医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


変化する未来に向けて 持続可能な組織を作る
~システミック・コーチング™がもたらす挑戦と成長~

第26回 日本医療マネジメント学会学術総会 ランチョンセミナー
岡崎市民病院 院長 小林靖氏発表

第2章 「シン・岡崎市民病院」を織りなす緯糸(よこいと)のコーチング的思考と経糸(たていと)のパーパス

※内容および所属・役職等は発表当時のものを掲載しています。

第2章 「シン・岡崎市民病院」を織りなす緯糸(よこいと)のコーチング的思考と経糸(たていと)のパーパス
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第26回 日本医療マネジメント学会において、コーチ・エィが共催するランチョンセミナーが2024年6月21日に開催されました。社会医療法人同心会古賀総合病院 理事長 古賀倫太郎氏と岡崎市民病院 院長 小林靖氏にご登壇いただき、これからの医療現場に求められる、リーダーの開発や職員間の関係構築に焦点を当て「変化する未来へ向けて、持続可能な組織をつくる ~システミック・コーチング™がもたらす挑戦と成長~」について理解を深めました。

本記事では、お二人の取り組みをご紹介します。

第1章 地方都市の民間病院における組織変革の取り組みとコーチング
第2章 「シン・岡崎市民病院」を織りなす緯糸(よこいと)のコーチング的思考と経糸(たていと)のパーパス

本記事は2024年6月21日のランチョンセミナーにおける発表に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は発表当時のものを掲載しています。
表紙写真: 小林靖氏

コーチングで組織を束ね、環境変化に立ち向かう

愛知県で2番目に歴史の長い岡崎市民病院は、一日の平均外来患者数1,266人、年間救急車搬送件数9,079台、応需率99.5%で「断らないER」を掲げて日々頑張っています。680床、41の診療科で、1,515人の職員が働いており、看護師が826名と多く、医師は212名います。

組織はよくテキスタイル(織物)にたとえられ、そこには組織を束ねる「よこ糸」と、組織の進むべき方向を決める「たて糸」とがあります。コーチングを導入して10年となりましたが、コーチングは組織を束ねる「よこ糸」として非常に有効だと実感しています。一方で、組織が進むべき方向性の「たて糸」については、与えられた課題や自ら決めたパーパスが必要であり、その「よこ糸」と「たて糸」とが組み合わさることで組織がうまく発展すると考えています。

提供: 小林靖氏

当院がコーチングを導入したのは2014年。その背景には、大きな環境の変化がありました。当時は、医師と看護師の確保が課題で、他院との間にスタッフ確保の闘いがありました。加えて、約43万人の医療圏に当院が唯一の医療機関だったところ、2020年に藤田医科大学付属病院の進出が決まりました。これら二つの環境変化と、2025年問題(※1)に向けて刻々と進められる医療制度改革を見据え、これらに対応するには、病院の組織を進化・発展させる必要性を感じたのです。

組織の進化・発展に不可欠な人材の育成について、地方の公立病院に明確なものはなく、課題を感じていたときに、この日本医療マネジメント学会でコーチングに出会いました。当時、私は医局長でしたが、当院にコーチングの導入を提案する上で、当院と人事交流のあった名古屋第二赤十字病院(現・日本赤十字社愛知医療センター名古屋)がコーチングを導入・実践され、セミナー等でその成果を発表されていたことは、院内での意思決定を後押ししました。

※1 2025年問題:2025年に人口の約30%が65歳以上となり、高齢化社会がさらに進むことによって、医療費や介護費の増大、労働力の不足、社会保障制度の持続可能性の確保などが課題となること

