ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
クライアントの行動変容をもたらすコーチング・コンピテンシーとは
2024年08月06日
コーチング研究の新たなフロンティアは「コーチングは有効か?」から「コーチングの何が有効か?」にシフトしつつある。
コーチが感情知性と社会的知性をコーチング・セッションで体現することが有効である。
はじめに
現在、確立したコーチング・コンピテンシーのモデルが国内外のコーチ認定資格の基盤となっている。動機づけ面接(motivational interviewing)、ポジティブ心理学、マインドフルネス、感情知性、自己決定論など、すでに学術的に検証されているコンピテンシーを統合したモデルもあるが、研究の余地はまだある。どのコンピテンシーについても、コーチングにおけるクライアントの変化を測定して検証されていないからである。
リーダーシップ、組織、健康とウェルビーイングといった領域でコーチングがポジティブな結果をもたらすことを実証する科学的文献は増えているが、どのようなコーチング・コンピテンシーが効果的なのか、また最も効果的なものはどれかについては、まだどの研究者も取り上げていない。
ボヤツィスらは、『Journal of Applied Behavioral Science』に掲載された2024年の論文 「Competencies of Coaches that Predict Client Behavior Change(クライアントの行動変容が予測できるコーチのコンピテンシー)」でこの問題に取り組み始めた。
コンピテンシーとは何か?
ボヤツィスのチームはまず、「コンピテンシー」の定義を明確にした。コンピテンシーとは、業務や職務要件といった仕事の特性(一般的に業務分析[job task analysis、JTA]はコーチ認定試験の基礎となっている)を意味しているのではなく、ポジティブな結果を出せるコーチ自身の実力や潜在能力のことである。ボヤツィスが以前に提示したパフォーマンスのコンティンジェンシー理論(1982年)では、次のように論じている。
「ある人がコーチングの仕事や責任にふさわしい特性(価値観、行動スタイル、気質、コンピテンシーなど)を発揮し、それが組織の文化的・制度的状況と合致したとき、効果的なコーチングが生まれる」
他の人を支援する専門職に関する先行研究によれば、クライアントの状態の変化にとって重要なのは、支援者やコーチの行動面のスキルやコンピテンシーであって、支援やコーチングの種類や継続時間ではない。さらに、コーチの行動がクライアントのロールモデルになることも示されている。著者らは次のように述べている。
「コーチのコンピテンシー(すなわちコーチの行動)は、質問や助言をしたり、経験や視点を共有したりすることで、クライアントの考え、気持ち、行動に直接影響を及ぼす。このプロセスは、コーチがクライアントの考えや感情の中の何かに気づき、それに何らかのかたちで反応し、クライアントの支援を行うことから始まる。クライアントにいつ、どのように寄り添うのか、なぜそうするのかを決めるのが、コーチのコンピテンシーである」
コーチの気分や言語的・非言語的な行動は、クライアントとのコーチング・セッションの流れをつくる。コンピテンシーによってコーチがとり得る行動の範囲が決まり、新しい考え方をこだわりなく受け入れる雰囲気をつくりだすか、逆に守りの姿勢で新しい考えを排除してしまう状況にするかは、コーチのコンピテンシー次第なのである。
前述したように、コーチが不安げであったり、別のことに没頭していたり、ストレスがあったりすれば、クライアントはそれを察し、おそらく同じように感じたり、行動したりするだろう。コーチがオープンマインドで好奇心があり、思慮深ければ、クライアントもそれを真似し、自分の感情や行動に取り入れるだろう。
ボヤツィスらは「コンピテンシー」の定義を明確にしてから、成功につながるコーチングのコンピテンシーを特定し、次にそれらのコンピテンシーからクライアントの望ましい行動変容をどの程度予測できるかを調べた。
コーチングのコンピテンシーとは何か?
