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成功体験を超えてリーダーが学び続けるために
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先日、弊社のオンラインフォーラムに三菱UFJフィナンシャルグループ会長の三毛兼承さんをお招きし、対談をしました。対談のタイトルは『エグゼクティブが学び続けるうえでの要諦』です。
三毛さんとは、ここ数年おつきあいをさせていただいていますが、日本を代表するメガバンクのリーダーであるにもかかわらず、いつお目にかかっても気さくな方です。そして、いつも驚かされるのが、「学び」に対してとても真摯でいらっしゃることです。三毛さんより10歳ぐらい年下の私の話にもしっかりと耳を傾けてくださるのですが、相手が誰であっても三毛さんの態度は変わることがありません。
そんな三毛さんに、今回の対談でどうしても聞いてみたいことがありました。
「ビリーフ」をもつことの意味
人は誰でも、「ビリーフ」をもっています。信念というよりも、自分なりの枠組みや思い込みというほうが近いかもしれません。「こういう時はこうするとよい」とか「こうするのはよくない」といった、物事を決めたり、進めたりする際の自分なりの「地図」です。ビリーフは成功や失敗の経験の積み重ねによって構築されます。
そして、ビリーフをもつことには、メリットとデメリットがあります。そのメリットは、「ビリーフ」という一つの「地図」があるので、すばやく判断ができるということ。
一方で、そのデメリットは、ビリーフを守る方向に心が動いてしまいやすいことです。物事がうまく進まないときは、自分のビリーフと判断に問題があるとは考えない。それは「正しい」という前提で、「周り」に責があると思ってしまう。
ビリーフは、誰でももっているものですが、とくにエグゼクティブと呼ばれる人たちは、多くの成功体験をもって組織の階段を「上」に上がってきた人ですから、強いビリーフをもちやすい傾向にあります。
日々、スピードをもって大きな決断をしなければならないエグゼクティブにとって、ビリーフは重要な役割を果たしますが、一方で、自分の「正解」にこだわりすぎると、チャンスを逃してしまう可能性がある。このジレンマをどう乗り越えるのか。
それを三毛さんにお聞きしてみました。
謙虚であるかを自分に問う
三毛さんは、JPモルガン銀行のかつてのCEOのことを話してくださいました。そのCEOの名前は、デニス・ウェザーストーン(Dennis Weatherstone)氏。
ウェザーストーン氏は南アフリカの出身で、14歳の時に簿記係としてロンドン支店に入社しました。そして、JPモルガン銀行が "The bank of the banks(銀行の中の銀行)"と言われた80年代に、トレーダー、ディーラーとして活躍し、CEOに上り詰めた人だそうです。
三毛さんは、ウェザーストーン氏の経歴から、とてもアグレッシブで野心に満ちた人物像をイメージしました。ところがある時、彼が次のように発言するのを聞いてとても驚いたそうです。
「バンカーにとって大事なのは、信用力、ユーモア、そして、何よりも謙虚さです。」
三毛さんは、この「謙虚さ」に、先ほどのビリーフのジレンマを超えていく鍵があるとおっしゃって、次のように続けました。
「(判断の)軸を持つことは大事だけれども、常に『自分の経験(成功体験)は、それほどのものなのか?』と問うことが大事だと思います。」
三毛さんは、さらに将棋の例を出されました。
「将棋は、日本に入って来て約1000年。さらに今のようなスタイルになってからは、500~600年経ちます。将棋盤はたったの9×9マスしかありません。とても小さなスペースです。にもかかわらず、これだけの時間をかけても、未だにすべての手が経験し尽くされているわけではありません。定跡を超えた手法が、時に生まれる。そのことを考えると、自分の中に少し謙虚な思いが芽生えます。『果たして自分は経営において十分な経験をしたのか?』と。ウェザーストーン氏が言っていたのは、そういうことではないかと思うのです」
謙虚さは学習を促進させる
ジャック・メジローという成人学習の専門家は、学習には2種類あると言います。「形成的学習」と「変容的学習」の2つです。
形成的学習というのは、知識を獲得する類の学習です。一方、変容的学習というのは、物の捉え方や見方を新しく獲得していく学習です。メジローは「大人は過去に囚われやすいので、変容的学習が起きにくい」と言います。
つまり、成功体験を積み重ね、ビリーフが強くなると、新しい見方を手にするという変容的学習が起きにくく、結果、形成的学習もとても偏ったものになり兼ねないということでしょう。たとえば、本をたくさん読んで学習しているつもりになっているものの、自分の信念をバックアップし、補強してくれるような本ばかり選んでいるといったこともあるかもしれません。
謙虚さを保つことによって、変容的学習が進み、形成的学習の幅が広がる。三毛さんやウェザーストーン氏が言っているのは、そういうことではないかと思います。
私自身、振り返ると学習が止まっていた時期があります。20年近くエグゼクティブコーチとしての経験を重ね、当時は「かなりやれる」と思っていました。知らぬ間に、徐々に徐々に訪れた感覚です。気がつけば、読書の量も減り、識者の講演や勉強会に参加する機会もいつの間にか減っていました。
この学習の停滞から抜け出せたのは、当時、三菱UFJ銀行の頭取でいらした三毛さんとの出会いです。三毛さんの誰からでも学ぶという姿勢に感銘を受け、自分自身ももっと成長し、レベルアップする必要があると思いました。
三毛さんは、私が見る限り、とても自信に溢れた方です。私自身が三毛さんから私が学んでいるのは、自信とは「これだけ知っている」というところから生まれるものではなく、「自分はまだまだ知らないことがたくさんある。だからいつでも必要なことは周りから教えてもらう。そうすれば何にでも対応することができる」という、自分の無知に向き合う姿勢から生まれるものだということです。
「学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる。」
~アルベルト・アインシュタイン~
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