ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
「気づき」が生まれるコーチングとは
2023年06月20日
研究によれば、指示的でないコーチングはひとりで行う熟考や指示的なアドバイスよりも多くの気づきに導き、創造的洞察に関係する脳部位の活動を増加させる。
脳波検査を用いた研究
効果的なコーチングセッションのハイライトは、クライアントが新しい洞察を得る瞬間、いわゆる「アハ・モーメント(「なるほど、そうか」と納得する瞬間)」にある。ひとりで考えたり指示的な会話をしたりする場合よりも支援型コーチングのほうが洞察に関係する脳部位を活性化することが、神経科学の研究によって確認されている。
スペインの心理学者、バルトロメらがFrontiers in Educationに発表した2022年4月の研究は、脳波検査(EEG)を用い、ひとりで行う熟考、指示的コーチング(アドバイスと指示出し)、非指示的コーチング(支援型コーチング)の3種類のアプローチで、問題解決を行う被験者の創造的洞察に関係する脳部位の活動を記録している。指示的コーチングでは、コーチが被験者のアイディアに対してフィードバックや判断を行い、クローズド・クエスチョンを出して被験者を答えに導いた。非指示的コーチングでは、コーチは自身の知識や経験を伝えることなく、被験者と対話した。また、判断やフィードバックをする代わりにオープン・クエスチョンで内省を促したり、新しい連想や視点が生まれるよう促した。このようにして、非指示的コーチングはクライアントの創造的能力を高めている。
研究成果は何か?
以下に詳述する一定のパラメータのもとで、非指示的コーチングは最も多くの創造的洞察をもたらし、創造的洞察に関係する脳領域の活動も最も活発になった。被験者自身も、非指示的コーチングを受けているときに創造的洞察が高まったと自覚している。定量的な脳波検査のデータと主観的な自己評価を併用することで、創造的洞察を生み出すためのさまざまな形態のコーチングの有効性を評価するだけでなく、最も効果的と示されたコーチングを最適化することもできる。さらに、エビデンスに基づく新たな方法論として、他の認知プロセスに対するコーチングの効果の記録・評価にも活用できるだろう。
創造的問題解決とは?
創造的な問題解決のプロセスには、1回ないし複数回の「アハ・モーメント」が訪れる。問題の枠組みが突如として変化し、新たな気づきが生まれる瞬間である。「アハ・モーメント」はゆっくりと進む思考で到達するものではない。思考が一時中断され、飛躍するような瞬間に新しい洞察が生まれる。そうはいっても、洞察は過去の知識や経験の積み重ねを土台としており、その再構成と再結合を経て、新しい解決策が現れる。
創造的洞察は、主観的にも客観的にも特定可能である。問題を解決した人は、解決につながった「アハ・モーメント」がわかる。客観的にも、古い思考パターンにとらわれ身動きがとれなくなっていた人が、突然考え方を再構成または転換して問題を解決できた瞬間、少なくとも解決に向けて飛躍的に前進した瞬間を特定することができる。
著者らは、洞察が生まれる認知過程について次のように述べている。「注目すべき要素は、被験者が“もはやお手上げ”でこれ以上は無理と感じる思考の行き詰まりや袋小路の状態、そして新しい認知表現、あるいはそれまで明らかでなかった認知表現の再構成や創造である」
非指示的コーチングとは?
