医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


独立行政法人地域医療機能推進機構九州病院 看護部長 永野美智代氏 インタビュー

看護部変化の礎「3分間コーチ」がもたらす組織の成長

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

看護部変化の礎「3分間コーチ」がもたらす組織の成長
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JCHO九州病院は、看護部の組織変革の実現に向けて体験型ワークショップ「3分間コーチ」を活用しました。ワークショップ後、看護部を起点に院内の他部門にも対話が広がりつつあります。プロジェクトオーナーの永野看護部長が「3分間コーチ」を通じて対話に何を見出したのか、そして、リーダーとして何を意識し取り組まれたのかについてお話をうかがいました。

「3分間コーチ」とは?

「3分間コーチ」は、3分間のコミュニケーションを通じてコミュニケーションそのものの理解や解釈に変化を起こす体験型ワークショップです。単に理解するだけで終わるのではなく、「体験」を通して参加者の変容的学習を促します。

本記事は2023年9月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 永野美智代氏

「3分間コーチ」導入のきっかけ

 どのようなきっかけで「3分間コーチ」を導入されたのですか?

永野 新型コロナウイルスの流行で、それまで当たり前だった人と会って話す機会が減り、部署内のコミュニケーションや人間関係について改めて考えるようになりました。同時に「相手が変わるのを待つだけではなく、自ら変わろう、相手のことを知ろう」という意識を看護管理者が持つこと、そしてそれをみんなで考える必要性も感じました。

そんな中、スタッフからコーチ・エィという会社があることを教えてもらい、『3分間コーチ』の書籍を手に取りました。「すごく大事なことが書いてある」と思ってコーチ・エィに問い合わせたところ、書籍名と同じ「3分間コーチ」という名前のワークショップがあることを知りました。

「3分間コーチ」の内容を聞き、今の看護部に必要だと考え、2023年3月に看護部の師長以上から看護部長までを対象として「3分間コーチ」ワークショップを実施しました。

 「3分間コーチ」ワークショップにどのような可能性を感じたのでしょうか?

永野 日々の3分間の対話によってコミュニケーションが活性化すれば、職場の心理的安全性が高まり、働きやすい職場になるだろうと考えました。

看護部が目指しているのは、看護の質の保証と向上、そして働きやすい職場環境です。看護管理とは大きく人材育成、経営参画の2つから成りますが、中でも人は最大の資源=宝です。人を大切に育てることで、九州病院の教育のビジョンである「看護を考え、実践できる看護師の育成」につなげることができます。そのためにも職場の活性化、働きやすい職場づくり、コミュニケーションの活性化が必要で、3分間の対話がそれを可能にすると思ったのです。

「3分間コーチ」ワークショップを実施することで、院内に「3分間の対話」を増やそうと思いました。

 当初は、周囲の目には先進的な取り組みとして映ったのではないでしょうか?

永野 費用も掛かる一大イベントなので、自分一人では決断することができませんでした。病院長と事務部長をはじめ、多くの方の後押しがあって決意することができました。

特に、この取り組みを一緒に進めてくれたのが、看護部の師長を中心とした管理者(コア・メンバー)です。私にとって大きかったのは、コア・メンバーが非常に協力的で前向きであったことです。ただ「3分間コーチ」ワークショップに参加するメンバーは、コア・メンバーだけではありません。コア・メンバーとともに、参加者全員が前向きな姿勢で当日を迎えるということを目指して対話を重ねました。

提供: 永野美智代氏

実施に向けた参加者への働きかけ

 周囲との合意形成やセットアップをどのように進めましたか?

永野 「これが本当にみんながやりたいことなのか」ということについては、時間をかけて検討をしました。まずは自分が「3分間コーチ」を体験しないと、人には伝えられないし、わかってもらえないと考え、コア・メンバーと一緒に「3分間コーチ」体験型説明会に参加しました。

説明会の中で、「3分間の対話」を実際に体験するパートがあります。そこで体験した感想や思いについて、説明会に一緒に参加したコア・メンバーと話す機会を何度も持ちました。こうして、半年間かけてゆっくり丁寧に合意を進めていきました。

他の参加者にも、コア・メンバーの体験を伝えて、それについてやりとりしたり、『3分間コーチ』の書籍を紹介するなど、参加者のモチベーションを上げるために、コア・メンバーと一緒に声掛けをしていきました。

 声掛けのときに何を一番意識していましたか?

永野 一貫して意識していたのは、「私がやりたいからやる」という印象を与えないようにすることです。私の独断で進めることもできたかもしれませんが、それではみんなは楽しくなかったでしょう。一方的に伝えるだけでは自分事になりにくいものです。だからこそ、一人ひとりの思いを聞いて、言語化してもらうことを大事にしました。

「職員満足度向上のために、管理者として何ができるのか?」「スタッフの想いを知ることはなぜ大事なことなのか?」「自分のコミュニケーションの特徴は何か?」等、問いに対して考え、言葉にしてもらいました。

長期的には必ず成果が期待できると信じていましたが、短期的にはすぐ成果が現れないとも思っていたので、取り組むには勇気が必要でした。でも、振り返ってみると、導入前の過程自体が、この取り組みを継続するための体制づくりにつながっていたように思います。一人ではできない事も、みんなで力を合わせれば大丈夫と信じて、コア・メンバーとともにみんなで頑張りました。

 覚悟をもって、大切なメッセージを発信し続けたのですね

永野 コーチ・エィの医療チームの方々のご支援もありました。一緒に検討する中で、おそらく、医療チームの方々からコーチングもしてもらっていたのだと思います。

「3分間コーチ」導入によって起きた看護部の変化

 「3分間コーチ」導入後、看護部内にどのような変化が起こりましたか?/関係の質はどのように変化しましたか?

