コーチが、日々のコーチングの体験や、周囲の人との関わりを通じて学んだことや感じたことについて綴ったコラムです。
「あなたとは話したくありません」
コピーしました コピーに失敗しました先日、衝撃的な出来事がありました。
急ぎで対応しなければならない仕事が生じ、夜遅い時間でしたが、若手メンバーのAさんに「翌朝10時にミーティングをしたい」とメールを送りました。
ところが、夜が明けてもAさんからの返信はなく、10時のミーティングにも現れませんでした。電話をしてもつながりません。
しばらくすると、チャットで「今からオフィスに移動します」というメッセージが届きました。 それを読んだ瞬間、頭に血がのぼりました。
「こっちは電話したのに、チャットで返信してくるとは何事だ。俺は先輩だぞ。それに、そもそもなんでミーティングの前に連絡してこないんだ」
指導する必要を感じた私は、Aさんにこう返信しました。
「結構怒っています。ポイントは後ほど伝えます」
するとAさんからは、こんなチャットが返ってきました。
「時間外に急な仕事の連絡をしておいて、怒るのもどうかと思います。今日は立入さんと話したくありません。私の態度は問題があると思うので、どなたに報告いただいても構いません」
私はますます衝撃を受け、怒りで手が震えました。
「なぜAさんにはわからないんだ。Aさんの態度に問題があるのに、まるで私が悪いみたいではないか」
いろんな思いが巡るものの、私にはAさんをプロジェクトから外す権限がありません。プロジェクトを前進させるためには、Aさんとの協力関係は必要不可欠です。はらわたが煮えくり返りつつも「ここでAさんとの関係を壊すわけにはいかない」、そう思いました。
問題は今起きていることではないかもしれない
とはいえ、自分ではどうしてよいかわかりません。そこで、信頼する上司や同僚、部下にこのことを相談しました。すると、部下のBさんから次のようなフィードバックが返ってきたのです。
「今回のAさんの反応は、これまでの立入さんとAさんとの関わりの積み重ねの結果ではないでしょうか」
Bさんからのフィードバックに、また頭と心が揺さぶられます。しかしBさんのこの言葉は、怒りで熱くなっていた私の頭を冷やしてくれました。
「もしかしたら自分が変わる必要があるのかもしれない」
そんな風に言い聞かせて、自分の振る舞いを振り返りました。
見えていなかった世界
振り返ってみて、見えてきたことがあります。それは私が部下育成に対して持っている考え方です。
「経験が浅くわからないことが多い後輩は、年齢も高く経験の豊富な先輩の指導に従うのが正しい在り方である」
そう思っている私は、この考え方に基づいて部下に関わってきました。実際にその指導法が功を奏することも多く、同僚から「立入はよく後輩の面倒を見ている」「厳しいことを伝えられる立入はよくやっている」と声をかけてもらうこともありました。Aさんに対しても同じように接し、うまくいっていると思ってきました。
しかし、今回の出来事からすると、実際にはどうもうまくいっていなかったと言えそうです。Aさんの反応、それからBさんからのフィードバックをもらって、自分の世界の見方は固定化され、さらに一方的だったことに気づきました。私は、Aさんが何を考えているか、どのように感じているかを知ろうともしてこなかったのです。
翌日、Aさんにこれまでの振る舞いについて謝り、これからも協力してほしいと伝えました。
するとそれ以来、これまで気づかなかったAさんの仕事ぶりが目に入ってくるようになりました。これまでは「指導しなければ」という意識が先に立ち、彼がどのように仕事に取り組んでいるかすら意識できていなかったのかもしれません。
Aさんとの体験は、自分自身のマネジメントについて立ち止まって考えるきっかけとなりました。もっと早く気づいていれば、Aさんを追い込むこともなかっただろうと思います。
マネージャーとしてコーチでいること
Googleでは、よいマネージャーの要件に「コーチである」ことを挙げています。今回の出来事は、マネージャーとして「コーチであるとはどういうことか」を考える機会になりました。
ICFのコーチのコア・コンピテンシー2 「コーチングマインドを体現している」の定義には、こう書かれています。
「開放的で好奇心を持ち、柔軟性があり、クライアントを中心に据えた思考態度を開発し、維持している」
若手の社員に対して厳しいことを言う必要があるのも、決して間違いだとは思いません。ただ、これまでの私は、自分の考えるマネージャーの在り方に執着し、硬直的になり、自分が指導する立場だと思った相手に対して、一方的な関わりを押し付けていたと思います。
以前読んだコラムの中に書かれていた、あるビジネスリーダーの言葉を思い出します。
「軸を持つことは大事だけれども、常に『自分の経験(成功体験)は、それほどのものなのか?』と問うことが大事だと思います」
このことを思い出させてくれたAさん、フィードバックをくれたBさんには感謝しています。
さて、みなさんはどうでしょうか。
知らず知らずのうちに、部下に求めている「当然」はありますか?
あるとしたら、それはどんなことでしょうか?
マネージャーとして、部下へのかかわり方を見直したのはいつでしょうか?
部下の良きコーチでいるために自身の何を変えますか?
(日本コーチ協会発行のメールマガジン『JCAコーチングニュース』より、許可を得て転載)
この記事を周りの方へシェアしませんか?
【参考資料】
鈴木義幸執筆 Coach’s VIEW『成功体験を超えてリーダーが学び続けるために』 2021年10月20日、Hello, Coaching!
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。