医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


松山赤十字病院 副院長(兼)呼吸器外科 部長 竹之山光広氏 インタビュー

当院におけるコーチングの導入と現状 ~ 私たち外科医に起きている変化

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

当院におけるコーチングの導入と現状 ~ 私たち外科医に起きている変化
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松山赤十字病院で呼吸器外科医として勤務されている竹之山光広先生。前職の病院でコーチングが導入されたことが、竹之山先生とコーチングとの出会いでした。その後、現在の勤務先である松山赤十字病院でコーチングのプロジェクトをリードされています。今回は、コーチング・プロジェクトの現状やコーチングによって起こっている変化について語っていただきました。

本記事は2023年12月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 竹之山光広氏

コーチングとは

私のコーチングとの出会いは、2019年にさかのぼります。2012年から8年間勤務していた九州がんセンターで、院長の藤也寸志先生が病院にコーチングを導入し、私もそのプロジェクトに参加しました。

「コーチング」と聞いて、最初はトレーニングのコーチのように、コーチ役が自分の目標に対して、アドバイスや指導をしてくれるようなイメージをもっていました。しかし、実際のコーチングは、カウンセリングやメンタリング、コンサルティング、トレーニングなどとは違い、何かを相手に教えるのではなく、「相手の成功に向けて、対話をしながら共に変化を作り出す」アプローチです。コーチングを学び、院内で実践する人(以下、インターナルコーチ)は、常に対等な立場で、コーチングの対象者(以下、ステークホルダー)に問いかけます。そうした関わりを続けることで、ステークホルダーは、自分で考え、自分で行動を選ぶようになる、ということを九州がんセンターのプロジェクトの中で体験しました。

コーチングには効果的に機能する領域があります。それは重要度と緊急度の軸で考えたときに、緊急ではないけれど重要なことの領域に入るテーマです。たとえば患者さんの治療方針のような重要で緊急性の高いテーマは、コーチングの対象にはなりません。なぜなら、考えることよりも、その場ですばやい決断を下すことが大事だからです。

コーチングが最も効果的なのは、重要かつ緊急でない事柄で、たとえば再来数の減少や、診療科の発展、若手の育成などがあげられます。インターナルコーチは、ステークホルダーに答えを求めるのではなく、ゆっくりと相手の考えや現状をどうとらえているかについて話を聞き、どんな解決策があるか、どんな行動を起こしていくことができるかを自由に考えられるような問いかけをします。ステークホルダーは自らの想いや考えを言葉にして話すことで、思考が整理されたり、新しい気づきを得たりして、自ら行動を起こしていきます。そのやりとりを通じて、コーチ自身も新しい発見がある、それが、私のコーチングに対するイメージです。

当院におけるコーチングの導入

当院におけるコーチング導入は、現院長で当時副院長だった西崎先生が、3年前に検討を始めたところからスタートしました。当時、西崎先生から「コーチングを検討しているが、どう思うか」と相談された私は、九州がんセンターで経験したコーチングは価値があると感じたこと、看護部長にコーチングを受けたことがとても新鮮だったことを伝えました。そこで、まずは外科でスタートしようということになり、1年目は、当時副院長で外科責任者だった西崎先生がインターナルコーチ、外科の疾患チーフがステークホルダーになり、コーチングのプロジェクトが始まりました。

提供: 竹之山光広氏

2年目は、コーチングに興味をもっている私と、肝胆膵外科部長の2名が新規のインターナルコーチとなりました。私は副院長2人と外科スタッフを、彼は外科スタッフと専攻医をステークホルダーにしてコーチングをすることになりました。

私と肝胆膵外科部長の2人のインターナルコーチは、それぞれ5人のステークホルダーに対して、2週間に1回30分、計10回のコーチングを実践しました。同時に、コーチングを学ぶオンラインクラスに参加し、他の組織や企業で重責を担う多くのインターナルコーチたちと一緒に、毎週50分間、コーチングに関して様々なことを学びました。また、それとは別に、コーチ・エィのプロのコーチと30分、全部で12回のセッションで、自分のコーチングに関する課題などについて対話の時間を持ちました。業務と並行して、クラスに参加したり、インターナルコーチとしてコーチングを実践するのは確かに負担もあるのですが、その分、非常に多くのことを学べたと思っています。

ステークホルダーに対するコーチングの実践

ステークホルダーに対するコーチングは、ステークホルダーが達成したいことに向けて目標設定をするところから始めました。ステークホルダーの目標設定をするのに最も大事なのは、プロジェクトの目的がしっかり定まっていることです。松山赤十字病院全体のプロジェクトの目的は、「松山赤十字病院で働くことにやりがいと誇りを感じ、活躍の場を広げるリーダーが増えていくために、コミュニケーションを大事にする文化を根付かせる」ということです。この目的に向けて、ステークホルダーがそれぞれの立場で目標を立てます。たとえば若手の医師であれば、回盲部切除の術者をする、専攻医同士でコミュニケーションをとって手術手技を向上させるといったもの。中堅医師であれば、後輩にきちんと指導できるようになること、部長レベルであれば、自分の部署の発展、他職種とのコミュニケーションの活性化、そして副院長レベルであれば、どの分野でも当院が一目置かれる存在になる、職員が働きがいのある職場にする、といったことが目標になりました。

提供: 竹之山光広氏

これらの目標の実現に向けて、私はコーチとして伴走しながらコーチング・セッションを全部で10回行いました。

ステークホルダーへのコーチングは、オンラインクラスで学んだことを実践する場です。相手と対等な立場で対話する、オープン・クエスチョンや相手に考えてもらう問いを多く投げかける、傾聴する、相手の価値観やタイプに合わせて対話するといったことを意識して行いました。また、相手に関心を持つ、評価しない、承認(アクノレッジメント)する、そして互いにフィードバックし合うといったことも意識して実践していきました。

