各界で活躍される経営者やリーダーの方々に、ご自身にとっての「リーダーとしての哲学」お話しいただく記事を掲載しています。
株式会社ワープスペース 常間地悟 代表取締役CEO
第22回 宇宙空間に通信インフラを構築し、人類の活動圏を「宙(そら)」まで広げる
2022年03月07日
さまざまな業界のトップに、経営に関する哲学をお聞きする経営者インタビューシリーズです。
今回は、商業レベルとしては世界初となる、宇宙空間での光通信サービスの実現を目指す、筑波大学発宇宙ベンチャー・株式会社ワープスペースの常間地悟CEOのインタビューをお届けします。ワープスペースは前身の大学衛星プロジェクトを含め、これまで3機の通信衛星の打ち上げを経験し、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)の公募に採択された衛星もあります。また、直近では月と地球を結ぶ光通信システムの実用化に向けた検討業務をJAXAから受託しています。本インタビューでは、常間地氏の夢や考え方、同社が目指す方向性についてお話をうかがいました。
筑波大学在学中(20歳)に最初の起業。大学院で国際投資法を専門に研究をしながら、並行してこれまでに4社の立ち上げに携わる。(うち1社ベトナム)。主にITスタートアップ等の創業メンバー/役員として経営戦略、ブランディング、法務、財務等を主に担当。起業家育成活動にも参画してきた。ワープスペースとしては、2016年11月~2018年12月まで社外取締役。宇宙産業の民主化を、インターネット/通信の文脈から実現するべく、宇宙のグローバルトップ通信キャリアを日本から生み出すことに全力で取り組んでいる。
大学発ベンチャーを「スタンドアローンコンプレックス」で経営する
ワープスペースは2016年に設立された筑波大学発ベンチャー企業で、人工衛星の設計開発、宇宙環境試験提供、汎用衛星プラットフォーム事業、低軌道人工衛星向け光通信インフラサービスの開発をしています。
地上の通信が電話回線から光通信へと進化していったことで、私たちの暮らしは大きく変わりました。同様に、宇宙にも新しい光通信のネットワークインフラを構築できれば、そこから気象情報をはじめとする莫大な撮像情報をリアルタイムで得ることができるようになります。そうした情報は、農業や漁業といった一次産業や交通・物流業界、さらには災害発生時など、さまざまな領域で活用できるでしょう。僕は、この事業に関連するビジネスを通じて世の中に何かを残したい、貢献したい、という思いから2016年より社外取締役としてワープスペースに参画し、2019年よりCEOに就任しました。僕自身は、宇宙開発技術に直接貢献できそうな特別なスキルを持っているわけではありませんが、宇宙というキャンバスにはまだまだたくさんの余白があって、思う存分好きなように絵を描けることに、ものすごい魅力を感じています。
創業者とCTOの2人のベンチャーに僕が社外取締役として加わり、そのあと、どんどん人を巻き込んでいく中で僕に委ねられたファンクションが「経営」です。もともと僕は、チームをリードしようという思いでこの会社に参画したわけではないので、会社という村社会で権威を持った長老のような印象のある「社長」という肩書きは未だに気持ち的にフィットしません。しかし、すべての経営責任は自分にある、という意味でのCEOの立場の重要性はとても強く認識しています。
提供: 株式会社ワープスペース
当社は、一人ひとりが独立して動き(スタンドアローン)ながら価値を生み出し、結果としてコンプレックス(集団)的な状態で大きな成果を上げる組織、つまり「スタンドアローンコンプレックス」を目指しています。現在さまざまな雇用形態の方を含め20名以上の方に関与していただいていますが、組織内でのつながりも、上下関係や指示命令系統ではなく、あくまでもデリゲーションライン。皆で一つの大きなビジョンや目標を共有し、その下でそれぞれが自身の裁量でデリゲーションの範囲内で動いています。CEOですらそのデリゲーションの一形態です。
妄想した理想を、人を巻き込んで形にしていく
もともと僕はとても妄想力が強くて、子どもの頃から「世の中がこういう風になったらよいのに」とよく妄想していました。そのうちその妄想力が「こういうものを作りたい、実現したい」という思いに発展していきましたが、一人では到底実現できませんから、そばで賛同してくれる人たちを巻き込みながら突き進んできました。みんなと一緒におもしろいことをやりたい。この気持ちは小学生の頃から変わっていません。
僕は、家族の中でも特に仲が良かった祖母からよく歴史小説を借りて読んでいました。その影響もあるのか、自分が歴史に関与するとか、世の中に何かを残していくとか、そういうことへの憧れが強く、僕の妄想した世界を形にしていこうとするパワーの源になっているように思います。
