各界で活躍される経営者やリーダーの方々に、ご自身にとっての「リーダーとしての哲学」お話しいただく記事を掲載しています。
三菱マヒンドラ農機株式会社 齋藤徹 CEO取締役社長
第27回 ミッションは「再建」。対話を通じて挑戦するマインドを醸成する
2023年08月28日
さまざまな業界のトップに、経営に関する哲学をお聞きする経営者インタビューシリーズです。
今回は、トラクター、田植機、コンバインの本機などの農業機械メーカーとして国内外に事業を展開する三菱マヒンドラ農機株式会社の齋藤徹CEO取締役社長のインタビューをお届けします。
齋藤氏は2021年に社長に就任。業績不振から短期間で黒字化を実現し、持続的に利益を創出する経営基盤の構築・強化を進めています。インタビューでは、経営再建に向けた社員への鼓舞や、齋藤氏自身のチャレンジなどについてうかがいました。
1982年に日産自動車株式会社に入社。主に海外事業部門でキャリアを積み、日産ロシア社長、日産ヨーロッパ上級副社長、インフィニティ部門統括執行役員などを歴任。その後、株式会社オーテックジャパンの代表取締役最高執行責任者(COO)、アウディジャパン販売株式会社、アウディジャパン株式会社の代表取締役社長を歴任し、2021年に三菱マヒンドラ農機株式会社のCEO取締役社長に就任した。
38年に及ぶ自動車業界での豊富な経験と海外事業部門や事業再建における確かな実績を活かし、三菱マヒンドラ農機株式会社では就任初年度から四半世紀ぶりに2年連続の黒字を達成。会社を確固たる黒字体質に変化させ成長軌道に乗せるため全力を尽くす。
慶応義塾大学経済学部卒業。趣味は登山、クライミング。東京都出身。
ミッションは経営再建、しかも短期間で
僕の当社でのミッションは「再建」です。しかも短期間で経営を再建させることを自らに課しています。僕は新卒で入社した日産自動車で、カルロス・ゴーンが日産を再建するプロジェクトのプロセスを直に見てきました。後にアウディジャパン販売の社長に就任したときも、日産で学んだプロセスを応用して、10年続いた赤字を1年で立て直しました。そこで還暦を迎え、しばらく語学を学んだり通訳案内士の資格を取ったりとリフレッシュ休暇のような生活を1年程送っていたところ、三菱マヒンドラ農機から声がかかり、今に至っています。これまでの経営再建の実績や異文化コミュニケーション力がお役に立てばとの思いでした。
いざ当社社長に就任してみると、社風は保守的でドメスティック、財務状況は切迫している状況でした。まずは社員のマインドセットの変革が必要と考え、軽快さ、スピード感、脱形式主義、シンプルになろうと訴えました。人材を育てている時間もありませんから、これまでの人脈をフルに活用して経験値の高い人材を外から獲得し、社員にとってはOJTとして経験を共有してもらいました。
また長く続く業績不振の中で、社員が皆、元気がなく、雰囲気も決して良いとは言えなかったので、その空気を打破する必要性も強く感じました。上を向いてほしいし、活気づけたい。そこで2週間に一度、さまざまな層の社員15人と、ざっくばらんに対話するタウンホールミーティングを行ったほか、頻繁に社員向けメッセージを発信しました。
社員アンケートに、僕の印象として非常にアクティブ、オープンで元気、この会社を変えてくれる期待感が持てるとの声があり、これまでのコミュニケーションスタイルが、そうした印象につながったのは良かったなと感じています。
社員の心に秘めていた気持ちをブランドビジョンに盛り込む
当社は1914(大正3)年創業の老舗企業です。戦後、農機需要はうなぎ上りで拡大しましたが、1970年代をピークに市場が縮小していきます。その過程で、当社は1980年に三菱機器販売と合併し、2011年には三菱重工に救済される形で子会社化した歴史があります。
当社はパーパス(存在意義)に、「世界中の大切な人々のため、ずっと愛される製品とサービスで"食"を支える農業の発展に尽くす」ことを掲げています。しかし、社員の心により浸透する、より求心力のあるブランドビジョンが必要だと考え、昨年からビジョン策定のプロジェクトを始動しました。若手を中心に15人くらいのブランドチームを組成し、私たちの持ち味や強み、これまでの歩みや経緯、そして、どこで何を間違えたのかといったことを徹底的に議論し、多くの方々に支えられながら生き延びてきた会社の意図するものは何か、ブレーンストーミングをしながら模索しています。
その過程で、私が社員との対話を通じて知り得たのが、「もう一度やり直したい」「挑戦したい」といった彼らの内面に秘めた気持ちでした。
ビジョンについてはこれから最終形にしていきますが、「挑戦」「チャレンジ」と言ったキーワードをブランドビジョンに盛り込む方向で現在まとめています。
負け組とは呼ばせない。一泡吹かせる野心を抱く
