ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
本当に効果的な360度フィードバックとは
2024年01月23日
リーダーシップ開発における360度フィードバックは、フィードバックを受けたリーダー本人の自己擁護や防衛の引き金となり、かえって逆効果となることがある。したがって、リーダー自身のオープンで探究的なマインドを引き出すことがより良いアプローチだ。
はじめに
組織では、従業員やリーダーシップの開発、業績評価、組織の成長を目的として、360度フィードバックとしてよく知られている多角的フィードバックアセスメントが頻繁に実施されている。コーチングにおいて最も広く実施されているフィードバックアセスメントでは、まずクライアントが一連のコンピテンシーに関する自己評価を行う、そして、クライアントは、上司、部下、同僚にも同じアセスメントを依頼し、これにより360度の視点を得る、その後、クライアントは匿名のフィードバック・レポートを受け取り、コーチと一緒にそれを読み解いていくというものだ。
2011年にJournal of Applied Behavioral Science誌に掲載された著名なな論文の中で、テイラーとブライト(デビッド・ブライトは、人間中心のリーダーシップ研究プログラムを率いる米国コーチング研究所の新しいシニア・サイエンティストである)は、一般的に行われている匿名のフィードバックアセスメントは、組織開発の実践に根ざしていた本来の目標のうち、いくつかの目標を達成するうえでは適さないと説明している。テイラーとブライトによれば、組織開発は、協調的な関係を構築する人間中心のアプローチを重視し、クライアントが他者の視点を通して自分自身と自分が組織に与える影響についてより深く認識することを目指している。それは、自分自身と組織のパフォーマンスを向上させるための新たな行動をとることに向けられているのである。しかし、匿名のフィードバックアセスメントは、クライアントを組織基準に従って行動させるといった、人事側のニーズを満たすことに重点を置いていることが多い。
そのアプローチは、クライアントが他者の視点に心を閉ざし、それを否定するような防衛的な態度を誘発する可能性が高く、クライアントの成長を前進させるのではなく後退させてしまう可能性もある。実際、否定的なフィードバックを受けて防衛的になった人のパフォーマンスは、次の評価サイクルで悪化することがわかっている。テイラーとブライトは、真の変化と成長は、オープンマインドの状態をつくり出すことによって可能になると主張している。
では、オープンマインドの定義とは何だろうか?著者によると 「オープンマインドとは、(a)他者からの肯定的・否定的なフィードバックを吸収し評価しようとする受け手の意欲、(b)新しい情報に照らして自分の認識を変えようとする受け手の意欲、を指す。オープンマインドとは、自己変革を含む変化の可能性に価値を置く状態である。フィードバックに対してオープンマインドであるとき、人は、自分が当たり前だと思っている前提を見直すことができる。」
彼らはさらにこう書いている。「フィードバックアセスメントを実施する際は、オープンマインドでいることが、異なる視点を受け入れ、考えを統合し、フィードバックを提供した人たちとの関係における自己認識を深める能力につながる」
テイラーとブライトは、フィードバックアセスメント方法論を評価する概念モデルを確立した後、それが防御的な態度を引き出すのか、それともオープンマインドな態度を引き出すのかを評価するために、そのモデルを使って、2つのフィードバックアセスメント戦略を評価している。1つは広く使われている「自己と他者の比較」であり、もう1つは彼らが提案する「予測と他者の比較」だ。フィードバックアセスメントは最終的には広い意味で自己認識に関わることであるため、彼らはそれぞれの戦略の基礎となる自己の概念についても探究している。
自己と他者の比較
自己と他者比較のアプローチでは、クライアントの自己評価は、評価者グループの評価と比較される。評価者の視点は「客観的な現実」であると考えられ、コーチの仕事は、クライアントが評価者の視点で物事を見るように促し、懸念に対処するために変化を起こすように促すことである。テイラーとブライトはこう書いている。「評価を受けた後に行われるコーチングは、しばしば自己と他者の評価が一致していない部分を深掘りしがちだ。コーチングの対話では、どうしても「あなたへの他者評価を踏まえて、あなたは自分自身をどう見ていますか?」といった質問になりがちである。
テイラーとブライトによれば、このアプローチの問題点は自己に中心を置きがちになることだ。自己は「 評価」され、他者が自分を評価する結果にあわせて自己を評価してしまうため、不足している部分があると判断しがちだ。驚くに値しないことだが、このような欠陥ベースのアプローチは「自己防衛」本能を引き起こし、クライアントが自分自身を擁護し、自分の強みや意図について最もよく知っているのは自分自身であり、評価者の反応のばらつきは評価者の評価が誤っていることを示唆していると主張するようになる。クライアントは自己警戒心を高め、他者の視点から自己認識が広がることによって学んだり利益を得たりする可能性がずっと低くなってしまう。
予測と他者の比較
対照的に、予測と他者比較のアプローチでは、プロセスの最初から他者を意識するようクライアントに促すことで、自己へ過度な意識を向けないようなアプローチをとる。自己評価の代わりに、評価者がクライアントのさまざまな能力についてどのように採点するかを予測してもらい、その点数を実際の他者評価の点数と比較する。これらの予測をするとき、クライアントは自分と各評価者、または各評価者のグループとの関係性を視野に入れる。このアプローチでは、評価は単一の自己の評価ではなく、特定の仕事関係の中での自己の評価である。複数の評価は、複数の状況で特有に現れる自己と他者との関係性を示している。アセスメントにはばらつきがあると思われるが、そのばらつきは、「自己ー他者比較」で起こりがちな、クライアントがアセスメントを無視するための言い訳として使われるのではなく、複数の文脈における自己と他者との関係性を探究するきっかけとして使われる。テイラーとブライトはこう書いている。「複数の自己と複数の状況において現れる自己の包括的な見方は、不一致をオープンに探究することを可能にし、より強い自己認識につながるデータをクライアントに提供する」
