コーチの薦めるこの1冊

本は、わたしたちに新たな視点を与えてくれます。『 コーチが薦めるこの一冊 』では、コーチが自分の考え方や生き方に影響を与えた本についてご紹介します。個性豊かなコーチたちが、どんな本を読み、どんな視点を手に入れたのか、楽しみながら読んでいただけるとうれしいです。


見えているものの背景には何がある?(『怖い絵』)

見えているものの背景には何がある?(『怖い絵』)

著者:中野京子
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2011/7/23

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昔から、絵画を見ることが好きだった。

時折「なんでこんな絵を描いたんだろう」とその背景に興味を持つ絵もあったが、普段は画面の構成、色使い、描きこまれている人物の表情などを、視覚的に楽しんでいるだけだった。

この本を読むまでは。


この本では数多の西洋絵画を題材に、その絵画に潜んでいる物語を「怖い」というキーワードで解説している。2017年に開催された展覧会も話題になったので、ご存じの方も多いかもしれない。

とても陳腐な言葉になってしまうが、この本を読む前と読んだ後では一枚の絵画が同じものに見えなくなってしまう。そのくらい、一枚の絵に秘められた背景や物語というものの大きさを感じざるを得ない。そして、私が今まで見て感じてきたものは何だったのか、と。


一つ例を紹介したい。

「アルノルフィニ夫妻の肖像」(ファン・エイク作/ロンドン・ナショナルギャラリー所蔵)という絵がある。以前、私は実際の絵をナショナルギャラリーで見たことがあり、気に入ってポストカードを買った。

結婚の宣誓をしていることをうかがわせる一組の男女が、手をつないでいる。幸せそうな女性の腹部は膨らんでおり、妊娠しているようだ。美しい女性の顔と気品のあるドレス、画面に描きこまれた見事な調度品の数々を見て、「素敵!」と思ったことを覚えている(一方で、もう一人の主人公である男性はほとんど目に入っていなかった)。

一見しただけでは、この絵画が「怖い」とはどうしても思えない。

ところが、この本によると私が抱いた印象とは全く違う背景があり、驚きを隠せなかった。

まず、妊娠していると思っていた女性だが、腹部が大きく見えるのはただのファッション。

見事な調度品の数々も、部屋全体の印象と比べるとどうも釣り合わない。

ほとんど気にしていなかった男性の顔は

「一度見たら決して忘れられない顔をしている。(中略)新婚の夫らしい愛情など、みじんも感じられない」。(本書より)

確かに、言われてみれば・・・。なぜ私は気にも留めなかったのだろう。

そして何よりも驚いたのは、この結婚自体が私が想像していたものとは違うことだった。

「アルノルフィニ氏は左手で新婦の右手を取っている。正式の結婚なら互いに右手を握り合うものなので、これはいわゆる『左手結婚』、つまり身分違いの者どうしの結婚である」

「彼は今、自力でゲットした多くの富ーーーなかんずくトロフィー・ワイフをーーー周りに並べてご満悦中だ」(本書より)

なんと、身分違いの貴賤結婚という説もあったとは・・・。

お土産として買ったポストカードは、結婚する友人へのお祝いとして使ったことを思い出した。もし友人がこの絵に描かれているのが貴賤結婚だと知っていたら(おそらく知らないとは思うが)、お祝いのメッセージをどう受け取っただろうか。

それを思うと背筋がゾーッとした。


慌ただしい日々の中では、目に見えるもの、そこで起こっていることが全てだと思ってしまいがちになるが、自分が見ているものには背景があり、物語がある。この本は、そのしごく当たり前のことを、たくさんの絵画を題材に語ってくれる。


ひるがえって自分のコーチングと照らし合わせてみると、たくさんの疑問が湧いてくる。

コーチングを始めるにあたって実施するプレコーチングでは、お互いの自己紹介をする。誰一人として同じ経歴の方はいらっしゃらないので、お話をうかがうことを毎回楽しみにしている。しかし、プレコーチングが終わった段階で、私はその方のことを「知っているつもり」になっているのではないだろうか。

自分が見えている(わかっている)ものの背景を知ろうとしているだろうか。

前回のセッションと今日のセッションの間に「物語がある」ということを意識しているだろうか。

自分の解釈・捉え方に固執していないだろうか。

「言葉」に乗せている「思い」を感じられているだろうか。

そして「当たり前」だと思っていることに、どれだけ興味・関心をもち、探求することができているだろうか。

絵画とも、それを描いた画家とも対話はできないが、幸いなことに、コーチングではこの疑問を対話で扱うことができる。上記の疑問を意識したことで、コーチングに向けての聞く姿勢や質問が少し変化し、そしてコーチング自体が楽しみになるように気持ちが変わってきたと思う。

コーチングを表すイメージとして、一枚のキャンバスに向かってクライアントとコーチが並んでいる絵がある。

「あなたの絵の背景を、物語を聞かせてほしい」

コーチとして、いつも心に留めておきたい。

そしてさらに豊かな絵とするために、コーチがいるのだと。


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