コーチングの成果

オンラインクラスでコーチングを学び、ステークホルダーにコーチングを実践、また、プロのコーチからコーチングを受けるという3つの取り組みを5カ月間続けた結果、コーチング終了時には開始前と比べ、次のような変化が見られました。

定量的な変化:

  1. コーチングによって、ステークホルダーの目標や方向性が明確になっている...15%上昇
  2. コーチングによって、ステークホルダーは自発的な行動をおこしている... 15%上昇
  3. コーチングは、ステークホルダーの仕事に良い影響を与えている... 15%上昇
  4. コーチングを受けた結果、ステークホルダーは自身の組織に良い影響を与えている... 15%上昇

定性的な変化:

ステークホルダーの変化

  • 研修医指導カリキュラムを作成しそれが役に立った
  • 周囲の話を聞こうとする傾向が出てきた
  • 新人勧誘のイベントが実現した
  • 仕事が円滑に回るようになった

インターナルコーチの変化

  • 相手の考えをしっかりと受け止めてから返事をするよう心がけるようになった。
  • 相手に興味を持って、話を聞くようになった。
  • 他の場面でも話を聞くようになった。
  • オープン・クエスチョンが増えた。
  • アクノレッジメント(承認)を意識するようになった。

実は、コーチングを始める前に参加者全員が集まるミーティングを行った際には、次のようなコーチングに対するネガティブな意見も出ました。

「高いお金を払ってやる価値はあるのか?」
「時間外勤務が多い現状で、コーチングのためにさらに時間が割けるのか?」
「コーチングを受けるメリットがあるのか?」
「日本人はノミュニュケーションの文化があるのでコーチングは不要では?」
「宗教じみている気もする」

しかし、プロジェクト後には、当初最も否定的な意見を持っていた方からも、

「ノミュニケーションでは話したい人と話したい内容だけになってしまうから、コーチングのシステムもいいかもしれないと思った」

といったポジティブな意見が聞かれました。他にも、

「相手について知らなかったことを知り、理解することによってコミュニケーションが深まった」
「上司・部下という立場を離れて対話することができた」

といった感想が聞かれました。

今年はコーチング導入3年目になりますが、対象を他職種に広げ、新規インターナルコーチ2人、インターナルコーチ経験者2人、計4人のコーチと16人のステークホルダーが取り組んでいます。

提供: 竹之山光広氏

また、組織での成果や変化とは別に、私個人の生活でも変化を感じていることがあります。コーチングを始めてしばらくたった頃、妻から「最近私の話をよく聞いてくれるようになったね」と言われ、今まで妻の話を右から左に聞いていたのかもしれないと反省しました。また、妻がコーヒーを入れてくれた時に「ありがとう」と言ったところ、びっくりして一瞬フリーズしたことがあります。今はお互いに「ありがとう」という機会が増えてきました。

外科とその周辺で起きている変化

最後に、院内でコーチングを継続していることによる、外科やその周辺で起きている変化をいくつか紹介したいと思います。

私は現在、外科のある中堅医師をコーチングしています。彼は、できるだけ多くの研修医に外科に興味をもってもらう目的で、研修医が研修で学んだことを自己評価するアセスメントの作成をコーチングの目標に設定しました。完成したアセスメントを使って研修を振り返ってもらったところ、研修医から「学ぶべき項目がリスト化されて効率的だった」「ほぼすべての目標手技を経験できた」「能動的に学べた」などの感想が寄せられ、とても好評を得ているようです。

また、医師の間でコーチングが広がることによって、部長間のコミュニケーションや情報共有の場が増えています。そのことにより、会議でも新しいアイディアを提案したり共有したりする場面が多く見られるようになりました。あるとき、医局から病院ごとに外科専門医プログラムを作るよう指示があり、各グループ部長が集まって、外科の専攻医に経験させるべきことを話し合う機会がありました。ある部長から「専攻医にがんの術者(手術の主要な部分を行う人)を担ってもらってはどうか?」というアイディアが出て、私はある医師から聞いた、後期研修医が肝移植という難易度の高い手術の術者をしたエピソードを紹介しました。これは肝臓グループ以外にはないアイディアだったため、そのエピソードを共有できたことは参加者にとって有効だったようです。こうした医師同士の情報共有は、がんや難易度の高い手術を含む年間120例の術者を生み出すことにつながりました。今年度は年間130例ペースで進んでいます。

他にも、外科医局の中でスタッフのミーティングが頻繁に行われるようになり、外科の役割分担の若返りが進みました。そのことで、若手のモチベーションが上がるような環境作りが実現し、若手によるワーキンググループが誕生して、働き方改革のためにいかに時間外勤務を減らすかについて話し合いが進んでいるようです。

このように、コーチングの実践を通じて私自身が再認識したのは、「コミュニケーションの重要性」です。コーチングを修得した者が、コーチングを意識したコミュニケーションをとることによって、若手の指導をはじめとした行動に変化が起き始めていることを感じています。また、役割分担・働き方改革といった外科での課題についても、その都度、話し合って解決するようになってきました。このようなプラスの変化が、専攻医のモチベーションの向上や、研修医の外科志望へのきっかけになればと期待しています。

今後、コーチングを他職種にも広げていって、コミュニケーションを大事にする文化を病院全体に根付かせていきたいと考えています。

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