制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。
~システミック・コーチング™がもたらす挑戦と成長~
第26回 日本医療マネジメント学会学術総会 ランチョンセミナー
社会医療法人同心会古賀総合病院 理事長 古賀倫太郎氏発表
第1章 地方都市の民間病院における組織変革の取り組みとコーチング
2024年11月01日
※内容および所属・役職等は発表当時のものを掲載しています。
第26回 日本医療マネジメント学会において、コーチ・エィが共催するランチョンセミナーが2024年6月21日に開催されました。社会医療法人同心会古賀総合病院 理事長 古賀倫太郎氏と岡崎市民病院 院長 小林靖氏にご登壇いただき、これからの医療現場に求められる、リーダーの開発や職員間の関係構築に焦点を当て「変化する未来へ向けて、持続可能な組織をつくる ~システミック・コーチング™がもたらす挑戦と成長~」について深めました。
本記事では、お二人の取り組みをご紹介します。
第1章 | 地方都市の民間病院における組織変革の取り組みとコーチング |
---|---|
第2章 | 「「シン・岡崎市民病院」を織りなす緯糸(よこいと)のコーチング的思考と経糸(たていと)のパーパス |
本記事は2024年6月21日のランチョンセミナーにおける発表に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は発表当時のものを掲載しています。
表紙写真: 古賀倫太郎氏
父が残したこと、私が築いていくこと
同心会古賀総合病院は宮崎県宮崎市(人口40万人余)を中心とした宮崎東諸県医療圏に位置する、中規模の急性期病院です。戦後、私の祖父が開設した診療所を、先代の私の父が事業を大きく拡大させ、今では約950人の職員が働く同族経営の民間市中病院となりました。私自身は、東京で外科医としてのキャリアをスタートさせました。その後、10年ほどがんの専門医として従事した後、2013年に当院副理事長として宮崎に帰ってきました。
都会のがん専門医が、地方の民間市中病院に帰ってきて最初に感じた大きなギャップは、病院内に根強く残る「お医者様文化」でした。患者さんやそのご家族が、医者とのコミュニケーションに敷居の高さを感じていただけでなく、職員もそれを感じていました。各職種の職員は専門職として誇りを持ち、高い意識で仕事をしているにもかかわらず、医師を相手にすると患者さんに関することについて医師と対等の立場で意見することを遠慮する。事務職員にいたっては医者に物申すなどもってのほかで、普通に声をかけることもハードルが高い。こうした風土に大きな違和感を抱きました。
また、先代のカリスマ的なリーダーシップのもとで急成長した組織でしたので、上からの指示がないと動きづらく、自分で考えて行動する主体性が低下している職員が増えていました。部署間の役割分担が急速に進んだことで、自部署を大切に考える官僚的なセクショナリズムも蔓延していました。組織風土の変革を進言する気骨ある職員もいたのですが、彼らが声をあげても組織は変わりません。それが「言ってもムダ」「やってもムダ」という職員のモチベーション低下につながっていました。また、それを理由に組織を離れた人もいました。気づいた時には、組織でリーダーシップを発揮して現場の切り盛りや若手指導に当たる中堅層が不在となり、中高年のベテランと若手しかいないという二極化状態ができていました。価値観も多様化する中で人材育成も難しく、若手が離職してしまうのではないかという危機感と、リーダー人材の確保と育成が喫緊の課題だと感じていました。
組織変革を考える中でコーチングに出会う
2019年に理事長に就任した当初、病院の文化を変えることを目指して、組織変革のためのプロジェクトを発足しようと考えました。そこで、私から全職員に「仕事は楽しいですか」「やりがいを感じていますか」と問いかけ「組織を一緒に変えませんか」と参加者を募りました。集まってくれた50人余りの職員とは、どんな組織に変えたいかを話し合いました。それは「言いたいことが言い合える組織」、また「良い仕事のためなら人間関係のリスクを負っても主張し合える文化がある組織」でした。言い換えれば、心理的安全性が担保され、主体性・自立性に富んだ「誰もがリーダーシップを発揮できるフラットな組織」です。
ちょうどその頃、人に薦められて読んだ『コーチングで病院が変わった』(著:佐藤文彦)でコーチ・エィを知り、その後コーチ・エィ 鈴木義幸社長の著書『新 コーチングが人を活かす』を手に取りました。読んでみて、当院の組織変革の手段としてコーチングが必要なのではないかと感じたのですが、コーチングがどういうものかも、その導入方法もわかりません。そこで、まずは自分で勉強しようと、2021年から1年半、コーチングマネジメントを身につけるプログラム、コーチ・エィ アカデミアでコーチングを学びました。週に2回、オンラインクラスでコーチングの知識・スキルをプロのコーチとクラスメートと共に対話を通して学び、それを現場で実践しました。同時に、2週間ごとにプロの1on1コーチから自身の成長についてコーチングを受けることを続けました。
