米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


ポジティブな感情について、コーチが知っておきたいこと(前編)

【原文】 What coaches need to know about positive emotions
ポジティブな感情について、コーチが知っておきたいこと(前編)
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ポジティブな感情を生み出すための良い方法。

それは、マインドフルネスの実践と遊びを、新しい習慣にすることだ。

自分の「型」を見つけ、調子をつかむ -タスクに深く集中したフロー状態に入ろう。

年齢を重ねるということは、ポジティブに捉えることができる。それも、加齢というのはネガティブな感情を処理する脳の能力が低下する、もしくは感情を調整する能力が向上するプロセスであると考えられるからだ。

どちらの立場を取るか、科学者の見解は分かれているため、どちらかしっくりくる考え方を選んでほしい。

はじめに

2021年に、17名の科学者からなるグローバル研究チームが「ポジティブな感情の神経科学( neuroscience of positive emotions)」というレビュー論文を発表した。手掛けたのは、オーストラリア、ベルギー、カナダ、ドイツ、ギリシャ、スペイン、そして米国の7カ国の研究者で構成されたチーム。2016年に始まった「ヒューマン・アフェクトーム・プロジェクト(The Human Affectome Project)」の一環である。このプロジェクトは、人間にとって普遍的な感情の状態というものが存在するのか、という問いに取り組むもので、研究者間での感情や感覚の定義を一致させ、理論の認識を統一させていくことを目指している。

結論から言うと、ポジティブな感情に関する研究は学術領域間でサイロ化しており、横断的な議論が十分にされていないのが現状だ。しかし同時に、本論文では、「ポジティブな刺激や感情を抱き、それを解釈したり制御することの累積効果こそが、人々の幸福や人生における満足度、そしてウェルビーイングにつながる」と結論づけている。

「ポジティブな気持ちというのは、生活や人生を構成する物事をいかに充実させ、成功させるかということと関連している。このような充実や成功を形づくる要素とは、社会との関わり方や仕事、身体及び精神的な健康状態などである。進化論の観点からすると、ポジティブな感情には、環境へ適応し、長期生存率を上げるための身体的、精神的そして社会的能力や知性を形成するという機能的な役割がある[バーバラ・フレドリクソンの拡張-形成理論(Fredrickson’s Broaden & Build theory)]」

精神的な健康状態を保ち、健全な社会を構築するというのは、私たちが直面している共通の課題だ。そう考えると、ポジティブな感情というのは、改めて注目されるべきトピックだということができる。今こそ人生を充実させ、レジリエンスを獲得するために、何が人間にとって良い体験を形づくるのかということに、目を向けるべきなのである。

ポジティブな感情とはポジティブな感情価を帯びた感情である。本論文の冒頭では、こう定義している。つまり、感情がポジティブにチャージされることで、そのような感情を喚起するのだ。そして覚醒度に幅があるものの、それらがもたらす感情には、幸福感や喜び、熱狂などがある。「ポジティブで心地よい感情というのは、それを経験している瞬間的な状態を指す。他方でポジティブな感情性とは、日常的にポジティブな感情を抱く特性を持った素質のことを指す」としている。

心理的構造とポジティブな感情

哲学や化学の分野では、ウェルビーイングの本質を探究する試みがなされている。その結果、ウェルビーイングはいくつもの構成要素にまとめられている。中でも本論文では、2014年に発表されたCOMPAS-Wと呼ばれるウェルビーイングの測定方法に触れている。シドニー大学でウェルビーイングと神経科学の研究を行うジャスティン・ガット博士が、ニューサウスウェールズ大学とスタンフォード大学の研究仲間と共に開発したこの評価方法は、ウェルビーイングが高い状態から低い状態までを、複合的な尺度で測るものだ。その尺度には、ウェルビーイングを構成するユーダイモニア(自己実現や生きがいを感じることで得られる幸せ)的な要素と、ヘドニア(感覚的な快楽)的な要素の両方が含まれている。COMPAS-Wという名前は、Composure(ストレスを受けた時の落ち着き)、Own-worth(自身の価値の自覚、自尊心)、Mastery(統御力)、Positivity(楽観性)、Achievement(達成度)、Satisfaction(満足感)の頭文字に由来している。