想定外の環境変化にもコーチングが有効に

2015年5月、コーチ・エィの協力を得て、メディカルコーチングプロジェクト『スペードのエースプロジェクト』がスタートしました。掲げた目標は「『ここ、最高!』と言われる病院」「人が輝いている病院」です。コーチ・エィとのプロジェクトの実施期間を4年間に定め、その後は自病院内でコーチングを自走できるようになることを決めていました。そのためには、本プロジェクトを牽引するコア人材の育成が必要と考え、人材を10人選出し、まず彼らにコーチングプロジェクトに参加してもらいました。この10人は2018年にはそれぞれの部門のリーダーになり、2019年以降は彼らが主体となって、院内で独自のコーチングプログラムを毎年展開しています。

実はその後、コーチング導入時には想定していなかった大きな環境変化に直面しました。しかし、いずれもコーチング的思考を持った人材が活躍し、組織にコーチングの基盤が構築されていたため、非常にスムーズに乗り越えることができました。

その環境変化の一つは、当院から1キロ圏内にある県立・愛知県がんセンター愛知病院との経営一体化です。愛知病院の経営が悪化し岡崎市に移管されたことで、2019年から岡崎市民病院との一体運用が始まりました。患者さんの移行はもちろん、県職員から市職員へと職員の異動もある中で、各部門のリーダーがスムーズな移行を成し遂げてくれました。

もう一つは、2020年から流行しはじめた新型コロナウイルス感染症です。当院では2020年初めから現在に至るまで、通常診療を制限することなく、ECMO(※2)3例を含む約1,500件の新型コロナウイルス症例の対応、延べ53,000人へのワクチン集団接種を行ってきました。ECMOで治療をした3例の患者全員が社会復帰でき、良い結果を出すことができました。未知の感染症にスタッフは恐怖感も抱いていたと思いますが、地域を守るために率先して患者さんを受け入れてくれ、地域中核病院としての使命を果たすことができたと評価しています。

※2 ECMO(エクモ):人工肺とポンプを用いた体外循環による治療

組織の「たて糸」となるパーパス体系も策定

このように、コーチングによって組織の「よこ糸」はうまく束ねられていました。しかし2022年に院長に就任した際、やはり病院をさらに前進させるための組織の目指す先であるパーパスが必要だと考えました。そこで、次世代リーダー候補者を集め、多職種で理念策定プロジェクトチームを結成し、議論・検討を重ねながらパーパス(存在意義)を策定しました。新たなパーパスは「地域とともに"ウェルビーイング(持続的な幸せ)"を創造する」です。パーパスに付随して、共有する価値観である「バリュー」や、中長期的に目指す姿「ビジョン」も策定しました。また、言葉だけではこれらを浸透させにくいと考え、プロのデザイナーに依頼して、岡崎市の花である桜をベースにしたロゴマークをビジュアルアイデンティティとしてつくり、ユニフォーム等にも展開しています。

こうした取り組みにより、組織の進化・発展が見られた結果として、診療実績も改善しています。コーチング導入後すぐに成果が現れたわけではありませんが、最初にコーチングプロジェクトに参加した10人が部門リーダーになった2018年頃には事業収益も伸び始め、2021年からは毎年過去最高の医業収益を更新しています。特に当院では検査技師の領域でコーチングが有効だったようで、業績がとても良くなりました。

提供: 小林靖氏

経営状況を良くすることがコーチング導入の目的だったわけではありませんが、組織をテキスタイルと捉え、「よこ糸」の組織を束ねるコーチング的思考と、「たて糸」の組織が向かう方向を定めるパーパスがうまく組み合わさった結果、組織の発展につながっていると感じます。事業収益以外にも、心理的安全性が高まりコミュニケーションが円滑になったことで、ハラスメント的な要素は大きく減り、看護師の離職率も少し改善したように思います。

QAセッション

 病院は、多職種が共同して進めるワーキンググループも多々ありますが、コーチングプロジェクトは、それらとどのように違いますか。

小林 医療のワーキンググループは、診療面での成果を出すことが目的です。コーチングはそうした成果を出すための、リーダー開発という位置づけが基礎です。次世代リーダー候補で、忙しい中でもコーチングに時間を費やすやる気のある人に声をかけて導入しました。

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