米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


ストレスを感じたら、リフレッシュを

【原文】Got Stress? Get Renewal
ストレスを感じたら、リフレッシュを
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「心の安らぎを感じるのは、人生がいつも幸福であることを意味するわけではない。多忙を極め、混沌とした日常にあっても幸福な心の状態にアクセスする能力があるということだ」

―ジル・ボルト・テイラー

はじめに

激動する現代社会では、絶えず様々なストレス要因に対処することが当たり前になっている。配偶者や子どもの死といった大きなストレス要因や深刻なトラウマではないにしても、慢性的なストレス要因が長期にわたって蓄積すると心身の健康と幸福を害することは知られている。継続的なストレスは免疫システムや認知機能、仕事への意欲を損ない、燃え尽き症候群になりやすくする。

著者らはこうも述べている。「次の4つの種類の経験がストレスを引き起こし、過剰に増大させる。すなわち、(a)本人にとって重要な活動であること、(b)不確実性を感じていること、(c)他人に見られたり評価されたりしていること、(d)こうした経験のいずれかが予測されること、である」

これまで日常的なストレス要因の累積的な影響とそれを防ぐ方法を研究するのは、測定ツールがなかったため難しかった。新たに登場したパーソナル・サステナビリティ・インデックス(以下、PSI)は、まさに必要とされていたツールである。PSIは、『コンサルティング・サイコロジー・ジャーナル:実践とリサーチ』誌に掲載された2021年の論文「Thrive and Survive: Assessing Personal Sustainability(豊かに生活して生き延びる:個人の持続可能性の評価)」でボヤツィスらが解説し、検証している。

PSIの独自性は、日常的なストレスフルな出来事の頻度と多様性を測定するだけでなく、自然の中の散歩、子どもと遊ぶこと、瞑想といったストレス解消に役立つ「リフレッシュ」も調べられることにある。この論文の著者らによると、ストレスの軽減は生き延びるために役に立つが、リフレッシュすることを増やせば豊かな生活につながる。PSIはそれを実現するために不可欠なツールであるという。

ストレス反応

ボヤツィスらは、ストレスとリフレッシュの実用的な定義を示している。ストレスは交感神経(SNS)を刺激するのに対し、リフレッシュは副交感神経(PNS)を刺激する。交感神経は「闘争・逃走(fight-or-flight)」反応において重要な神経ネットワークであり、ストレスを受けたり危険にさらされたりすると活発になる。身体は危険に反応してアドレナリンを分泌し、これによって心拍数、肺活量、エネルギー貯蓄量が増える。脅威が続くと、主要なストレスホルモンであるコルチゾールを分泌し、血流中の糖分を増大させ、身体をいつでも行動可能な態勢に置く。副交感神経は、オキシトシンやバソプレシンなどのホルモンと関係し、ストレス反応を阻止するブレーキの役割を担う。

闘争・逃走反応は、初期の人類が捕食動物から逃れる際に大いに役立った。突然の脅威が過ぎ去れば、副交感神経がストレス反応を停止させる。ところが、あまりにも目まぐるしい現代社会では、人や車が行き交う街角やインターネットに接続できないなど、いたるところで低レベルのストレスに遭遇するため、ストレス反応が常時オンになっており、心身の健康に深刻な影響を及ぼす。たとえば、慢性的なストレスは心臓病や心臓発作、脳卒中のリスクを高め、睡眠障害や肥満の原因になり、不安症やうつ病を招くおそれがある。

このような低レベルのストレス要因が当たり前になっているため、私たちは慢性ストレスになかなか気がつかない。ボヤツィスらはこの問題を次のように説明している。「生活に適応することで、危険なストレスや機能不全を生じさせるストレスにも順応できるようになる。症状が多くなっても当たり前になっているので、ストレス耐性があると思い込み、その結果、累積的な影響による緊張状態を自覚せず、気づくことすらなくなってしまう。」

リフレッシュの重要性

ストレスフルな出来事とリフレッシュのバランスをとる必要性を指摘する現代の理論をまとめ、著者らはこう述べている。「...必要なリフレッシュ(副交感神経)の程度は、最近本人が経験したストレス(交感神経)の程度によって決まる。リフレッシュの効果が十分であれば、ストレス以前の状態に身体を戻すことができる。その結果、対人関係、仕事、生活に関わるリソースとエネルギーが得られ、積極的になり、活発になり、満足できるようになる。」

これまでのストレス指標の多くは、愛する人の死のような人生の重大な出来事に重きをおくもの(例:社会適応評価尺度)か、心的外傷後ストレスに焦点を当てるもの(例:イベント影響評価尺度)だった。それ以外の尺度は、ストレスからの回復を測定するためのもので、たとえば仕事の後のリラックス(回復経験質問票)、あるいは感情の発散や心の支えを求める行動などのストレス解消行動(多次元対処行動尺度)などである。

こうした尺度と異なり、PSIは日常的なストレス要因の累積的影響に焦点を当て、ストレスを軽減するだけでなく、副交感神経を活性化してストレスを遮断する事象を測定する。このインデックスでは、慢性的ストレスに関する心理学や医学の文献から抽出した日常的な16のリフレッシュ活動と17のストレスフルな出来事をリストアップしている。ボヤツィスらによれば、「リフレッシュは低いストレスとして評価されるのではなく、副交感神経を刺激する実際の経験ととらえている」という。

