医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


コミュニケーションは、医療の質を変える
なんば耳鼻咽喉科 副院長 難波真由美氏 インタビュー

第1章 コーチングがもたらした患者さんやスタッフとの関わりの変化

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第1章 コーチングがもたらした患者さんやスタッフとの関わりの変化
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「コーチング」を導入するクリニックが増えています。増加の背景には、患者さんへの対応能力の向上や、医師やスタッフ間の信頼関係の構築・連携強化といった効果への期待があるようです。今回は、コーチングを学ばれてクリニック経営に活かしていらっしゃる、なんば耳鼻咽喉科副院長の難波真由美先生へのインタビューをご紹介します。インタビュアーは、糖尿病専門医でもありながら、自らコーチングも学び「医師の働き方改革」などのコンサルテーションも手掛けるBasical Health株式会社 代表取締役の佐藤文彦先生です。コーチングを学んだ医師お二人による、まさにコーチングそのもののような対話をぜひご一読ください。

第1章 コーチングがもたらした患者さんやスタッフとの関わりの変化
第2章 スタッフの個性を活かし、離職の少ない経営へ

本記事は2024年5月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 難波 真由美氏

コーチングを始めたきっかけは「子育て」

佐藤 難波先生は、どのようなきっかけでコーチングを学ぶことになったのでしょうか。

難波 コーチングを学び始めた当初は、職場にコーチングを導入する発想はありませんでした。子どもが思春期に入り、どのように関係性をつくっていこうかと悩んだ時に、子育てという切り口で、コーチングを3か月学ぶ会に参加したのがきっかけです。それまではコミュニケーションでどのように関係性を構築するかといった発想すらありませんでした。ですが、コミュニケーション方法を改めて学ぶことで、子どもとの関係だけでなく、周りとの人間関係や、今後の自分の人生にも、長く役に立つと思い、コーチ・エィのコーチ・エィ アカデミアを受講することにしました。大変充実したプログラムでしたので、多くの学びを得られそうだと期待感を持って始めたことを覚えています。

佐藤 実際、プログラムを始められてどうでしたか。

難波 衝撃の連続でした。自分ではコミュニケーションができるほうだと思っていたのですが、「聞き方」や「傾聴」について学んだ際に、自分は会話のキャッチボールが全くできていなかったことに気づきました。自分自身のコミュニケ―ションを省みる機会となりましたし、自分を成長させてくれる時間だったと思います。

佐藤 キャッチボールがうまくいっていないと感じるのはどういう場面ですか。

難波 たとえば、患者さんとの対話の中で、私が「今日はどうされましたか」と聞くと、患者さんは「喉が痛くて」とおっしゃる。それに対して私は次に、「咳は出ますか」と聞くのですが、それでも患者さんは「数日前から喉が痛くてすごく困っているんです」と、同じ話をもう一度繰り返される。こうした経験が何度もありました。キャッチボールは相手からのボールを受け取ることが第一段階ですが、私は相手のボールを受け取らずに、違うボールを返していたために、患者さんがまた同じボールを私に投げてきていたんです。「受け取りましたよ」の言葉が私には欠如していたことに気づけたのは、大きな学びでした。受け取ったことを伝える一言を入れるようにして以来、診察時やさまざまなコミュニケーションがよりスムーズになりました。

佐藤 たとえば、どのようにスムーズになったのでしょうか。

難波 まずは患者さんが、安心していろいろな症状を自ら話してくれるようになりました。また、私が患者さんの症状や困りごとを理解していることが伝わったことで、こちらからのお薬の提案もすんなり受け入れてくださるようになり、患者さんと一緒に治療していく体制ができたように思います。

スタッフとの対話の充実を目的にコーチ・エィ アカデミアで学ぶ

佐藤 コーチ・エィ アカデミアでの学びをスタートされた目的は、患者さんとの対話を変えようと思ったことが最も大きいのでしょうか。

難波 いいえ、当初はスタッフとの対話の充実が目的でした。でも、学びを深めていくと自然と患者さんとの対話にも変化が表れ、最終的にはコミュニケーション全体が変わったと感じています。