非指示的コーチング、すなわち支援型のコーチングでは、コーチはクライアントや被験者と対話するが、指示的コーチングとは対照的にフィードバックや判断、解釈は行わない。クライアント自身がプロセスを進め、内省するためにコーチと会話する。コーチの仕事は、新たな気づきや洞察を生む肥沃な土壌となる「内省の場」を確保することである。クライアントや被験者は自分が蓄積してきた知識の中から新しい観点やアイディアを探りはじめ、取りとめなくあれこれ検討していく。そして、そのうちに創造的な解決策、新しいアイディアがふと生まれてくるのである。
この研究では、国際コーチング連盟のマスター認定コーチが、3つの会話に関するコンピテンシーと2つの構造に関するコンピテンシーを使って非指示的コーチングを行った。会話の中で、コーチはクライアントの言語的・非言語的シグナルを注意深く観察し、クライアントが話した内容を正確に言い直し、内省を促すオープン・クエスチョンを行った。会話はGROWモデルに従って構成されていた。GROWとはジョン・ウィットモア卿が広めたコーチングモデルで、「Goal=目標」「Reality=現実」「Option=選択肢」「Way Forward=前進」を意味する(ウィットモア卿の見事なモデルについては、下記の引用にある動画を参照)。コーチとクライアントは協力して目標を設定し、その目標の実現可能性を評価し、想定可能な行動の選択肢を考え、最後に前進するための行動をその中から選択する。2つめの構造的なアプローチは、セッションとセッションの間に、クライアントが選択した行動を実施するために何を行ったかをモニタリングすることであった。
コーチングが創造的洞察に及ぼす効果を脳波検査で測定
著者らは「大脳皮質は、その瞬間に行っている精神活動に応じて、さまざまな脳波の周波数を卓越した時間分解能で生成する能力がある」と指摘している。
脳波検査の技術はいまや、所定の時間内で行われるさまざまな認知プロセス(注意、学習、情報検索など)の脳の活動を確実に測定できるようになっている。頭皮の関連部位に脳波検査の電極を装着すると、その人が注意を向け、学習し、あるいはこの場合は「アハ・モーメント」を経験したときに、その部位の脳波の周波数の変化を測定することができる。
これまでの脳波の研究により、創造的な洞察や思考プロセスは、右耳のすぐ上にある脳部位(右側頭葉)とその上に位置する葉(右頭頂葉)における活動の増大と関係していることがわかっている。今回の研究は、脳波検査(具体的には14の受容体チャンネルを搭載した脳波検査ニューロヘッドセット)を初めて使用し、被験者が問題に対する創造的解決策を見出だそうとするときのこれらの脳部位の活動を測定した。
16人の被験者はコーチングを受けた経験がない管理職であり、難易度が同程度のマネジメントに関する新たな問題を3つ特定し、これを解決することを課題として与えられた。脳波検査ヘッドセットを使用する1回のセッションで、3つの問題をそれぞれひとりで行う熟考、指示的コーチング、支援型コーチングの3つのアプローチでひとつずつ解決することを求められ、その間の彼らの脳活動を脳波検査でモニタリングした。コーチは指示的コーチングと支援型コーチングの両方のプロセスに参加した。
被験者には、洞察を得るたびにコンピュータのスペースバーをタップしてもらった。脳波検査ヘッドセットは、それぞれのタップの直前4秒間の脳の活動を14個の電極で追跡した。被験者は創造的洞察に伴う変化について自己評価も行った。
研究の結果、被験者は支援型コーチングを受けているときに多くの洞察を得たと認識し、脳波検査のデータでも創造的洞察に関係する脳の領域の活動の増加からこれが裏付けられた。とくに脳の右半球の前頭側頭皮質ネットワークにある電極において脳波記録活発になったことが顕著だった。
結び
この斬新な研究は、さまざまなコーチングが創造的洞察に寄与するかどうか、どの程度寄与するかを評価するための方法論(関係部位の脳活動の定量的脳波記録測定と主観的自己評価)を提供している。この方法論を用いた結果、目標の達成においてはGROWモデルと会話能力を用いた非指示的コーチングが指示的コーチングよりも優れていることがわかった。今回の研究で使用した方法論を応用して、非指示的コーチングのさらなる最適化、また他の認知プロセスに対する非指示的コーチングの効果を研究することができるだろう。
コーチのための結論
この研究は、プロのコーチにとって基本的でスキルを継続的に向上し続けることの重要性を優れた形で示し、また再確認するものである。そのスキルとはすなわち、オープンで受容的、肯定的な場を確保すること、好奇心を持った問いや状況に応じた受け答えなど、新しい洞察を生み出す創発的な会話をサポートするスキルである。
コーチはまた、クライアントがより迅速により多くの新しい洞察が得られるように、最も創発的な瞬間や、新しい洞察を得るために最も効果的なコーチングの条件について探索することが求められている。
「私は喜びの国に住んでいる。ただ通りを歩いていて、太陽は輝き、スターバックスに向かっていて、気分はいい。新しいことを理解した瞬間や、2つのものがぴったり合って驚くべき3つめがつくり出されるのを見たとき、私はその『アハ・モーメント』を求めて生きている。学習によって脳内で生成される化学物質がある。それによってささやかな陶酔感を覚える瞬間が訪れる。『ああ、だからそうなのか!』と。」
ー グロリア・スタイネム
引用
Bartolomé G., Vuka S., Nadal C. and Blanco E. (2022). Right cortical activation during generation of creative insights: An electroencephalographic study of coaching. Front. Educ. 7:753710.
必見動画
2012年公開、ジョン・ウィットモア卿による「コーチング」と「指導」の違いの実演動画。こちらからご覧ください。
【筆者について】
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】How to Coach the A-Ha Moment(2022年4月にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています)
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