著者らはアメリカの心理学者、ロイ・バウマイスターによる自己認識の記述に注目している。「バウマイスターは、自己認識には 他者からどう見られているかを予測する能力も含まれると結論づけている。言い換えれば、自己認識とは、自己評価に反映される自分自身について知っていることだけでなく、他者からどのように認識されているかも理解することを意味する」
自己と他者比較のように、クライアントの弱点や理想とのギャップを「診断」して対処するのではなく、予測と他者比較のコーチング・セッションでは、複数の状況、現実にあるもの、あるいは認識を探究することで、自己探究の幅を広げ深めていく。テイラーとブライトは、この予測と他者比較のコーチングを次のように説明している。
「コーチングの対話は、『他者の認識についてのあなたの予測と、彼らの実際の認識はどのくらい一致していますか』といった質問を通して、参加者の状況認識に焦点を当てやすい。データ収集とフィードバックの焦点は、自分の行動や能力が状況によってどのように生み出され、他人から認識されているかを考慮する傾向がある」
予測と他者比較を用いたコーチングのゴールは、クライアントの自衛本能や擁護の反応を刺激して防衛に導くことではなく、他者に対してオープンで、好奇心があり、探究的なマインドセットを開発することである。テイラーとブライトの言葉を借りれば、「探究心を持つことで、自己防衛の傾向を相殺することになる。探究心を持つことによって、評価を受け取ったクライアントは発見と理解に焦点を当てるようになり、他者の視点へ興味が生まれ、他者への探究心を自己の感覚に取り込むことで、肯定的な感情が生まれることが多い」
テイラーとブライトは、防衛的態度と開放的態度という概念モデルの有用性を、フィードバックアセスメントの技法の評価において実証している。その中で、自己と他者の比較は防衛性を引き出しやすく変化をもたらす可能性が低い一方で、予測と他者比較は探究心、開放性、変化への意欲を促進する傾向がある。この記事では、概念モデルがフィードバックアセスメント戦略やアプローチの評価に使用されたが、これは組織文化、クライアントと評価者の関係、コーチやフィードバックアセスメント・ファシリテーターの能力など、フィードバックアセスメントの他の側面を評価するためにも利用できる可能性がある。
コーチのためのヒント
- 自己と他者の比較で起こりうるような防衛的な反応を引き出すフィードバックアセスメント・コーチングは、変化につながりにくく、その代わりに自己防衛や擁護の感覚を刺激し、他者の視点を受け入れにくくする。
- これに対して、予測と他者比較のように、クライアントに最初から相手の視点を理解するように促すフィードバックアセスメント・コーチングは、変化につながりやすい。クライアントが、多様な仕事関係の中で現れる複数の自分を認識し、より深い自己認識を得る手段として、それらの評価の多様性を受け入れることを促されることで、オープンマインドになるための状況がつくられる。
- ほとんどの360度アセスメントでは、クライアントが他の評価者の評価予測を取り入れていないことを考えると、コーチは 360度の振り返りの場でその視点を導入し、マインドセットや行動の理想的な変化について、その計画や実行をより豊かにしていくことができる。
「自分自身は自分自身によって深く隠されている。全ての宝の鉱脈の中で、自分自身が一番最後に発掘される。」
フリードリヒ・ニーチェ
Citation:
Taylor, S. N., & Bright, D. S. (2011). Open-mindedness and defensiveness in multisource feedback processes: A conceptual framework. The Journal of Applied Behavioral Science, 47(4), 432-460.
【筆者について】
デビッド S. ブライト博士
ライト州立大学経営・国際ビジネス学部の組織行動と組織開発の終身教授であり、マネジメントおよび国際ビジネス学部の元学部長。2005年、ケース・ウェスタン・リザーブ大学ウェザーヘッド経営大学院で組織行動学の博士号を取得。また、Institute of Coaching(IOC)のシニア・サイエンティストでもある。コンサルタントとしてのブライト博士は、プロのファシリテーターおよびエグゼクティブコーチとして25年以上の経験を持ち、トレーニング、リーダーシップ開発、チーム・ダイナミクス、組織開発、戦略立案、チェンジマネジメント・プロセスに精通している。変革を成功させる可能性を最大限に高める、総合的でカスタマイズされたサービスを設計している。近年は、深刻な課題に直面している経営幹部の支援を専門としている。IPECや、ESCI(Emotional and Social Competence Inventory)のコーチング認定資格を持つ。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Let’s do a 180 on 360s(2023年10月にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています)
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