Easterliesは、日本語で『偏東風(へんとうふう)』。「風」は、外を歩けばおのずと吹いているものですが、私たちが自ら動き出したときにも、その場に「新しい風」を起こすことができます。私たちはこのタイトルに、「東から風を起こす」という想いを込め、経営やリーダーシップ、マネジメントに関する海外の文献を引用し、3分程度で読めるインサイトをお届けします。
全体「象」を見る:Perspective Coordination Skillのちから
2024年05月01日
The Blind Men and the Elephant(群盲象を評す)
古代インドの寓話「The Blind Men and the Elephant」をご存じでしょうか。ある村の6人の盲人が、「象」を前にしています。彼らは象を知らないだけでなく、目が見えないため、目の前の動物がどういう姿をしているか全くわかりません。
彼らは手を伸ばし、それぞれが異なる部分に触れて、感想を語り合います。一人は象の腹を触り、確信を持って言いました。
「これは壁のようだ。強くて頑丈だから」
もう一人は鼻を触ると、異議を唱えます。
「いや、これは長くてくねくね動く蛇ではないか」
彼らは自らの感覚、経験したものが正しいと信じ、目の前にした物体がどんな姿をしたものかに合意できず、対立が生じます。
この寓話は、人は、その人固有の経験や感覚に基づいて「現実」を創り出していることを教えてくれます。個々人の主観的な経験は、その人にとって真実です。しかしそれは、「事実」ではないかもしれません(※1)。
私たちがこの寓話から学べるものとは何でしょうか。今回は、私たちの視点(パースペクティブ)について考えます。
Section 1: パーソナライズされる世界
2023年12月のEasterliesで「知的多様性」と「知的対立」という概念を扱った。その中で、社会学者 石田光規氏の次の言葉を紹介した。
「日本では、みんなが自らの思いと異なる意見を耳にしても、『人それぞれだから』と、意見を言うことを避けている──。」
この言葉からは、現在の日本社会における多様性が、異なる意見や価値観に関わることを避ける状況を生んでいることがうかがえる。今を生きる私たちはもしかすると、関係に「踏み込む」ことを敬遠しているのかもしれない(※2)。
こうした傾向は、私たちが日常的に利用するオンラインサービスなどによって強化されている可能性も指摘される。作家のEli Pariser氏は、私たちは自分の興味や信念に基づいて、より馴染みやすい情報のみを受け取る傾向があると訴える。例えば、Amazonの購買履歴に基づいた商品のレコメンドやSNSのフィード、ニュースアプリのカスタマイズされた記事。こうしたオンラインサービスはパーソナライズされ、個々人に合わせた情報を提供してくれる。こうしてパーソナライズされた情報に日々触れ続けることで、「フィルターバブル」(※3)と呼ばれる現象が生じる。
フィルターバブルとは、ユーザーの関心や好みに合わせて情報が選別され、異なる視点や意見に触れる機会が制限される現象である。これにより他者の異なる視点や考え方に触れる機会が減少し、自己の世界に閉じこもる傾向が強くなることが懸念されている。
目の前の事象を、各々の閉じられた世界の中で受け取り、自らにとっての「現実」を創り出し、そして他者の世界と交わることが乏しいのだとしたら。
インドの寓話で語られることは、すでに私たちの日常で起きているのかもしれない(※4)。
Section 2: 社会の問題は複雑化している
しかし、現代の世界はVUCAと言われて久しく、ますます複雑化している。価値観の異なる多くのステークホルダーが存在し、何が問題なのかが明確でなく、前例のないことが起こっている(※5)。
私たちの日常、組織での課題も、同様に複雑である。誰の視点で課題を設定するのか、誰のための解決策を求めるのか、どう進めるのか。これら一つひとつにわかりやすい正解はない。関わる人々の経験や解釈が、課題の設定にさえ絡んでくる。こうした状況で、私たちは最適あるいは良いと思う結論を共に導かなければならないのだ。
そのようなときに、自分にパーソナライズされた情報源から情報を得て、考え、判断するだけでは、問題をさらに大きくし、ひいては関係を破綻させてしまう可能性さえある。これらの問題に立ち向かうためには、一人ひとりの世界を交流させること、そして出された情報を統合し、新たな答えを導き出す必要があるのではないだろうか。
Section 3: Perspective Coordinationというスキルの価値
情報を統合し、新たな答えを導き出すとは、どういうことなのか。一人のリーダーとして、私たちに必要なのはどういう能力だろうか。
「Empathy(エンパシー)」という概念がある。高いEmpathyを示す人とは、「相手の行動や振る舞いの背景にある文脈を理解できる人」を指す(※6)。 Section2で触れた状況においては、このような概念が極めて重要になってくる。
では、Empathyを発揮するためにはどのようなスキルが必要なのか。