COMPAS-Wにおけるスコアの高さは、ポジティブな感情への注意バイアス(特定の刺激に対して敏感になり、その刺激に選択的に向けられる注意の隔たり)、優れたワーキングメモリや注意力、質の高い睡眠、食事、運動、そして職場におけるアブセンティーズム(仕事を休業している状態)の低さなどが関連している。また、ウェルビーイングのレベルが複合的に高い人は、脳波にも特徴が現れる。安静時の脳波である安静時EEGを分析すると、アルファ波とデルタ波が多く、ベータ波は少ないということがわかっている。ちなみに、アセスメントを受けた対象者のうち、ウェルビーイングが充実していると判定されたのは、わずか23%だった。

神経科学的プロセスとポジティブな感情

脳の神経作用によって生じる有機物質がポジティブな感情に対してどの程度の影響力を持っているのか、またそれがどのようなメカニズムで働いているのかについては、科学者たちはまだ共通の見解に至っていない。しかし、ドーパミンやオキシトシン、エストロゲン、テストロテンなどのホルモンに関しては、有用な発見がいくつかある。例えば、脳の報酬系に関連する神経伝達物質であるドーパミン。感情の分野において、最も研究されている神経化学物質であるが、ポジティブな感情は、このドーパミンの作用の高さが関連していることがわかっている。ただし、その関係性までは、まだ解明されていない。ポジティブな感情(快楽など)と、動機づけやモチベーションの覚醒(欲求など)は、区別するのが難しいためだ。ドーパミンが重要な役割を担う脳の報酬系は、以下の3つの要素で構成されている。

  1. 物事を「好き」だと感じる客観的もしくは主観的な反応。快楽というヘドニックな体験へ変換される。
  2. 報酬を求める動機を説明する「欲求」。
  3. 報酬に基づいた学習。

人間や動物は、ストレスにさらされるとドーパミンの働きや報酬反応が低下する。したがって、ストレスを受けた時に落ち着いていられることが、ウェルビーイング全般のために重要だということができる。

また、脳の視床下部で作られるオキシトシンは、社会性や、社会との関わりにおいて安心感をもたらす生化学的因子だ。情緒的な刺激を、社会的な要素(他者のためになることや、自分にとって良いことが他者にとってどのような意味を持つか)と関連づける。ドーパミンの量を増やしたり減らしたりすることで、好きという気持ちや、欲求、学習に影響するのだ。

また、更年期以降の女性にはエストロゲンを、年齢を重ねた男性にはテストステロンを補うことで、気分が改善され、抗うつ症状が緩和されることが報告されている。

脳内ネットワークとポジティブな感情

論文では「脳はポジティブな刺激やネガティブな刺激、そして感情を処理するが、それは感情価と覚醒度に敏感に反応する、柔軟で機敏な脳内ネットワークを通じてである。」と指摘。ポジティブな感情が高まっている状態では、課題や目標に関する情報を保持し続けることで思考や行動を導く認知制御や、感情処理に関わる脳内ネットワークがより俊敏に働き、信号の経路を変化させる神経可塑性が高まる。そしてそこには「柔軟な感情ワークスペース」と呼ばれるものが形成される。このような柔軟性を前提としてはいるものの、脳領域の中にはポジティブな感情に寄与する特定の領域がいくつか存在する。

  1. 前頭前野:ポジティブな感情価には、前頭前野の中でも左前頭部。ネガティブな感情価には右前頭部が関係していること言われている。
  2. 眼窩前頭皮質:快楽などの感情にまつわる情報を、物事の判断や意思決定、学習に関わる脳の部位に伝達する。
  3. 前帯状皮質:健全でポジティブな感情に関連し、そのような感情を促すポジティブな刺激に注意を向かわせる。
  4. 島皮質前部(AIC):感情の直感的な感じ方に影響する。例えば、ポジティブな感情や、満足感を抱いている時には時間が経つのが早く感じるが、その時には島皮質前部の右側がより活性化している。反対に、ストレスを感じたり、ネガティブな状態にある時には、左側がより活性化し、時が経つのが遅く感じられる。
  5. 扁桃体:ポジティブな刺激には左扁桃体、ネガティブな刺激には右扁桃体が反応する。
  6. デフォルト・モード・ネットワーク:ユーダイモニア的な体験やヘドニア的な体験を感情処理ネットワークに接続する。また、集中力の高い状態でタスクに取り組む際には、フロー状態に入り込む手助けをする。

ポジティブな刺激や感情の処理には、時系列の分布が見られる。例えば、同じ感情刺激でも、ポジティブな刺激は、ネガティブな刺激よりも遅れて処理される。そこには感情価や覚醒度、脳活動の領域や時系列のパターンが関連しているが、うつ病の症状はそれらの活動を妨げることが分かっている。

後編に続く


【筆者について】
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】What coaches need to know about positive emotions(2023年3月11日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています)


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