医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


みかんの花クリニック 糖尿病・内分泌・代謝内科 院長 新谷哲司氏 インタビュー

患者さんもスタッフもリスペクトするクリニック経営

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

患者さんもスタッフもリスペクトするクリニック経営
メールで送る リンクをコピー
コピーしました コピーに失敗しました

新谷哲司先生は、病院で勤務医をされているときにコーチングと出会いました。その後「みかんの花クリニック」を開院し、コーチングの文化を大切にした組織づくりに取り組んでいらっしゃいます。クリニック経営にどのようにコーチングを活かしているのか、お話を伺いました。

本記事は2024年1月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 新谷哲司氏

コーチングとの出会い

 新谷先生は、勤務医時代にコーチングを学び始めていらっしゃいます。そもそもどのようなきっかけでコーチ・エィ アカデミアを受講されたのでしょうか?

新谷 当初は糖尿病の治療をもっとうまくいかせたいと思っていました。糖尿病の治療は適切な食事や運動の指導がベースになりますが、医者ができるのは指導だけです。治療のためには、患者さんが自ら行動する必要があります。薬剤調節だけでもうまくいかないことが多いため、従来から糖尿病の治療には「糖尿病教育」が重要とされています。「教育」といっても、情報を提供するだけでは効果が乏しいため、いかに患者さんの意欲を引き出すかが重要であると感じていました。

そのスキルをどのように修得すればよいかが分からず模索している時期に、当時佐世保中央病院糖尿病センター長であった松本一成先生によるコーチングについての講演を拝聴する機会がありました。それまで、コーチングは本を読んで勉強するにとどまっていたのですが、講演がご縁で糖尿病医療学学会のコーチング委員会のメンバーに推挙していただいたことをきっかけに、本格的にコーチングを学ぶ必要性を感じ、コーチ・エィ アカデミアを受講することに決めました。

受講当初は、当時勤務していた松山市民病院で糖尿病診療やチーム医療にコーチングを活かすことを考えていましたが、受講中に思いもよらず新規開業することになりました。クリニック経営にも生かせるのではないかと考え、コーチ・エィ アカデミアのカリキュラム終了後も、コーチ・エィでの継続的な学びの機会を活かしてコーチングを学び続けています。

1on1でスタッフの自発性を後押し

 コーチングの学びはクリニック経営にどのように役立っていますか?

新谷 クリニックを経営する立場として、スタッフとの関係構築や教育にコーチングを役立てています。スタッフ一人ひとりと定期的に1on1ミーティングを行っており、そこではスタッフが仕事に対する色々な想いややってみたいことを話してくれます。それを受けて、スタッフがやりたいことを私も一緒に目指すというスタンスで関わっています。

1on1ミーティングは、私の想いを一人ひとりに伝える場にもなっています。全員に向けて話すとどうしても「最大公約数」的な話になってしまいますが、1on1だと自分の伝えたいことを一人ひとりに合わせて話すことができます。そのような関係性が普段からつくれていると、いざというときに、スタッフが自律的に動いてくれます。スタッフが自発的に動こうとしても、もし関係性がなければ「あの人、また勝手なことやって...」と私が思ってしまうかもしませんし、スタッフ本人も「これ本当にやっていいのかな?」と不安になるかもしれません。

普段からコーチングをすることで、私の想いが伝わり、相手の想いも私に届いているので、スタッフも迷いや不安なく自発的に動いてくれますし、私もその意図を理解することができます。そういういい関係性ができています。

また、スタッフも1on1を通じて私からコーチングを受けたり、コーチングの技術を私から教わることによって、それらを糖尿病患者さんへの治療支援に活かすようになっています。

 1on1での成果としてはどのようなエピソードがありますか?

新谷 たくさんあります。1on1ミーティングでは、最初に目標を決めますが、たとえばある検査技師は、「患者さんにあった療養指導ができるようになる」という目標を立てていました。(下図参照)

提供: 新谷哲司氏

ただ、検査技師は普段、直接患者さんと関わることがありません。その中で指導に関わるにはどうしたらいいか?検査技師として何ができるか?について1on1では話していきました。

回数を重ねて話していく中で、血糖測定器について患者さんにいろいろな指導をしたり、うまく使えているかどうかをたずねたり、そこから患者さんに対して何ができるかをスタッフが考えるようになりました。

最終的にそのスタッフは、1年に1回、患者さんに血糖測定器を持ってきてもらうシステムをつくってくれました。私が「こうしなさい」と言ったわけではなく、スタッフが自分で必要だと思ってつくってくれたシステムです。私としてもとてもありがたいことでした。

クリニックの理念にこめた想い

 どのような想いでクリニック経営をされているのでしょうか?

