果を上げている女性でさえ、今でも怖れと戦い続けていることが、本書で正直に明かされている。
「意見が無視されたり、相手にされなかったりする。それでもくじけず、手を挙げ続けなければならない。隅っこに座らないでテーブルにつかなければいけない。今でも、発言が聞き流される時にすぐ引き込む癖が全く健在している。それでも手を挙げ続ける。」
怖れに負けずに、その一歩を踏み出した自分に感謝する日が、きっといつか来る。
そう信じて、つかみたい未来に向けて前進しようと、本書を読み終わるたびに、熱い気もちで胸がいっぱいになる。
「怖がらなければ何ができる?」
と、改めて、この思わずチャレンジしたくなるような問い掛けを自分に向けた。
キャリアについて書いている第4章「梯子ではなくジャングルジム」も、私の好きなチャプター。新しい技術があっという間に廃れていき、AIにとって代わられないように、かつてない職業がどんどん生まれている時代の中で、キャリアは昔のような梯子一本ではなく、ジャングルジムのような、変換自由で予測不能の形に変わりつつあるということを、またしも著者の実体験とともに体感できる。
シリコンバレー、グーグルとフェイスブックの創業初期の様子が、バイネームで描かれている部分も面白かった。
方法論よりも体験談、理屈よりもエビデンス。読んだら新しい知識が手に入るという本ではないけれど、自分を信じて前進しよう思える、まさにタイトル通りに「意欲」が沸く一冊です。ぜひ多くの人に、手に取っていただきたいと思う。
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