コンピテンシーを特定するために、著者らは組織における人材育成に関して4つのコーチング資格認定団体(ICF、EMCC、Association of Coaching、WBAC)が定めるコーチングのコンピテンシーをすべて精査した。これらのコンピテンシー・モデルはコーチングの専門家から幅広く集めた情報に基づいており、現役のコーチを対象にした調査によって得られた現時点の意見に照らして検証している。ボヤツィスのチームは、このアプローチを「専門家の意見」と表現している。
これらのモデルのコンピテンシーは、様々なコンピテンシー(22%)、業務(38%)、行動スタイル(27%)、価値観(15%)、知識で構成されていた。
ボヤツィスらは、補足調査として、クライアントの行動変容に影響したと考えられる他の「支援的職業」(セラピー、教育など)のコンピテンシー・モデルも調べている。
感情知性と社会的知性は、2007年にボヤツィスとゴールマンが見出した概念で、パフォーマンスを向上させる能力として広く検証されているが、これがどちらの調査でも重要なコンピテンシーとして浮上した。
感情知性は自己認識と自己管理に区分でき、社会的知性には社会認識と関係性管理が含まれる。以下に論文から引用した表1を示す。
表1. 感情知性・社会的知性のコンピテンシー (ボヤツィス・ゴールマン 2007.)
感情知性のコンピテンシー
- 「自己認識」クラスタは、自分の内的状態、嗜好、資質を知ることに関係している。
- 感情の自己認識:自分の感情とその影響を認識する。
- 「自己管理」クラスタは、自分の内的状態、衝動、資質を管理するものである。
- 感情の自制:激しい感情や衝動を抑える。
- 適応力:変化に対応する柔軟性。
- 達成志向:向上しようと努力する、または卓越した基準を満たそうとする。
- 前向きな展望:物ごとや未来の明るい面を見る。
社会的知性のコンピテンシー
- 「社会認識」クラスタは、人間関係にどう対処し、他者の感情、ニーズ、不安をどのように認識するかに関係している。
- 共感:他者の感情や視点を感じとり、関心を持つ。
- 組織認識:集団における感情的なネットワークや力によるネットワークを読みとる。
- 「関係性管理」クラスタは、他者から望ましい反応を引き出す術やその巧みさに関係している。
- コーチとメンター:他者の能力開発のニーズを察知し、彼らの能力を伸ばす。
- インスピレーショナル・リーダーシップ:個人やグループを鼓舞し、導く。
- 影響力:効果的な戦術を駆使して人を説得する。
- コンフリクト管理:交渉して意見の違いを解決する。
- チームワーク:共通の目標に向かって他者と協力する。集団の目標を達成するためにグループ内に相乗効果を生み出す。
4つのコーチ資格認定団体による主な感情知性コンピテンシーは、感情面の自己認識、達成志向、感情の自制、適応力、前向きな展望だった。主な社会的知性のコンピテンシーは、共感、インスピレーショナル・リーダーシップ、影響力、組織認識だった。達成志向と共感は、最もよく使用されているコンピテンシーだった。一部のコンピテンシーは、好奇心、パターン認識、体系的思考などの一般的な知力に関連していた。
ボヤツィスらによる調査
ボヤツィスらは次に、コーチの感情知性・社会的知性がクライアントの行動変容に及ぼす影響について、ある医科大学の2か所のキャンパスの医学生を対象に検証した。この大学では、ストレスや燃え尽き症候群に対する耐性や患者のニーズに対する共感力を高めるため、医学生の感情的・社会的認識を育てる新しいカリキュラムを導入しており、各医学生に4年間、2人のコーチ(基本的には医師)が付くことになっていた。
調査では、コーチの感情知性・社会的知性を360度ピアレビューによって評価した。ボヤツィスらは、同僚による「行動評価」は自己評価よりもはるかに正確かつ高い信頼性でコンピテンシーや行動を測定できるとしている。
医学生の感情知性・社会的知性についても、感情的・社会的コンピテンス・インベントリー(Emotional and Social Competence Inventory:ESCI)を用い、360度方式で評価し、カリキュラム1年目の初期の評価をベースラインとして1回、2年後にもう1回評価した。クライアントの行動変容は、ベースラインと2年後の評価のESCIスコアの差とした。自己評価ではなく他者(ピア)評価だけを用いた。
要約すると、研究者らはコーチと学生の240組をサンプルとして、コーチの感情知性または社会的知性の各要素がクライアントの行動変容にどの程度影響するかを評価した。また、コーチと学生の135組のサブセットで、コーチの知力(好奇心、体系的思考、パターン認識など)から行動変容が予測できるかどうかも評価した。
調査結果
行動変容に結びつかなかったコンピテンシー
- まず、コーチの一般的な知力からはクライアントの行動変容が予測できないことが分かった。
- 意外にも、感情知性のもうひとつのカテゴリーであるコーチの自己認識もクライアントの変化には関係していなかった。おそらく自己認識はより内面的なプロセスであって、コーチングという状況ではクライアントはそれを観察できないためだろう。