この問いに対するヒントとなる知見がある。カート・フィッシャーの「ダイナミックスキル理論」をベースにした測定サービスを展開するLecticaの創設者テオ・ドーソンが提唱するPerspective(視点)に関するスキルだ(※7)。彼女はこのスキルを、VUCAな世界において必要不可欠な力の一つだという。
彼女はPerspectiveに関して、3つのスキルを提案している。Perspective Seeking Skill(視点探求スキル)、Perspective Taking Skill(視点取得スキル)、そしてそれらをコーディネートする Perspective Coordination Skill(視点調整スキル)だ。
Perspective Seeking Skill(視点探求スキル)とは、自ら情報やアイディアを求めるスキル、Perspective Taking Skill(視点取得スキル)は、他者の視点や状況をより良く理解するために、自分自身をその人の立場に置いて想像するスキルを指す。
冒頭のインドの寓話になぞらえると、「視点探求」とは象に触れた一人ひとりが、他の人がどう思ったかを知ろうとすることであり、「視点取得」はその情報から、相手の視点を想像することにあたるだろう。
寓話では、互いの真実をぶつけ合った結果、村人たちは対立したとされるが、この話には実は続きがある(諸説あり)。彼らは、自分たちが同じ「象」の、別の部分を触っていたのだと気づくのだ。
ここで発揮されるスキルが、Perspective Coordination Skill(視点調整スキル)である。
これは、他者の視点を知ろうとし、他者の立場から考えるだけではなく、そこから共にアイディアを生み出していくスキルだ。相互の視点を尊重し、創造性を育み、心を広げ、アイディアを生み出し発展させ、対立を活用し、健全な関係をサポートするためのダイナミックなスキルセットである。
パーソナライズされた世界に留まって周囲を見るのではなく、他者と交わり、情報を統合する。ドーソン氏がいうように、Perspective Seeking Skill(視点探求スキル)とPerspective Taking Skill(視点取得スキル)に加え、Perspective Coordination Skill(視点調整スキル)こそが、今求められている姿勢とスキルなのではないだろうか。
- あなたの考え方が最後に大きくアップデートされたのはいつですか?
- 誰と共に新たなアイディアを生み出していきたいですか?
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【参考文献】
※1 Taylor, P., “The Cloud, The Elephant and The Blind Men”, Forbes, 2014.
※2 イノベーションを生む「知的多様性」と「知的対立」の力、 Hello,Coaching!、Easterlies、2023年12月13日
※3 Nguyen, Tien, Hui, Pik-Mai, Harper, Franklin, Terveen, Loren, Konstan, Joseph. “Exploring the filter bubble: The effect of using recommender systems on content diversity.” WWW 2014 - Proceedings of the 23rd International Conference on World Wide Web. April 2014. 677-686. doi: 10.1145/2566486.2568012.
※4 Williams E. F., Lieberman A., Amir O. “Perspective neglect: Inadequate perspective taking limits coordination.” Judgment and Decision Making. July 2021. doi: 10.1017/S1930297500008020.
※5 Rittel, Horst W. J., Webber, Melvin M. “Dilemmas in a General Theory of Planning.” Policy Sciences. 1973. Vol. 4, No. 2 pp. 155-169. Springer.
※6 急激な時代の変化における、「Empathy (感情を理解する力)」の重要性、Hello,Coaching!、Easterlies、2021年8月15日
※7 Dawson,Theo. "VUCA unpacked (2)—Collaborative capacity." Medium. Dec 1, 2020.
Dawson,Theo. "VUCA unpacked (3)—Perspective coordination." Medium. Dec 13, 2020.
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