永野 「3分間コーチ」ワークショップを実施して以降、毎朝の看護師長ミーティングがとにかくにぎやかになりました。重要事項やベッドコントロールについて話していても、みんなとても明るくなり、笑顔で話をしていることに驚いています。「こんなことで困っているんです」といったことも、嬉しそうに話してくれるんです。

提供: 永野美智代氏

実は、ワークショップ参加当時、参加者のうちの3人は副看護師長で、4月から看護師長に昇任することになっていました。この3人がセミナーに参加できた意義は大きかったと思います。

4月に3人が初めて師長として参加した看護師長ミーティングでは、ワークショップの中で参加者全員と躊躇なく話せたこともあって、最初からチームに溶け込み、自然と周囲の看護師長たちと話せていました。今でもその新任看護師長たちはとても明るく、お互いに相談しあいながらやっています。

また、一般に副看護師長からすると、看護部長や副看護部長、看護師長へは声をかけにくいようなイメージがあるものです。しかし「3分間コーチ」ワークショップで、今まで話す機会がなかった立場の人とも2、3人組で何回も対話したことで、「ちょっと怖いイメージがあったけど話しても大丈夫なんだ」「話してみると近くに感じられた」「人って話してみないとわからない」など、関係性の変化がありました。

 ワークショップで体験した何が「関係性の変化」につながったのだと思いますか?

永野 ワークショップでは、「かっこいいことを言わなくてよい」ことや「人それぞれ価値観が違うので、意見が対立してもそれは前向きな対立である」ことを、体験的に学びました。そのことによって、職場でも自由に意見が言えるようになりました。人によって意見が違うことは当然だということを理解すれば、対立があったとしても歩み寄りが生まれてきます。

そういった職場の変化を見ていると、私自身とても嬉しくなり、自然と笑顔になります。管理職がそういう表情だと、現場のスタッフも笑顔になります。スタッフも嬉しいと感じてくれているからではないでしょうか。

永野さんのリーダーとしての成長

 一連の取り組みを通して、永野さんご自身はリーダーとしてどのような変化があったと思いますか?

永野 私自身のマインドの変化として、以下のようなものがあります。

  • 思いきって声をかけてみよう
  • 最初は話が進まないかしれないけれど、それでもいい
  • 学んだことをコミュニケーションに活かして看護部全体で学びを継続しよう
    • 声かけ:「調子はどう?」笑顔で積極的に話しかける
    • 勇気づけ:「○○さんのおかげで助かった!ありがとう!」の言葉
    • 相手を知る:相手の話を聴く(否定せず、最後まで聴く)
    • 承認する:相手のことを認める

座学だけではこうしたマインドやコミュニケーションの変化は起こりにくいので、体験から学習できたことの意味は大きいです。

 他職種の職場長とも対話の機会を意図的に作っていると伺いました。なぜやってみようと思われたのでしょうか?

永野 「3分間コーチ」の説明会以外に、コーチ・エィが主催する他のイベントに参加する中で、「経営チームは議論することが大切」という話があり、本当にその通りだと思いました。昔から管理職同士のコミュニケーションは必要だと思っていましたが、なかなか声をかけることができていませんでした。相手のことを知るために辛抱強く最後まで聴くことや、いろんな部門が対話していく必要があるという考えを持てたことが、私自身のリーダーとしての変化であり成長したことです。

ですから、対話の機会を意図的に作っています。「多職種管理者との対話を増やし、情報共有することで、多職種間の連携をさらに増す」ことを目的とし、日々の困りごとや共通の話題、協力してほしいこと等を月2回のペースで話しています。

その会では、ワークショップでの体験・学びを活かして、多職種で対話をする時間を意図的に作っています。

永野看護部長からのメッセージ

 この記事を読んでくださっている読者の方へメッセージをお願いします。

永野 コロナ禍によって、我々医療従事者のみならず世界中の人々が様々な影響を受けました。医療現場でも危機的な状況を経験しました。「もうやっていけない」という叫びもありました。でも、なぜ医療従事者が新型コロナウイルスに立ち向かえたのかというと、多くの励ましのメッセージをいただいたり、私たちに誰かを守りたいという思いがあったこと、そして、人と人とのつながりや仲間がいたからではないかと思います。職員同士で対話ができ安心して働けるようになるために、看護師である私たち自身も安心して看護提供できるような環境をこれからも築いていけたらいいなと思います。

永野様の取り組まれた3分間コーチの詳細はこちらから



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