コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
相手の行動が大きく変わる、あなたの小さな一言
コピーしました コピーに失敗しました私が社会人2年目に入ったときの経験です。当時は関東地方の自治体に勤めていました。
毎年4月になると、年度始めにあわせて、組織の統合や組織名称の変更などが行われる部署があり、その年は次のような発表がありました。
<部署名称変更のお知らせ>
(旧)スポーツ推進部
(新)スポーツプロモーション部
これは、日本語を母国語としない私にとって、とても不思議なお知らせでした。「推進」と「Promotion」は同じ意味だと理解していたからです。なぜそこにこだわり、「推進」をあえて「プロモーション」に変更する必要があったのでしょうか。
理由を尋ねてみると、部長からは、
「都市のブランド戦略の刷新に伴い、次の10年に向け、新しい戦略の考え方を反映した名称にしたい」という答えが返ってきました。つまり、「推進」という言葉と「プロモーション」という言葉から得られるイメージが違うと考え、部署名を変更したのです。一つの言葉を変えるだけで、相手に連想させるイメージや与える影響が変わることを強く印象付けられた体験でした。
患者の懸念を解消する質問、しない質問
コーチングセッションの中で、リーダーからこのようなお話を聞くことがあります。
- 部下が色々なことを共有してくれていたら、大きなトラブルを避けられたのに。
- 何回問いかけても、新しい提案やアイディアが全く出てこない。
そんな時、リーダーはどんな言葉で、部下と接しているのでしょうか。自分の言葉を変えることにより、部下に違う行動を促すことはできるのでしょうか。
アメリカのある病院で「未解決の懸念(Unmet Concerns)」をどう減らすことができるかについて、実験を行いました。
「未解決の懸念」とは、「問診表に症状として書いたにもかかわらず、診察中に患者が提示しなかったものや話題にしなかったもの、医師が解決しなかったもの」と定義されています。「未解決の懸念」をもったまま患者が病院から帰ると、患者の気がかりになったり、小さな症状が重なることで、大きな病気になったりすることもあり得ます。そのため、「未解決の懸念」を減らすことは医師にとっても患者にとっても価値があることなのです。
実験の中では、医師を2つのグループに分けて、患者の診察を行いました。主訴の診断に関しては、両グループの医師に同じような関わり方をしてもらい、主訴の診断が終わった後に、各グループの医師に、それぞれ次の質問を患者にすることを指示しました。
グループ①の医師
Is there anything else you want to address in the visit today?(他に話したいことは、何か無いですか?)
グループ②の医師
Is there something else you want to address in the visit today?(他に話したいことは、どんなことがありますか?)
その結果、グループ②では78%の患者が「未解決な懸念」を解消することができたのに対し、グループ①では、医師が質問したにもかかわらず、何も質問しない場合と「未解決の懸念」の解消率が全く変わりませんでした。
「any」と「some」を置き換えるだけで、このような大きな差があったのです。英語の場合、「any」は否定文で、「some」は肯定文で使われることが多い言葉です。そのため、「some」の質問で聞かれたときは、より多くの患者が「はい」と答えたのです。その後、医師とその場で気になる症状について話したことにより、「未解決の懸念」を解消できたことが明らかになりました。
もし違う言葉を選ぶとしたらどんな言葉に置き換えたいか?
この実験結果を組織に照らし合わせた場合、どんなことが言えるのでしょうか。あなたの部下にも「未解決な懸念」があるのではないでしょうか。
本当は話題にしたいけれど、話題にしていないこと。課題と認識しているけれど、解決されないままのこと。その状態が続くと、さらに大きな問題に繋がる可能性もありえるかと思います。そんなときには、自分の選ぶ言葉を変えることにより、部下の「未解決な懸念」を解消し、大きなトラブルを避けたり、新しい提案を引き出すことができることができるかもしれません。あなたの言葉によって、部下に違う行動を促すことができるのではないでしょうか。
私のクライアントのAさんは、実際に、自分の言葉を変えることにより、相手に新しい影響を与えた経験をしました。
Aさんは約200人の組織を束ねる品質管理の責任者です。品質向上に向けて、週に1回、チームで作戦会議を行っています。Aさんは会議の場で、部下から新しい提案やアイディアを引き出すことを目指していました。しかし、会議中、後ろ向きの発言や、問題点しか出てこないことがAさんにとって大きな課題になっていました。
部下にどんな問いかけをしているのか、Aさんに聞いてみると、
「みんなはどんな課題があると思う?」という質問が多いと振り返りました。
そこで私は、「もしAさんの使っている言葉に、部下に後ろ向きの発言を促している原因があるとしたら、どんなことがありそうでしょうか。」と聞いてみました。
「自分が課題について聞いてるから課題しか出てこないのかな。」とAさん。
そこで、「もし違う言葉を選ぶとしたら、『課題』をどんな言葉に置き換えたいですか?」と尋ねると、「みんなはどんな『可能性』があると思う?」と聞いてみたいと話しました。
次の週にかけて、Aさんは作戦会議の中で部下に、「どんな可能性があると思う?」と問いかけたそうです。その結果、今まで以上に作戦会議の場が活性化し、新しいアイディアが次から次へ出てきたという体験をされました。
言葉を一つ変えるだけで、相手の行動を変えることできます。あなたが使っている一言一言は、あなたが部下に与えたい影響を反映しているでしょうか。部下の行動を促しているでしょうか。
あなたはリーダーとしてどんな言葉を選んでいきたいですか?
Heritage, J., et al. 2007, Reducing Patients' Unmet Concerns in Primary Care: the Difference One Word Can Make, Journal of General Internal Medicine, 22(10), 1429-1433.
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