医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


社会福祉法人ひかり苑 障害者支援施設ひかり苑 施設長 國澤宗厳氏 インタビュー
福祉現場へのコーチング導入は何をもたらしたのか?

第1章 人間関係を理由とした退職が続く中、トップが下した決断とは

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第1章 人間関係を理由とした退職が続く中、トップが下した決断とは
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社会福祉法人ひかり苑では、6年前から施設長他管理職が順次コーチングを本格的に学び、日常的に実践する形でコーチング導入を進めてきました。このプロジェクトを決断し、ご自身が率先して学び実践することでプロジェクトを推進されてきた國澤宗厳さんに、その具体的な取り組みとそれによるリーダーそして組織の変化についてお聞きしました。

第1章 人間関係を理由とした退職が続く中、トップが下した決断とは
第2章 コーチング導入後の6年間を振り返って

本記事は2024年11月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は発表当時のものを掲載しています。
表紙写真: 國澤宗厳氏

様々な手法がある中でコーチングを選んだ理由

 コーチング導入のきっかけを教えてください。

國澤 当初、職員間での人間関係を理由とした退職が続いていました。福祉事業は人相手の仕事ですから、職員が不安定だとサービスの質が低下し、利用者に影響が出てしまいます。また、人口減少の影響もあり人材確保には高額な採用コストも必要となりますが、それにも関わらず退職が続いてしまい、なんとか職員の定着を図ろうと法人内で自主的に研修を行っていました。

ですが、福祉現場の人間関係は一般企業と違った複雑さがありますので、講義やグループワークでは限界があると感じはじめていました。その時、たまたま過去に購入していた書籍『コーチングが人を活かす』が目にとまり、読み返すうちに、やはり1対1の対話の質が大切なのではないかと思いました。

また、福祉の職場では、ほとんどの管理職がプレイングマネージャーです。たとえば、障害福祉ではサービス管理責任者というポジションがありますが、ほぼ書類の整理や相談業務等に追われてしまうため、職員の管理や教育のための時間を確保するのは難しいことが実情です。現状を考えると、日常的な関わりの中で実践できるコーチングは、私たちの業界には合うと思いました。

たまたまその頃、全国社会福祉法人経営青年会主催の「コーチングトレーニング講座」の案内があったので受講してみました。受講した際に「あ、相手に問題があるのではなく、自身の関わり方が問題を引き起こしているのか」と気づきました。その時に、コーチングを活用することで変化を起こせるのではないかと思ったことが導入の決め手になりました。

 相手ではなく、まずはリーダーの関わり方を変えていくことが必要だと思われたのですね。

國澤 はい。私自身もそうですが、人は「自分が正しい」と思って話していますから、どうしても「あるべき論」のぶつかり合いになってしまうと思います。それだと、どこまで行っても平行線です。職員を辞めさせない環境をつくるには、まずリーダーが視座を上げて、目の前で起きている問題の一部に自分も入っていると捉える必要があります。その上で自身を振り返って、関わり方を変えていく必要があると思いました。

ただ、それをその人の力量だけに任すのは難しくて、やはり新たにスキルを学ぶ必要がある。それに、本当の意味で変容を起こすには、ある程度時間をかけて学ぶ必要もあると思いました。そこで、当法人の理事長に理解を求め、まず私自身がコーチ・エィ アカデミアを受講しました。その後、数年をかけて各事業拠点の長(法人本部1名、高齢福祉3名、障害福祉2名の計6名)にも順次受講してもらいました。 

まず自分が学び、自分が変わる

 コーチング導入というと、まず現場のリーダーたちにというケースも多いのですが、國澤さんはまずご自身が学ばれました。そこには、どのようなお考えがあったのでしょう?

