コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
なぜ「あの人は変わらない」と思っているのか?
2017年11月23日
私は、仕事上、コーチングの内容やコーチングを通じたクライアントの変化について、お客様や友人に紹介することがあります。お客様とは、組織の変革を進めていくことについてディスカッションすることもあり、その際には「変革の起点となるようなリーダーは誰か」、「彼らにコーチをつけてどのような変革を目指していくか」といったことが話題になります。そんなとき、よく耳にするのが、「でも、あの人は変わらない」という一言です。確かに、コーチングは万能ではありません。クライアントに望む変化がほとんど起こらないこともあります。しかし「でも、あの人は変わらない」という言葉の後ろには、その人が「変わるはずがない」と思い込みが潜んでいるように思えます。果たして、本当にそうなのでしょうか。
変化の認識をさまたげるメカニズム
コーチングにおいて大切なことの一つに、クライアントを観察し、「今、現在の」クライアントと向き合う、ということがあります。
人は他人に対して、過去の発言や行動に対する印象から「彼はこういう人だ」、「彼女はこういうことはしない」といった「レッテル」を貼ることがあります。また、その人の属性に対してレッテルを貼る「ステレオタイプ」を持つこともあります。こうしたレッテルやステレオタイプには、他人について推測し、より素早く判断することができるという利点があります。一方で、「今」のその人自身をニュートラルに観察することを妨げるため、その人の未来の行動を憶測し、制限するという弊害もあります。また、その人それぞれの個性や違いを、認識しにくくします。
私たちが「あの人は変わらない」と思うとき、過去の経験のレッテルやステレオタイプが影響していないでしょうか。その人の「今」をきちんと見ることができているのでしょうか。果たして、昨日の「あの人」と今日の「あの人」は同じなのでしょうか。
ハーバード大学教育学大学院のロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒーの著書『なぜ人と組織は変われないのか』によると、かつて、脳の発達は、肉体の発達と同じように20歳代でほぼ止まると考えられていました。しかし、現在は、脳は生涯を通じて成長し続けることがわかっているといいます。人には、この脳の成長に適応を続けていく能力が備わっており、人はいくつになっても変化していくことが明らかになっています。
一方で、私たちは、未来の変化の可能性を認知しない傾向があることもわかっています。ハーバード大学のコイドバック博士らは、「私たちはなぜ、将来、後悔するようなことを若い時にするのか」という観点から、自分自身に対する変化の認知について調べました。その結果、私たちは、過去に起きた自分自身の変化は変化として認識できるものの、未来にも変化が起き続ける可能性があることについては認識していないことがわかったそうです。実際には、人の特性や個性、価値観は、生涯、変化し続けることが明らかになっています。ところが、私たちは、現在の自分は過去から変化しながらたどり着いた完成形だと思い込み、これから先の未来に向けて、自分はもう変わらないと信じ込んでいるそうです。
あの人の「今」と向き合う
さまざまな研究から明らかになっているのは、昨日の「あの人」と今日の「あの人」は同じではない、ということです。レッテルやステレオタイプ、思い込みによって、その人の個性を捉えられず、その人の変化をも見過ごしてはいないでしょうか。その人の「今」をニュートラルに観察し、「今」のその人と向き合うことで、その人の未来の可能性が見えてきます。
私は、冒頭の「でも、あの人は変わらない」という言葉を聞いたときは、「なぜそう思うのか」「あなたから見えている『あの人』は本当に変わらない人なのか」「これから組織で起こそうとしている変化の中で『あの人』の変化はどれくらい必要なのか」といったことを問いかけ、あらためて「あの人」について考える機会をつくるようにしています。
「あの人は変わらない」という思い込みで、あなたはその人の可能性を見逃していないでしょうか。
【参考文献】
『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)
ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー(著)、池村千秋(訳)
Jordi Quoidbach, Daniel T. Gilbert, Timothy D. Wilson, 4 JANUARY 2013, "The End of History Illusion", Science Volume 339
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