米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


ポジティブな感情について、コーチが知っておきたいこと(後編)

【原文】 What coaches need to know about positive emotions
ポジティブな感情について、コーチが知っておきたいこと(後編)
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認知制御とポジティブな感情

ポジティブな気分や刺激は、ワーキングメモリや、異なるタスクの間を行ったり来たりするセットシフティングの能力、認知制御などの認知機能をあげる。しかし研究チームによれば、ポジティブな感情とモチベーションの区別の難しさが、ここでも研究上のハードルとして存在するという。「覚醒度は、モチベーションと混同されることがある。接近モチベーション(編集注:近づくにつれて充足感が高まり、成功に近づこうとする動機づけ)が高い時には覚醒度が高く、逆に接近モチベーションが低い状態では低いと推定される。そのため、認知における注意の範囲の広さの主な調整要素として機能しているのは、接近モチベーションよりもむしろ覚醒度である可能性がある。」

興味深いことに、ポジティブな感情の中でも「誇り」や「自尊心」は、長期的な目標の達成などの抑制的なコントロールと関係している。それに対して「幸福感」「喜び」「楽しみ」といった他の感情は、同じ目標達成でも短期的な達成や、自己コントロールの弱さと関連している。自己コントロールの弱さとはつまり、チョコレートをたくさん食べたり、難しいタスクを諦めたりといったことである。

抑制

本論文では、認知制御を、予測的制御と反応性制御というサブプロセスに分ける「二重制御理論(dual control theory)」が紹介されている。「予測的制御は予見することができる。これから起こる課題やタスクをきちんと実行するために、あらかじめ機能させておくことができるものだ。他方の反応性制御は突発的であり、頻繁に発生する認知的な課題に対して必要な時にのみ発生する。よって、予測的制御は、目標を見据えた、ゴール・オリエンテッドな行動と関連し、逆に反応性制御は、新しい脅威や報酬に注意を向けることに役立つということができそうだ。」

調査結果が示す結論をまとめると、「ポジティブな気分によって、予測的制御や認知的評価の制御が働く力が抑えられるのに対し、反応性制御は強化されるということを、より強く示すものだ」という。

ワーキングメモリ

感情表現を維持する感情ワーキングメモリは、ゴール・オリエンテッドな行動のために必須と言えそうだ。ワーキングメモリの容量が増えると、ネガティブな感情を抑えたり、動揺していることを表に出さないようにしたりといった、感情抑制がよく働くようになる。そしてたとえばうつ病患者は、ポジティブな刺激に対して選択的に注意を払う力が弱いということが示されている。

また、生活満足度が高く、主観的なウェルビーイングを達成できている時ほど、ポジティブな刺激に対して注意が向きやすいということも知られている。これらのポジティブなバイアスは、ワーキングメモリや、その後の記憶想起に影響する可能性がある。

また、ポジティブな刺激に反応する前頭前野と扁桃体の働きは、年齢が上がるにつれてUカーブを描く。思春期を通じて高く、青年期になると落ち込み、年齢が上がると再び高くなるという変化が見られる。

シフティング(タスク・スイッチング)

間接的な指標ではあるものの、ポジティブな気分は、洞察力や認知の柔軟性を高める可能性があると言われている。

人の生涯とポジティブな感情

60代の人が感じる平均的な幸福度のレベルは、20代のそれと非常に近い。同様に、メンタルヘルスの他の指標も年齢と共に高くなる傾向がある。また、不安障害やうつ病の有病率は成人期を通じて、直線的な減少がみられるのが一般的だ。

感情のコントロールは、幼少期においては親や養育者などの大人といった、外的な要因の影響を受ける。それが、成長するにつれてより内的にコントロールされるようになり、晩年にはコントロール能力がさらに向上する。このことは、自覚的な幸福度や、ポジティブな感情への感度が、年齢と共に高まることを説明できる可能性がある。

しかし、年齢が上がるにつれてポジティブな感情を抱きやすくなることの理由には2つの異なる理論があり、それらには相反する部分がある。

  1. 脳の老化モデル:加齢に伴い、扁桃体のネガティブな情報を処理する部分の機能が低下すると仮定する。
  2. 認知制御モデル:前頭前野における感情処理の制御機能が、年齢と共に高まると主張する。

健全な社会的状況とポジティブな感情

社会や他者と協力的な関係を築くことで、人は活発で充実した気持ちになり、何かを脅威に感じる反応は弱まると考えられる。それは結果的に、ポジティブな感情やウェルビーイングを育むことになる。このような充実した社会生活は、より多くの人と繋がり、病気から早く回復し、身体及びメンタルの健康リスクが低く、より長く幸せな人生を送ることによってもたらされる。

生活とポジティブな感情

ポジティブな感情を生み出すものに、遊びがある。同調や模倣遊び、運動遊び、物を使った遊び、交流を通じた遊び、想像力を使うごっこ遊び、物語を使った遊び、そして何かを作り出すクリエイティブな遊びなど、遊びを通じて得られる経験は幅広い。(ナショナル・インスティテュート・オブ・プレイ参照)

まずは環境。子供やその家族のメンタルおよび身体的なウェルビーイングを高めるには、住宅環境が良好で、安定している必要がある。手頃であり、かつ過密状態でないということもその条件に入る。また、緑が多い環境はポジティブな体験をもたらすと言われている。

また、マインドフルネスの実践はポジティブな感情を抱く力を高め、ウェルビーイングを促進すると言われている。それは、自分が感じている感情への感度を高め、反応を調整することや、ネガティブな感情や状況に対して他の解釈を試みる認知的再評価をより積極的に行うこと。そして脳内の報酬系の動きを変化させることによってである。

そして何より人はフロー状態になると、神経系や生理的なプロセスが影響を受けると言われている。これらは、ポジティブな感情や、報われたという気持ち、幸福感、そして人生における満足度と結びついている。

コーチのためのヒント ポジティブな感情を大切にしよう

  1. その時々で、クライアントのポジティブな感情を解きほぐしていくこと。それには、それらの感情に関わる正しいラベリングや感情価、覚醒レベル、そして日常生活への影響を意識する必要がある。
  2. クライアントの生活や仕事に、遊び、環境のアップグレード、マインドフルネスの実践、そしてタスクに集中する深いフローの状態を取り入れるように意識する。これは、コーチ自身も同様である。
  3. 物事を探索し、楽しみたいという内発的な動機と、向社会的であろうとする気持ちのバランスを取るようにする。後者は、他者や彼らとの人間関係にとって良いことをしようという、社会的なコンテクストに基づいたモチベーションである。これらはもともと相反する動機だが、そのことを認識し、尊重する。
  4. 「良い気分でいる」という状態は、長期的な目標の達成を見据えた予測的制御を働かせるには理想的ではない可能性がある。しかし、気が散ってしまうことなどを予防する、反応性制御には効果的だということを意識すること。そのためには、感情に対して軽やかに反応できる俊敏さが必要だ。

ポジティブな感情の認識や、対処方法、感じかたは年齢や遺伝的な要素によりさまざまだ。そのことをふまえ、クライアントも、コーチ自身も日常生活や仕事の中で意識的にポジティブな感情を見出し、感じることができるようにすること。

「ネガティブな思考や破壊的な感情を克服するには、その反対のポジティブな感情をより強力に懐くことです。」

ー ダライ・ラマ


【筆者について】
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】What coaches need to know about positive emotions(2023年3月11日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています)


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