コーチングがもたらした気づき
私がコーチングを通じて得た一番の気づきは「オートクラインによる自分自身の客観視」です。オートクラインとは、コーチとの対話の中で、自分が言葉にしたことを、自分で聞くことで、自分が考えていることは本当はこういうことだったんだ、と気づくことです。この気づきによって主体的に行動を起こせるようになることが、自分にとっては大きな変化でした。また他者との関わりにおいては、相手の価値観・考えを許容できるようになりました。がんの専門医だった頃は、ディスカッションで相手を言い負かすコミュニケーションも多く経験してきましたが、組織マネジメントでそれをしても誰も喜んでついてきてはくれません。相手の価値観を許容できると、自分の価値観にも変化が生まれます。それがやがて上司・部下の関係性に変化をもたらし、新たな人間関係、信頼関係の構築といった良い影響が組織に生まれると感じました。
また、仕事の中で交わすコミュニケーションには、常に何らかの目的や意図があります。コーチングを学び、実践することで、目の前の人とコミュニケーションをとっている本来の目的を見失わないようにもなりました。組織のビジョンに向かって職員のベクトルを合わせたいと思って話をしても、なかなか共感が得られず、反論をぶつけ合ってしまうこともあります。こういう時にも、相手が目指しているものは何なのか、少しでも組織のビジョンと見合うものはないのか、と探ることができるようになったことで、自分の感情のコントロールはもちろん、そこから新たな発想や視点、価値観を得ながら話すことができるようになりました。また、自分が本当はどういうことがしたいのか、に気づくことで、それを言語化して職員と共有すると、職員にも目指すべきビジョンが理解され浸透していくようになる。こうした効果を自分自身で得られたため、今度はコーチング的思考ができる職員を育てようと、コーチングを組織に導入することになりました。
システミック・コーチング™を展開中
2023年9月からスタートしたのは、コーチ・エィのシステミック・コーチング™の取り組みです。システミック・コーチング™は、個人の開発と組織の開発は一体であるという考え方のもと、組織全体の開発を行うコーチングです。人間関係や信頼関係を再構築し、心理的安全性の醸成やフラットな組織への変革を目的として導入しました。
同心会でのコーチング
コーチ・エィ資料
まず、対話の目的や価値を体験する「3分間コーチ」(※1)のワークショップを2回開催し50人の職員に対話について学んでもらいました。2024年4月に就任した病院長と副看護部長の2人には、次世代リーダーとして院内コーチを育成し組織変革を目指すDCD(Driving Corporate Dynamism)プログラム(※2)に取り組んでもらっています。まだ始まったばかりですが、職員同士の距離が縮まったと感じています。私がコーチングをしている組織変革プロジェクトのリーダーからは、主体的な意見が出てきますし、最近では私に対するネガティブなフィードバックもくれるようになりました。1on1コーチングを実施している役員も、役員会での発言が増えてきました。コーチングという形のないものに対する職員の理解を得ることや、具体的な成果が見え始めるまでには時間を要しますが、一つひとつ課題を克服しながら、今後も取り組んでいきます。
QAセッション
病院組織で、組織変革プロジェクトを多職種で展開する価値を聞かせてください。
古賀 組織を動かすのは人です。この取り組みは、人材育成の観点に加え、組織づくりにもつながると思います。当院では、組織文化を変革するために何を変えたら良いのか、という視点でプロジェクトを進めており、普段のルーティンやコミュニケーションにおける変化も求めています。
私(コーチ・エィ 大塚)とのコーチングセッションで、古賀さんはご自身の問いが変わったとおっしゃいます。問いが変わることで、具体的にどのような変化が組織の中で起こってくるのでしょうか。
古賀 まず、対話する相手との価値観の違いを許容できるようなります。またそれを相手と共有することで、相手の価値観もちょっとずつ変わってきます。そうした中から、新たな価値観や視点が出てくると思います。
※1 3分間コーチ:本質的な問いを間に置いて1対1で3分間の対話を繰り返すことで、コミュニケーションそのものの理解や解釈に変化を起こす体験型ワークショップ。
※2 DCD:リーダーが対話を通じて次のリーダーを開発するプロセスを通して、主体化の連鎖を起こし、組織を変革するプログラム。
(次章に続く)
この記事を周りの方へシェアしませんか?
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。