國澤 コーチングのセミナーか本で触れた「結局、組織に変化を起こすにはトップが変わらなきゃ駄目だ」という言葉がずっと頭にありました。仮に現場のリーダーが学んで彼らが変わったとしても、その上司にあたる私が変わっていかなければ、やはり組織は変わらないと思ったので、まずは私が受講しました。

学び始めの頃は、まずは学んだ基本スキルを意識して対話していました。次第に相手の視座を意識して対話するようになりました。たとえば「相手からみてこの状況はどう見えているのか」「相手に自分はどう映っているのか」を意識して問いかけるようになりました。すると、相手が抱える問題について話していても、私自身もこの問題の一部を生み出しているのではないかという視点で考えられるようになりました。

また、相手のためといいながらも、実は自分の言うことを理解してほしい、という欲求が先に立ってしまっていたこと、時にはマウントをとるような対話を交わしていたことにも気づきました。コーチングを学んでいくにつれ、相手の成長のためにどう関わるかを意識するようになり、相手を主体とした対話をする自身の関わり方に変わっていったことを覚えています。

 そんな國澤さんを、みなさんはどんな風に受け止められていらっしゃいましたか?

國澤 最初は「コーチング」という名前すら、ほとんど聞いたことがない様子でしたので「また新しい研修かな?」くらいの印象だったと思います。

私が定期的なコーチングを各部署のリーダーを対象に実施し始めると、リーダーたちから「コーチングの時間は楽しい」「この場に来るとなぜかホッとする」という感想をもらいました。それまでもよく聞いているつもりでしたが、実際には深く聞けておらず、目的をもって聞いていなかったことを痛感しました。

「何のために」を起点に、自分を俯瞰する

 コーチングをしていく中で、印象的だったことはありますか?

國澤 リーダーたちとのコーチングの中で実感したのは、自分を俯瞰して考えることが日常ではなかなかない、ということです。コーチングでは、それぞれのテーマを扱う中で、相手(クライアント)のことを大切に扱いますよね。一緒に過去のことを振り返ったり、何のためにこの仕事をしているのか?と一緒に考えたり。自分のことについて話し、自分はどんな人間なのだろうと考える機会は、ふだんの仕事の中ではあまりないということに気づきました。

 そのことはどんなふうに役立ちましたか?

國澤 自身を俯瞰するという点では、普段私たちは「何をするのか」に意識が向きがちですが、そもそも「何のために」しているのか?を忘れてしまっているところがあります。たとえば「何のために、私はこの人との関わりを良くしようとしているのだろう?」という視点です。そこを忘れてしまうから、表面的に何とかしようとしてしまう。そもそも自分のことを自分でもよく分かっていないのに相手をどうにかしようとするから、問題が起きてしまうのでしょうね。でも、自分のことを知っていくことはなかなか難しい。

だから、誰かと一緒に自分を俯瞰してみることが必要だと思います。コーチングの中で「何のために」という「問い」を立てることで、ちょっと自分を俯瞰できる。「何のために、私は今ここにいるのだろう」「何のために、私はこの人と話しているのだろう」って。そうするとこれまでとは違う関わり方を意識するようになっていくと思います。

 誰かと話すことで行動の変化につながるんですね。

國澤 ただ、コロナ禍の間はそうした対話もやはり減ってしまいました。特に施設内でクラスターが発生した時、部下とはほとんど対面で接触できませんでした。そのため、コーチングも中断せざるをえなくなりました。そうすると、リーダーのことが分からなくなってしまいました。もちろん業務上のことは把握していますが、どんなことを思って仕事をしているのかが分からない。すると「この場合、どうしますか?」と相談されても判断に迷いが出るんです。

その人が今どんな状況に置かれていて、何を意識して、何に価値を置いて行動をしているのか? そうした背景を知らずに話してもよい変化は起きないんですよね。組織や人間関係の質は、対話の量に比例すると実感しました。

(後編に続く)

コロナ禍が明けた現在、ひかり苑ではコーチングを学んだリーダーたちによる1on1もスタートしています。後編ではその様子、そしてコーチング導入による組織の変化についてお聞きします。

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