コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
人は教えないほうが成長する
2018年06月19日
質問です。
受験を控えた日本人中学生に家庭教師がつき、数学、英語、歴史の三教科を指導することになりました。日本人生徒に日本人の家庭教師がつくというのはよくある話ですが、今回登場する家庭教師は、日本人でなく中国人。日本語による意思疎通はできますが、その先生は、日本の中学教育を受けたことがありません。
さて、その中国人の先生による指導の下、中学生の成績がもっとも上がった教科は下記のどれでしょうか。
A 数学
B 英語
C 歴史
まず、日本史をまったく学んでいない中国人が日本人生徒に歴史を教えられるとは考えにくいため、「C 歴史」を除外される方が多いでしょう。
また、母国語ではない英語を教えることも考えにくいため、「B 英語」より「A 数学」の可能性が高いと考える方も多いでしょう。
しかし、このケースの答えは「C 歴史」です。
* * *
ここに登場する「中国人の家庭教師」とは、私のこと。これは、実際に私が体験した話です。
中国人の先生の指導で、もっとも伸びた教科は?
日本の大学に留学していた私が、お小遣い稼ぎで家庭教師のアルバイトを始め、中学2年生のA君に数学の指導をすることになりました。
A君の努力と、彼に合わせた指導方法がうまくかみ合ったのか、A君の数学の成績は少しずつ上がり、テストで中学入学以来の自己最高得点を更新。A君のご両親もご満悦で、数学に加えて、英語も指導することになりました。数学の成功体験をもとに、彼の特徴に合わせたオリジナル英語勉強法を考案。そのうち英語の成績も着実に上がっていきました。
A君のご両親からの私への信頼はますます高まり、やがて、歴史の指導もしてほしいと依頼を受けたのです。
中国人である私は日本史を学んだことはありません。冷静に考えれば、「日本史」という教科にまったく触れたことのない私が日本史を指導できるわけがなく、本来は断るべき依頼だったろうと思います。しかし、数学と英語の成功体験で自信が過度にふくらみ、理性を失っていたのだと思います。深く考えずに歴史の指導を引き受けることを決めました。
やがて悲劇が訪れます。
「聖徳太子って、だれ?」
A君の歴史教科書を開いた途端、今まで目にしたことも、耳にしたこともない「聖徳太子」「織田信長」といった人物の名前や、「参勤交代」「日米修好通商条約」といったキーワードが目に飛び込んできて、頭が真っ白になりました。
A君は数学や英語の時と変わらず、
「先生、『本能寺の変』って何ですか?」
と、わからないことを率直に聞き、私から完璧な答えが返ってくることを期待しています。
家庭教師史上、未曾有の危機に直面しました。
彼の質問に答えられないまま時間だけが過ぎ、背筋は凍りつきました。最後はその場しのぎで、
「この質問の答え、自分で調べてみて。逆に先生に教えてよ」
と彼にリクエストをしました。
幸い、彼は私の「無知」に気づくことなく、たまたま家にあった歴史漫画から答えを探し始めました。約30分後には、かつてない嬉しそうな表情で、「先生、あった! つまりこういうことですよね。・・・・・・」と、見事に答えを自力で見つけました。
以降、同じような「その場しのぎの指導」が続き、そのうち、歴史指導だけは「A君が先生の私に教える時間」という暗黙のルールが二人の間にできました。
私が答えを知らないことにA君が気づいていたかどうかはわかりませんが、この一見変わった指導方法に対して、彼は非常にポジティブな反応をしてしてくれました。歴史の時間はいつも以上に生き生きし、数学と英語の指導時間にも、「先生、まだ歴史やらないの?」とまで言うようになりました。
彼の両親からも、「今まで週末の時間はアニメを見たり、サッカーをしたりすることが多かったが、今は歴史の漫画を読み漁っている」と聞くようになりました。
A君は、今までさほど好きではなかった歴史の勉強に没頭し始めたのです!
歴史の時間は毎回、主体的に学び、楽しそうに私に教えてくれました。私が質問したことに答えられなかった時は悔しい顔をし、次の指導の時は必ず完璧に調べておいてくれました。宿題を出す必要もなくなりました。当然ながら、歴史の成績も「疾きこと風の如く」の勢いで上がっていきました。
この経験から、私は「人は教えない方が成長する」ということに気づきました。
ビジネスの世界でも、教えない方が人は伸びる
今はプロのコーチとして、各業界で活躍している経験豊富なリーダーの方たちをコーチングしています。
業界経験、管理経験、人生経験、どれにおいても私の及ばない方がほとんどで、私から彼らに教えられることは何一つもないと心から思っています。まさに、野球をやったことがない素人が、プロ野球選手のコーチになったような感覚です。
その中で、家庭教師の経験が生きています。目の前のクライアントに何かを教えるのではなく、いかに彼らが喜んで私の先生になってくれるかを考え、さまざまな質問をしていきます。
たとえば、
- 厳しいビジネス環境の中であなたのチームだけが成功できた理由は何ですか?
- 会社にとって、理想的な風土は何ですか?
- この仕事を20年も続けられたあなたの原動力は何ですか?
- 他社には絶対に真似できない御社の強みはなんでしょうか?
など。
クライアントが時間を忘れてしまうぐらい楽しそうに私に話すほど、セッションの満足度が高い傾向も見られました。話して満足するという意味ではありません。A君と同じように、すぐに答えられないときにはじっくり考え、自ら見つけた答えから新たな視点を得るなど、自分でどんどん前に進んでいかれるのです。
相手が喜んで考えたくなる質問を投げかけることができれば、その道については素人であっても、プロを成長させることができるとますます確信するようになりました。
「プロ部下」をもつ「素人上司」へ
「年上の部下のマネジメントに苦労しています」
「スペシャリストばかりの子会社に派遣され、自分より業務に詳しい方ばかりで、まったく価値を出せていません」
クライアントから、上記のような声を耳にすることがあります。
もしかしたら、読者のみなさんの中にも、年上のベテランのマネジメントや、スペシャリスト集団のマネジメントに難しさを感じている方がいらっしゃるかもしれません。もしそうであれば、「人の先生になるには、知識が豊富でなければいけない」という枠を外してみるのはどうでしょうか。
どのような質問を投げかけると、彼/彼女は、喜んで自分の専門領域について教えてくれると思いますか。
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