歴史小説には、あまり表には出てこないけれども、しっかりと自身の使命を全うする陰の立役者がたびたび出てきます。僕はそうした人物像、ストーリーに強く惹かれます。自分にしかできないことをしっかりと認識し、そして努力を惜しまず大きな結果を生み出す。そんな人物への憧憬もあって、理想に近づくために僕も自分に対して果たすべき責任を課しています。
旗を掲げ続けることが自分に課した責任
一つの小さなベンチャーが人を雇うようになり、僕自身もその人たちの人生を預かるという、ある意味重い責任を背負うようになりました。その中で僕が自分に課す責任は、目指すべき方向性に対して、失敗してもくじけずに、1ミリでも小指1本分でもよいからチームを前に進めること。失敗しても、踏みとどまって前を向くことです。
地球上には、次の瞬間弾に打たれて死ぬかもしれない地域に住む人、家計の中に1ドルもない人たちの住む地域もあります。中高時代に途上国支援のボランティアを経験したことで、日本で多少の失敗をしても、大したことではない、という感覚があります。途中で諦めないことが僕自身に課す責任です。
そして、自分が死んだ後も、自分の残した仕事の成果が5~10年くらいは世の中の人のために働き続ける、そんな成果を残したい。それは、決して一人ではできません。個の力ではなく集団の力で、僕に巻き込まれた人たちの労力が報われ、成し遂げてよかったと思える日がくるまで旗を掲げ続ける。これが僕の責任です。
宇宙空間の通信インフラでトップ企業を目指す
当社のビジョンは、「宇宙空間で取り扱えるデータ量を増大させ、人類社会への最大の貢献者となる」こと。そして「宇宙通信の大開拓時代をリードしていく」ことがミッションです。当社はいわゆるハードテックスタートアップですが、もちろん技術に物質としての形はなく、ここに集う「人」こそが価値創造の源泉です。知的財産権や独自ノウハウなどの法人に属するアセットを活かしながら、ビジョンの下で各人がそれぞれのスペシャルティーを発揮することで、私たちは次のステップへと前進し続けます。また、各人が何か判断に迷ったときに、立ち戻る基準も社内で共有されています。たとえば、宇宙を舞台とするスタートアップとして、「これはLeap(飛躍)しているか?」。非連続な成長を目指すスタートアップとして、「Leap」を共通言語の一つとして、問いかけるようにしています。
しかし、こうしたビジョンやミッション、価値観だけでは、スタートアップとして持続的成長を果たしていくのが難しいのも事実です。より良い方々に集まっていただくためにも、また集まっていただいた方々の期待に応えていくためにも会社の成長は不可欠であり、そこには必ずまとまった資金が必要です。資金調達の観点から考えると、スタートアップに対する欧米と日本との考え方の違いを痛感します。スタートアップが秘める潜在的な価値は日本と欧米では大差ないのに、スタートアップへの投資額は1桁、2桁レベルで違うのです。
一方で、いずれにせよ投資家の方々との信頼関係の醸成が不可欠だという点は、国境を越えても同じです。ある領域で「ずば抜けた力」があること、そしてその力を裏付けるエビデンスや「確からしさ」もあること。この二つの条件が揃って初めて資金調達の道がひらけます。人類の歴史の中で、人類の活動圏が広がるタイミングはそうそう訪れませんが、今、人類はその活動圏を宙(そら)に広げようとしています。この新たな活動圏が広がる中で、重要な役割を果たす通信インフラを作れることが、当社の「ずば抜けた力」です。そしてそれを裏付ける「確からしさ」は、「宇宙の通信は古すぎる」という業界内での常識を打ち破る当社の潜在力であり、それらが当社の活躍の場を約束してくれていると信じています。
起業家になって10数年経ちますが、正直に言って今のところ、胸を張れるアウトプットはまだ生み出せていません。ワープスペースとしてもまだ大きな成功を成し遂げたわけでもないし、「宇宙通信業界でトップになる」というビジョンに向けて突き進む挑戦者の域を脱していません。少なくとも、当社のビジョンが達成され、新たなステージに入るその日が来るまで、僕はこれからも旗を掲げ続けていきます。
本記事は2021年8月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 株式会社ワープスペース
株式会社ワープスペース
2016年に設立。世界に先駆けて、民間として初めての衛星間光通信ネットワーク「WarpHub InterSat」の実現を目指している。前身の大学衛星プロジェクトを含め、これまで3機の通信衛星を打ち上げている。宇宙や人工衛星に関する高い専門性に加え、JAXAをはじめとした研究機関とのパートナーシップ、つくば研究学園都市が保有する豊富な実験・試験設備等を強みとしている。ここに国際的に多様な背景を持つ人材も加えることで、宇宙通信を開拓する新たな時代をリードしていき、宇宙通信による世界への貢献を目指している。
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