さらに著者らは、交感神経から副交感神経に交代するときのホルモンの変化がもたらす効果について次のように説明している。「内分泌がエピネフリン、ノルエピネフリン、コルチゾールからオキシトシンやバソプレシンに変化することで、新しい考え方、人々、感情に対応できるようになる。これによって創造力から複雑な概念の処理に至るまでの認知機能が向上する。」

PSIは、日常的なストレス要因だけでなくリフレッシュする出来事も測定するため、慢性的ストレスをより深く理解し管理するための重要なツールになる。これは、ストレスフルな出来事とリフレッシュする出来事両方の量や頻度や多様性を測定できる点でユニークである。これが重要なのは、たとえば、多種多様なリフレッシュ活動によってもっとリソースとレジリエンスが得られるのに対して、人はあらゆるストレス要因に対して同じように反応する習慣を身につけてしまう可能性があるからである。

頻度はリフレッシュ活動の総数からストレスフルな出来事の総数を引いて算出し、多様性はリフレッシュ活動の種類の総数からストレスフルな出来事の種類の総数を引いて算出する。

PSIの試験

ボヤツィスらは、日常的なストレス(例:抑うつ、不安)とリフレッシュ(例:レジリエンス)に関連する6つの変数が、ストレスフルな出来事とリフレッシュする出来事の頻度と多様性の有意な(正または負の)前駆兆候になるという仮説を立てた。また頻度と多様性は、生活や仕事に関連する結果として、主観的幸福感、仕事への意欲、キャリア満足度の3つを左右するという仮説も立てた。認知機能は対照変数として取り入れた。

これらの仮説を検証するために、3つの調査を実施した。最初の調査では、医療専門家にある出来事をストレスフルな出来事とリフレッシュする出来事のどちらかに分類してもらい、次に別の10人の専門家にも同じように分類してもらった。いずれの専門家グループも正しく分類したストレスフルな出来事とリフレッシュする出来事だけを最終的なPSIツールに取り込んだ。

次に2つの被験者群をつくり、前の週にどのくらいの数と種類のストレスフルな出来事やリフレッシュする出来事を経験したかをPSIで調べてもらった。ひとつのグループの参加者はアマゾン・メカニカル・タークで募集した300人で、少額の謝礼を支給した。もうひとつのグループは、エグゼクティブ教育のリーダーシップ開発課程を修了した582人である。この2つのグループに対し、PSIのほか、いくつかの人口統計学的質問、ストレスフルな出来事とリフレッシュする出来事の頻度と多様性の潜在的な前駆兆候(例:抑うつ、不安、レジリエンス)と結果(例:主観的幸福感、仕事への意欲、キャリア満足)の測定を含む128項目の調査を実施した。

研究者らの所見

構造方程式モデリングを使って調査結果を分析したところ、抑うつや不安のほか、過去にストレスが大きい経験をしたことが多様性の有意な負の前駆兆候であったのに対し、レジリエンスと共感的関心は正の前駆兆候であった。つまり、抑うつや不安症の人は、多様なリフレッシュ活動を行わない傾向があるということになる。主観的幸福感、仕事への意欲、キャリア満足はすべて有意な正の結果であった。これらの関連性を決定する要因としては頻度よりも多様性のほうが強かったが、頻度は常にではないにせよ多様性の効果を緩和する傾向があった。

ボヤツィスらは調査結果を次のようにまとめている。「製薬業界で使う用量にならっていえば、一週間にストレスよりもリフレッシュを多く経験し、また一週間に多種多様なリフレッシュを経験するほうが心も身体も調子がよくなる」

研究者らは、特定のストレスフルな出来事またはリフレッシュする出来事の強度を測定することはできなかった。今後の研究では、日記や生理学的モニター(例:ストレス時やリフレッシュ時の脈拍の変化を測定)を使用することも検討している。

結び

PSIは日常的なストレスフルな出来事とリフレッシュする出来事を測定する革新的なツールであり、低レベルのストレス要因がいかにして慢性的なストレスを誘発するのか、またリフレッシュがいかにしてリソースとレジリエンスの力をつけるのかを理解するのに役立つ。PSIは、クライアントがストレスにどの程度対処できるかを測定する有益なツールになり、またストレスマネジメントの最適化し、コーチングの体験をより良くするためにも使える。

コーチのための結論

万人向けのパッケージ型サポートでは、数多くのクライアントに同じ効き目があるとは限らない。

次のように進化させれば、もっと良い結果が得られるかもしれない。

  • PSIの項目をもとに、リフレッシュ活動(例:コーチング、ボランティア活動、他者を思いやる、エクササイズ、自然、ヨガ、呼吸法、内省、瞑想、祈り、遊び、笑い、楽しい食事)のリストを作成する。
  • ストレスを解消するリフレッシュについてクライアントとブレインストーミングする。
  • コーチングセッションの直前か冒頭にリフレッシュを行うことで、成長のプロセスに深く関われるようにする。
  • コーチングセッションにリフレッシュを取り入れ、学んだスキルを実践できるようにする。
  • 日々のストレスやリフレッシュを記録し、管理するよう勧める。
  • 自分だけでなく、組織の仲間にとってもリフレッシュが重要であることを理解してもらう。

毎日がリフレッシュであり、毎朝が日々の奇跡である。
この喜びを感じることが人生だ。

ー ガートルード・スタイン

引用:

Boyatzis, R. E., Goleman, D., Dhar, U., & Osiri, J. K. (2021). Thrive and survive: Assessing personal sustainability. Consulting Psychology Journal: Practice and Research, 73(1), 27.


【筆者について】
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Got Stress? Get Renewal(2023年7月にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています)


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