コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
その正体を見つめれば
2018年10月09日
「片桐さんは本当にコーチングが好きなんですね。前の会社に戻ることは考えていないんですか?」
私は、1年半前にコーチ・エィを退職しました。その後に就いた職を退職することに決め、転職活動をしていた際に、とある企業の採用担当者が私に伝えた言葉です。
これまでの経歴について話す場面で、「コーチングを知って人との関わり方が大きく変わった」「コーチ・エィで働いて私はすごく成長した」、と熱っぽく語る私の姿を見て、彼女が素直に抱いた感想だったのでしょう。
転職を決めてから、自分ではあらゆる可能性を考えたつもりでした。ただ、コーチ・エィに戻るという選択肢は、自分の中にはありませんでした。もちろん、そういう選択肢があることは認識していました。しかし「いやいや戻るなんてありえない」と、自分が実際にとる選択肢からは自動的に除いていました。
「それは絶対ありません」と私は本心で答えました。
しかし、その夜、お風呂に入っていても、布団に入ってからも、
面接での彼女とのやりとりがやたらと頭に浮かぶのです。
「ありえない」
「ありえない」
「ありえない」
はじめのうちは、頭の中で否定する自分を確認することが続きました。
ところが、次第に、
「なんでありえないんだろう?」
とその理由を考えるようになりました。
ありえない理由はなんだろう?
そこには何があるんだろう?
翌日、少し時間をとって、私はこのことを突き詰めて考えてみることにしました。
考えた結果わかったことは、私がコーチ・エィに戻らないと考えていたのは、
「一度辞めた会社にどんな顔をして戻ったらいい?」
「あの人にどういう説明をするのか?」といった、
そこにいわゆる「面子」の問題があるということでした。
逆に言うと、その他には大きな理由は見あたらなかったのです。
それがわかった瞬間、私はもう一度コーチ・エィの門を叩いてみることを決めたのです。
直感的な判断が盲点を作り出す
最終的に私がとった選択肢、つまりコーチ・エィに戻ることを、はじめは自動的に排除していました。それは、私の中で何が起こっていたからなのでしょうか。
EQ(Emotional Intelligence)の提唱者として知られるダニエル・ゴールマン(Daniel Goleman)氏によると、人の意思決定には、大脳基底核という部位によって行われるものと、大脳皮質という部位によって行われるものの2種類があるそうです。
大脳基底核には、私たちの経験がしまわれており、過去の経験をもとに、これは正しい、これは間違っているということを判断します。いわゆる「直感」と呼ばれる判断です。興味深いのは、この大脳基底核はあまりに原始的な器官なので、言語を司る大脳皮質とは全くつながっておらず、どういう材料をもとに何をどう判断しているか、言葉として自分では知りえないということです。
一方で、大脳基底核は脳の情動中枢や内臓とは密接につながっていて、「気持ち」という形で私たちに伝達してくるという特徴があります。(英語のgut feelingとはよく言ったものです。)
これは私の想像ですが、意思決定において、あらゆる選択肢を網羅的に考えることは、脳にとってとてもエネルギーがかかります。そのため、過去の経験に照らし、自分に不都合そうなものはあらかじめ考える対象からバッサリ除いてしまう。そして本当に考えるべきところにエネルギーを集中させる。こうして私たちの脳は効率的に日々の意思決定をしているのでしょう。
このような直感、多くの場合は正しいのかもしれません。
そうでなければ、私たちは生き残って来られなかったでしょうから。
しかし私の体験からも、「直感」はときには私たちの行動の選択肢を必要以上にせばめることもあるように思います。
私の場合、元いた会社に戻ることを考えると「なんとなく嫌な感じ」が起こりました。「直感」が働いたのでしょう。それが何かを言葉にして吟味することなく、「No」と判断し自動的に選択肢から外していたのです。
直感的な判断による弊害
直感の働きが意図せず私たちの行動の選択肢をせばめてしまう現象は、どういう場面で起こりやすいでしょうか?
私の経験上は、エゴやプライドが侵されそうな場面、あるいは、恐怖、不安が関わってくる場面で起こりやすいと感じています。
- いつもの自分の柄にはあわない新しい行動を試みる
- 手をあげて人前で話す
- パーティーで知らない人と話す
などの場面です。
原始的な身の危険を予感させるからでしょうか。
やるやらないを頭で合理的に判断しているというより、身体が自動的に判断(反応)して、避けていることが多いように思います。
頭ではわかっているけど、気が進まないのでやらないというのは、まだ弊害が少ないと言えます。自分で選んでやっているわけですから、場合によっては選び直すことができます。
気をつけたいのは、身体が自動的にその選択肢を外していて、そして、外していることすら自分で気づかないケースです。冒頭の私のケースはこちらでした。この場合、まずその事実に気づかないと、選びなおすという可能性が閉ざされてしまいます。
選択肢を広げるために
自動的に避けている選択肢は盲点になりやすく、一人では気づきにくいものです。
どうすればそのことに気がつけるのでしょうか。
私の場合、第三者の存在がいました。
冒頭にご紹介したとある企業の採用担当者が、私の話を聞いて感じたこと、疑問に思ったことを率直に伝えてくれたのです。その言葉がきっかけで、私は自動的に外している選択肢の存在に気づき、その選択肢を再び「考える」という俎上に載せることができました。
そして、自分の判断を疑いなおすこと。
「これを避ける本当の理由は何?」
それは、そこにある漠然とした気持ち、感情の正体をつきとめるべく、じっと目を細めて見つめるイメージです。
私の場合、この自動的に避ける現象を知ってから、行動の選択肢が広がった気がします。
なんとなく避けている人
なんとなく避けている仕事
なんとなく避けている状況
その正体を見つめれば、多くの場合、自分のエゴやプライドを守るため、あるいは、一時の恐怖や不安を逃れるための自動的な反応だったりします。
そしてその事実さえ頭が理解できれば、選択をし直すことができます。
あなたが自動的に避けているものは何ですか?
その正体を見つめれば、そこには何が見えますか?
参考資料
「サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法」(英治出版)
チャディー・メン・タン (著)、ダニエル・ゴールマン(序文)、柴田裕之(翻訳)
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