業績に関しては、僕が社長に就任後1年で黒字化を実現し、2022年度は四半世紀ぶりに2年連続の黒字計上となりました。株主も「快挙だ」と喜んでくれています。ただ私から見れば、これは単にこれまでのムリ・ムダ・ムラを排除した結果にしか過ぎません。むしろこれから、お客様に選んでいただくための事業戦略を練り、競争力のある商品を企画開発していかなければなりません。商品を市場に投入するまでには時間もかかりますし、それらがお客様にご評価いただけるかどうかは、出してみないとわからないところでもあります。競合環境を見ると、4社の農機大手プレーヤーの中で、当社はシェア5%で4位の座。市場の縮小トレンドは変わらず、過剰供給が続く状況です。この厳しい環境の中で、いかに再建していくか。かなりチャレンジングではありますが、私は全くあきらめていません。
先ほど、当社のブランドビジョンには「チャレンジ」がキーワードになると言いましたが、私自身にとっても「チャレンジ」は続きます。業界トップに事業規模は及ばないものの、それでも自動車業界と農機業界とを比べると、まだまだ業界全体で経営マネジメントには改善の余地があります。私がこれまで自動車業界で培ったマネジメントノウハウをフルに当社に注ぎこむことで、一泡吹かせてやりたい。そんな大きな野心を抱いています。
これから当社では、すべての部門で「新たなチャレンジは何か」を考えて実務に落とし込む作業を進めていきます。例えばBMWでは、「駆け抜ける歓び」をスローガンにしていますが、それが同社のすべてのモノづくりに反映されています。「駆け抜ける歓び」は単なるキャッチコピーではなく、設計にもスタンダードとしてルール化されて落とし込まれ、走りを追求したぶれない車づくりをしているのです。三菱マヒンドラ農機でも、このように、一貫したぶれない精神を軸に、設計のスタンダード化を実現し、選ばれる商品を生み出していきたいと思います。
提供: 三菱マヒンドラ農機株式会社
危機意識を持って変化を受け入れる風土を醸成する
「再建」を考える上では、やはり、将来にわたって持続的に利益を生み出し続ける黒字体質の経営基盤を構築することが最も大切です。そのためには何をしたらいいのか。これは私自身にも、社員にも、常に問い続けています。社長という立場に立つと、数年後の当社の状況まで見えてしまうものです。時間がないこと、緊迫していることといった状況を、社員に肌感覚で実感してもらうために、私はこの厳しい現状を、真剣かつ生々しさをもって伝えることで、社員の危機意識を高めています。
提供: 三菱マヒンドラ農機株式会社
社員の意識の中に危機感を醸成する上では、「三菱」のマークの影響も意識しなくてはいけないと感じています。当社の危機を都度救済してくれた三菱重工に感謝しつつも、私たちがこの「三菱」マークに安心感を持っていてはいけないのです。しかしその一方で、黒字化した事実と、それに伴う賞与や賃上げなどの還元は目に見える改善ですから、社員は、危機感を抱きながらも真っ暗ではないことを感じてくれていると思います。ポジディブに元気を出してほしいですし、将来を担う若く優秀な人材も育ってほしい。現実を見てもらいながら、問いを重ねていく。そうした対話を社員らと続けてきたことで、これまで保守的で変化を避けがちだった社内の空気の中にも、変化に対する柔軟性や、変わっていいんだという空気が、少しずつ浸透し始めているように感じます。
提供: 三菱マヒンドラ農機株式会社
今、当社は、再建に向けて全力で駆け抜けるフェーズにあります。私がやるべきことを、いかに早く実行に移していくかが重要な局面です。その中で、少しずつ変化することを受け入れ始めた社員一人ひとりが自律したプロ意識の高い集団へとなっていく姿を目指し、これからも突き進んでいきます。
本記事は2023年6月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 三菱マヒンドラ農機株式会社
三菱マヒンドラ農機株式会社
三菱マヒンドラ農機株式会社は1914年に島根県松江市で創業し、以来100年以上、農家に寄り添う農業機械を造り続けてきました。トラクター、コンバイン、田植機などの開発、生産、販売、修理を行う農機事業と植物工場や集出荷施設などの設計、建造、保守を行う農業施設事業を展開し、国内100カ所以上の直営営業所と500カ所を超えるJA、提携販売店網で地域の農業を支えています。
また、グローバル展開では北米やアジアを中心とした海外への製品輸出を行っているほか、トラクター販売台数で世界一を誇るマヒンドラ&マヒンドラ(インド)の世界戦略トラクターの主設計を担うなど、「世界中の大切な人たちのため ずっと愛される製品とサービスで "食"を支える農業の発展に尽くします」のパーパスの下、世界の食料生産を支える事業を展開しています。
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。