コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
「聞く」、その些細な行動が持つ大きな力
2018年10月30日
私たちコーチは、クライアントとのコーチング・セッションが何回か進むと、クライアント自身とその周囲の変化について尋ねることがよくあります。前進することに没頭していると、私たちは、小さな変化に気づきにくくなる傾向があります。しかし、この小さな変化にこそ、大きな変化をもたらす力が秘められています。
あるコーチング・セッションの中で、私はクライアントのOさんにセッションが始まってから今までの変化について尋ねてみました。するとOさんは、職場の雰囲気が前向きになったことに加えて、家族との関係の変化についてこう切り出しました。
「うちのお袋の話なんですが、父親が60歳で他界して、お袋がすごく落ち込んだ時期があったんです。自分も死にたいと思った時期もあったようです。私たち家族は、『まだ家族がいるじゃない』とか、『元気を出しなよ』とか、励ましの言葉ばかりかけていました。
最近になって自分は、コーチングを学んでいる影響なのか、以前とは違う言葉をお袋にかけるようになったんです。
『大変だったんだね』と受け止めたり、
『あの時はどんな思いだったの?』と話を聞いてあげるようになりました。」
これを聞いた私は、コーチングを始めてから4か月のOさんの変化に驚きました。
同時に、電話越しで目頭が熱くなるのを感じました。Oさんのこの言動がお母様にとってどれだけ力になったか、痛いほどわかったからです。
Oさんはさらに話を続けました。
「お袋の話ってなかなか聞くことがないじゃないですか。色々話を聞いてあげると彼女は『やっぱりお話しするっていいね』と言うんです。
今、お袋は近所に住んでいて、孫たちともよく会って話をしています。そのせいなのか、少しずつ元気になりましたね。」
話を聞いてもらうことは、私たちが思っている以上に力になります。
話す時に脳で起きていること
米ハーバード大学心理学部のジェーソン・ミッチェル(Jason Mitchell)教授とダイアナ・タミル(Diana Tamir)助教授は、fMRI(磁気共鳴機能画像法)を用いた研究をもとに、2012年に米科学アカデミー紀要に以下のような結果を発表しました。
「自分の感情や考えなどを他者に伝える『自己開示』によって、脳内三つの部分が活性化される。一つは意欲と関係している内側前頭前皮質、あと二つは快楽物質ドーパミンに関連する側坐核と腹側被蓋野(VTA)。意外にも、食べ物やお金、セックスなどで得られる満足感や快感と関係している部分と一致した。」
さらに、「他の人について思考を巡らすのではなく、自分自身の信念や選択肢などについて話す際に、脳がもっとも強く反応する」とのことです。
また、「話を聞いてもらっている方が、聞いてもらっていないより、活動度は高かった」という結果も出ています。
説教をする人は、「あなたのためだよ」とよく言います。しかし、残念ながら説教をしている本人のほうが、相手よりはるかに快感を感じていることを、脳科学が明らかにしました。
一方で、話を無視された時に味わう精神的な苦痛を、肉体的な痛みにたとえると「麻酔を使わない分娩」や「がんの治療」に匹敵するという心理学の調査結果もあります。
脳の研究までしなくても、「話を聞いてもらったら、元気になった」という実体験は、誰もが持つものでしょう。話すことは、それによって精神的な快感を得ることができ、意欲が高まるのと同時に、思考の重要なプロセスでもあります。
私たちの脳は、話すスピードの100倍とか200倍のスピードで回転していると言われています。話さないと、自分が何を考えているのか、自分でもよくつかめないことがあります。つまり、話してみて初めて、自分が何を考えていたのかに気がつくことが多いようなのです。
「話す」ことは、これだけ話し手にとって力になるとわかれば、誰かを元気づけたい時や、意欲を高めたい時は、その人にたくさん話してもらうことが有効でしょう。
そのためには、私たちは良い聞き手に回ることが必要です。良い聞き手になることは、私たちが思っている以上に、相手に良い影響を与えます。
良い聞き手になるための第一歩
では、良い聞き手になるとは、どういうことでしょう?
聞き手は話し手本人ではないので、話し手と全く同じように感じることはできません。必ずしも話し手が話す内容の全てに賛同する必要はないのです。むしろ、「聞く」ことは、相手が感じている事実を受け止め、なぜその思いに至ったのかという理由を理解し、それに「共感」するプロセスとも言えるのでしょう。
ここに良い聞き手になるためのポイントをいくつかご紹介します。
「聞いているよ」という合図を出す
相槌でもいいですし、目線を合わせることも効果的です。時々、相手が発したキーワードを繰り返してみるのも良い合図です。「それで?どうなったの?」と話を促したり、「それって辛いね」と共感してみたり、相手のペースに合わせて伴走するイメージです。
白黒の判断をつけない
「それは違うと思うな」とか「話が下手だな」とか、そういった評価や判断が邪魔をすると、話を聞けなくなることが多いようです。良い聞き手になるためには、まず自分の判断基準を一旦脇に置く必要があります。
自分に問いかけながら聞く
人は、自分が聞きたいことしか聞いていないという特徴があります。そうならないためには、まず、相手から何を聞きたいのかを、自分の中で明確にします。
例えば、
- この人は何を表現しようとしてるのだろうか。
- 今どんな気持ちだろうか
- どんな状況に置かれているんだろうか
- 何に喜びを感じて何に苦しみを感じるんだろうか
- この人が知っていて私が知らないことは何だろうか
他にもたくさんあるのですが、相手を理解するための問いかけで頭の中をいっぱいにすると、不思議なことに集中して話を聞けるのです。そうすると、まだまだ知らない相手の一面が見えてきて、面白いものです。
ぜひ、試してみてください。周りが、きっと、変わります。
参考資料
Diana I. Tamir1 and Jason P. Mitchell, 2012, Disclosing information about the self is intrinsically rewarding, Department of Psychology, Harvard University
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