佐藤 スタッフとのコミュニケーションはどう変わりましたか。

難波 2007年のクリニック開業以来、バタバタと忙しく過ごしていたのですが、2012年には8人の方が離職され、私とスタッフとのコミュニケーションがうまくいっていないことをはっきりと自覚しました。開業時からずっと支えてくれたスタッフに、「私たちスタッフがいなくても、クリニックは先生さえいればやっていけると、そう思っていますよね」と告げられたのです。

心のどこかで思っていたかもしれないことを、言い当てられたような気持ちがしたのは確かです。ですが、それまでは雇用する側・される側という意識があって、スタッフ一人ひとりに対する興味や関心が薄かったということへの気づきにもなりました。仕事の忙しさにかまけて、クリニックという「場をつくる」視点が欠けていましたし、リーダーとして失格だなと反省しました。

佐藤 そこからどのように変えていったのでしょうか。

難波 実はそこからコーチングを学ぶまで、4年間くらい空いています。その間はリーダーシップを向上させようと思い、本を読んでは試行錯誤を重ねました。当時を振り返ると、「自分がどういうリーダーになりたいか」を全く考えていなかったので、あまり効果も見られませんでした。やはり、他人の成功体験を真似したところで、自分自身にフィットしないリーダーシップや、自分の環境にフィットしない方法は、どんなに挑戦してもうまくいきません。

佐藤 自分のビジョンがないと難しいということですね。

難波 そうですね。自分はどういうリーダーになりたいか、自分のクリニックをどういう場所にしたいかを考える時間が必要だったと、今、振り返るとわかります。

なかなか踏み出せなかったスタッフとの「1on1」

佐藤 人についてきてもらうのは簡単なことではありませんが、アカデミアでの学び始めてからはどうでしたか。

難波 試行錯誤の日々でした。特に「1on1」は、必要性は理解していたのですがなかなか踏み出せずにいました。

スタッフも自分も忙しい中でどうやってその時間をつくれるだろうかとか、スタッフからどんなことを言われるのだろうかといった不安があったのも踏み出せずにいた理由です。

その時、コーチ・エィのコーチから、「難波さん、ずっと面談をしたいと話されながら現状、まだやっていない状態です。このまま面談しないでいると、どうなると思いますか」と問われ、ハッとしたのです。どうせ、いつかやるのなら、今、やろう、という気持ちになれ、ようやく面談実施に踏み切りました。コーチングを受けてきた中でも、最も意義のある瞬間だったように思います。

佐藤 プロのコーチがかけた言葉が、大きなきっかけになったんですね。

難波 コーチングを受けると、コーチとの約束が発生するので、約束したからにはやってみようと後押しされたような感覚でした。

佐藤 経営者になると、上司から指示される状況がなくなりますので、コーチの存在は貴重ですよね。アメリカではエグゼクティブやトップアスリートの方が、プロのコーチをつけるケースが多々あります。お話を伺いながら、難波先生にも共通点があるように感じました。「1on1」でスタッフから受けるフィードバックへの怖さも感じていましたか。

難波 そうですね。それまでの4年間はやりたい放題で、私が、引っ張る形でいろいろなことを進めてきました。ですので、私に対してどう思っているんだろうと聞く場をつくることは、私にはとても勇気のいることでした。

佐藤 コーチングをされてみて、スタッフの方々の受け止め方はいかがでしたか。

難波 「先生、話し方が変わりましたね」と言われました。面談をしたことで、同じクリニックを共につくっていく仲間との相談の場、作戦会議のような場をつくれていると実感できました。それは、とても嬉しかったですね。

佐藤 お話を聞きながら、クリニック内での心理的安全性が高まったようにも感じます。

難波 そうですね。それは私にとっても、そうだと思います。

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