コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
対話は想定の外に生まれる
2023年05月16日
今回は私が社内研修で参加したワークショップの体験から学んだことを共有します。
想定内のコミュニケ―ション
そのワークショップは、組織変革やコミュニケーションに関する問いを間において、参加者同士が対話しながら自分のコミュニケーションを振り返っていくという内容でした。
私はプログラムの中で多くの同僚と1対1で対話を重ね、自分のコミュニケーションについてさまざまな気づきを得ていました。
中盤、二人組で対話をしているときに、相手がふと口にした言葉にハッとさせられました。
「ここでの対話って、おおよそこういうことを話すという想定があって、それに沿って話せば、なんとなく時間をやり過ごすことはできるよね」
自分を振り返れば、プログラムに真剣に取り組んでいて、決してやり過ごそうという意図を持っていたわけではありません。提示される問いについてしっかりと考え、本音で対話をし、実際そこからいくつもの気づきを得ていました。ただ、それでも、どこか上滑りしたような、物足りなさを薄々感じていたのも事実です。
たとえば、「これからあなたのコミュニケーションをどう変えていきますか?」という問い。真剣に考えて答えはするものの、明日からもとくに変わらないだろうなという予感がどこか共有されているような感覚。
「コラボレーションの障害になるものは何ですか?」という問い。それぞれの答えは違い、それぞれが本音の思いを話してはいるものの、そういうこともあるよねと最初からわかっていることをなぞって確認するような感覚。
想定された役割を演じて、「お互いに想定外のことは起こさないようにしよう」と暗黙のうちに相手と握りあっている、それまでの対話にはそんな感覚がありました。
同僚の一言は、私がうっすら感じていたことを、確かなものとして自覚させてくれる言葉でした。
反射的な反応をやめてみる
それ以降、問いを投げかけられた瞬間に、半ば反射的に頭に浮かぶ回答をいったん飲み込み、問いをよく味わい、自分の中に起きることをもっとよく観察するようにしてみました。そうして、その場を取り繕うかわりに、心の中で起きていることをそのまま言葉にするようにしました。
「いや、正直言って自分の中で答えが見つからない感じですね」
「この問いを受けてこんな気持ちになっています」
「関係ないかもしれませんが、こんな体験を思い出しました」
私の姿勢の変化は、対話する相手にも影響します。多くの場合は相手も同じような姿勢へと変化し、対話はより、問いが想定していることを離れるようなやり取りへと変化しました。
「それって〇〇さんのどんなところから来るんだろう?」
「今頭の中では何が起きていますか?」
「今の言葉をきいてこんな絵が浮かんできた」
それがすぐさま気づきや学びにつながったわけではありませんが、少なくとも、その時間は生身のその人がそこにいることがより強く感じられ、お互いの発する言葉に、より興味がわいてくるような時間でした。
想定の外にあるもの
これはワークショップという特殊な環境で起こった出来事でしたが、想定内でやり過ごす会話は、普段の会議や1on1、コーチングセッションでも起こりがちなことかもしれません。
想定内にとどまることは、私たちにとってやはり心地よいのだと思います。想定内にいる限り、何が起こるかをある程度は予測できます。大きな失敗をしたり、不安に駆られたりすることも少ないでしょう。しかし一方で、想定内にい続けることで失われるものもあるように思います。
思い返すと、私が違う視点から物事を見ることができるようになったり、相手との関係が変わったり、行動が変わったりしたのは、多くが自分の想定外の体験をしたときでした。それはときに、失敗だったり、緊張や不安、ショック、怒りといった感情を伴う体験でした。しかし、そのような感情を味わう機会があったからこそ、その裏返しとして、ワクワク感や楽しさ、感動、ともに生きているという実感も、より強く感じる機会になったように思います。
想定を離れたやりとりは、気まずいこともあるかもしれません。行き着く先がわからず不安にもなります。つい想定内でやり過ごす誘惑にかられますが、それでも、少し勇気を出して、想定から離れた対話をしてみることには大きな価値がありそうです。そもそも、対話が一人ひとり違う個人の主観を持ち込むやりとりであるならば、想定から離れることは本当の意味での対話の始まりなのかもしれません。
対話は想定の外に生まれる、私はそう考えています。
(日本コーチ協会発行のメールマガジン『JCAコーチングニュース』より、許可を得て転載)
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