- 興味深いことに、インスピレーショナル・リーダーシップのような関係性管理の要素は、幹部医師を対象にした過去の調査では予測的価値を示したが、今回はそれが認められなかった。これはおそらく、まだ医学教育の途上にある医学生と経験を積んだ幹部医師とではニーズが異なるためと考えられる。
行動変容に結びついたコンピテンシー
- 感情知性のコンピテンシーのうち、クライアントの行動変容に最も効果的だったのは自己管理に関わるものだった。
- コーチの達成志向(計画を立て、目標を設定し、優先順位をつける能力)による効果が圧倒的に大きかった。医学部という環境では競合する多くの要求に優先順位をつける必要があり、そのためにこのコンピテンシーがとりわけ効果的だったと思われる。
- 自己管理に関係する他のコンピテンシーとしては、影響は比較的小さいものの、適応力(例:必要に応じてコーチングの戦術を変える能力)と感情の自制(例:コーチング中は自分の感情的ニーズではなくクライアントのニーズに集中する能力)があげられる。
- 社会的知性のコンピテンシーのうち、社会認識に関係するもの(すなわち共感と組織認識)は、いずれも変化を予測させるものだった。
- 関係性管理に関連するコンピテンシーのひとつである影響力は変化に結びついていた。
- コンフリクト管理も、コーチの知力評価を行ったサブセットの調査においてクライアントの行動変容に関係することが分かった。
- また、コーチとメンター、影響力、チームワークなどの関係性管理のコンピテンシーについても、クライアントの行動に有意に近い差異が認められた。
コーチの達成志向(achievement orientation:AO)が強力な影響を及ぼすことについて、著者らは次のように述べている。
「コーチが自分の達成志向を発揮すると......クライアントはまさに、限られた時間とリソースの中で目指す結果を得るために最も効果的かつ効率的なルートを決めることができるようになる。コーチが自ら達成志向を用いることでクライアントに目的を思い出させ、仕事を片付けることだけではないことを分からせる。こうしてクライアントは、努力を惜しまず、さらに良い結果を出したいと思うようになる」
全体としては、コーチが感情知性と社会的知性を体現すると、クライアントに行動変容が認められた。クライアントは、コーチング・セッションの中でコーチが実際に望ましい行動を実践しているのを見ると、その後同じような行動をとる傾向がある。
ボヤツィスらの調査は医学生を対象に行われたものであり、そのまま一般化して他のクライアント集団に適用できないかもしれないが、コーチのコンピテンシーがあってエビデンスとしてクライアントの行動変容が発現することを示した最初のものである。
コーチング・コンピテンシーのエビデンス基盤を構築していけば、コーチのトレーニングや資格認定取得などの活動にとって有益な情報が得られ、時間とリソースの節約につながる。このアプローチをコーチング全体に関連づけるためには、より多くのコーチ、他のクライアント集団、他の人種や民族を対象とした調査が必要になるだろう。また、様々な種類のコーチングにおいてその有用性を検討する必要もある。
コーチのための学び
- コーチの感情知性コンピテンシーのうち、クライアントの行動変容に最も関連していたのは、コーチの自己管理、達成志向、適応力、感情の自制に関係するコンピテンシーだった。
- コーチの社会的知性コンピテンシーのうち、クライアントの行動変容に最も関連していたのは、共感、組織認識、影響力、コンフリクト管理だった。
- コーチは、感情知性・社会的知性のコンピテンシーに基づいた行動を体現することで、クライアントの望ましい行動変容を促すことができる。
「一人ひとりが他者の手本として生きなければならない。」
ー ローザ・パークス
Citation:
Boyatzis, R., Liu, H., Smith, A., Zwygart, K., & Quinn, J. (2024). Competencies of coaches that predict client behavior change. The Journal of Applied Behavioral Science, 60(1), 19-49.
【筆者について】
キンバリー・マッギー(Kimberly McGhee)氏は、研究成果を幅広い読者層にわかりやすく伝えることに情熱を注ぐサイエンスライター。ニューヨーク州立大学バッファロー校で比較文学博士課程を修了、臨床医学専門誌や医療雑誌の編集長を経て、現在はサウスカロライナ医科大学でサイエンスライターとして活動するとともに、同大学院サイエンス・コミュニケーション・イニシアチブのディレクターを務める。
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Coaching competencies: What works(2024年4月14日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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