新谷 クリニックの理念には私の経営へのこだわりが反映されています。「患者さんのためにある、スタッフのためにある、地域のためにある」という理念を掲げ、中でもスタッフのためのクリニックであるという点についてはこだわりました。クリニックの仕事を通してみんなが研鑽し、幸せに働くことができる、そんな思いを込めています。それが建前にならないように、私も悩んだ時はこの理念に立ち戻るようにしています。スタッフもそれを感じてくれているのではないかと思っています。

 クリニック理念はスタッフとどのように共有されていますか?

新谷 1on1ミーティングで、何を最終的な目標にすればいいかわからないときは、「理念の中で自分のやりたいことはある?」と問いかけています。そうすると、皆さんからいろいろな目標が出てきます(※下図参照)

提供: 新谷哲司氏

患者さんのためだけではなく、スタッフ「みんなで仲良く仕事をする」とか、「スタッフみんなが診療報酬を理解する」などがあげられます。スタッフ自らが自分の「Want to(やりたいこと)」を話してくれる場があることは、医療従事者にとっては珍しいことなのではないかと思っています。

出てきた目標に対して、では、「仲良く仕事するためにはどうすればいいのか?」といった話をしています。

コーチングがもたらした変化

 経営にコーチングを取り入れていることで、数字で見える変化はありますか?

新谷 最初からコーチングを活用しているため変化としては出しにくいのですが、当クリニックの離職率は低いです。20人程のスタッフがおり、開業後もうすぐ3年が経とうとしていますが、これまでに辞めた人は4人で、これは少ないと思っています。私がコーチングを学んでそれを使いながらスタッフと関わることで、みんなが楽しんで仕事に来てくれたらいいなと思っています。

 仮にコーチングを学んでいなかったら、どうなっていたと想像しますか?

新谷 以前の自分は患者さんに対しては「ああしろ、こうしろ」と、自分がいいと思った情報や検査を押しつけるような診療になっていたと自覚しています。コーチングを学んでいなければ、患者さんの自由がなく「させられている感」のある診療を行っていたかもしれません。コーチ・エィでコーチングを学ぶことで、「患者さんのニーズを探りそれに応じた診療を行う体制」をつくることができたと思っています。

また、スタッフとの関係についても同様です。コーチングを学んでいなければ、恐らく1on1ミーティングも行っていなかったでしょうし、自分の価値観をスタッフに押しつけていたかもしれません。それぞれのスタッフと定期的に1on1ミーティングを継続して行うことで、スタッフみんなが目標を持ち前向きに働く環境をつくることができていると思っています。

 お話を聞く中でもスタッフへのリスペクトが伝わってきます。

新谷 それは、相手をパートナーとしてリスペクトするコーチングマインドの一つの表れなのではないかと思います。患者さんもスタッフも、これまでそれぞれの人生を歩まれて今があります。患者さんでいえば現在の治療にいたるまで、そして治療を通じて今がありますし、スタッフでいえば様々な仕事を通じた経験をしてきて今があります。そういう考えになったのは、相手の話に耳を傾け、関心を持って接することをコーチングで学んだことが大きいと思います。

 開業を考えている先生や、クリニック経営されている先生へのメッセージをお願いします

新谷 糖尿病をはじめとする生活習慣病の治療を行うには、食事や運動などの生活習慣の情報を患者さんと医療者が共有し、協力しながら解決していく必要があります。コーチングを学んだことは、患者さんのニーズに寄り添い、意欲を引き出す治療に大きく役立ったと実感しています。同じようにスタッフへの関わりもコーチングの学びが活かされています。生活習慣病の診療やスタッフ管理に悩まれている先生はコーチングを学んでみてはいかがでしょうか。

この記事を周りの方へシェアしませんか?

この記事はあなたにとって役に立ちましたか?
ぜひ読んだ感想を教えてください。

投票結果をみる

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

チーム医療/医療コーチング

メールマガジン

関連記事