ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
新時代のリーダーをコーチする
2017年12月22日
皆さんのコーチングのクライアントに、将来有望なミレニアル世代のリーダーに対して不満を持つベビーブーム世代はいるだろうか。逆に、指示・監督型の上司に苦戦しているミレニアル世代(1980年代から2000年代初頭生まれ)や、X世代(1960年代初頭または半ばから1970年代に生まれた世代)のリーダーをコーチした経験があるだろうか。私の経験では、若いリーダーと年配のリーダー間の緊張は、話題に事欠かない。だが、このことをただ純粋に「ジェネレーションギャップ」として片づけてしまうのは、単純にとらえすぎではないか、と思うのだ。実際、私は今週だけで、X世代とミレニアル世代を1人ずつコーチした。2人の年齢差はたった5歳であるのに、それぞれが、お互いについての不満を私に言ってきたのである。
最初はこんな感じだった。ミレニアル世代のピーターが、X世代の上司であるメアリーについて、こんな風に話していた。「ジェフ(筆者)、メアリーは堅すぎるんだ。ウェルネス委員会を起ち上げてもいいかどうか、最高人事責任者に直接手紙を書いたら、僕にいらいらしちゃってさ。」 続いて、年下の部下、ピーターに対するメアリーの反論はこうだ。「ピーターは本当にきわどいことをしすぎるの。私を飛ばして、直接最高幹部に問題提起することについては彼に注意したのに。彼のクリエイティブなエネルギーを応援しないわけではないのだけど、慣例には従わないと。それに、私は状況を把握していなければならないのよ!」
さて、誰が正しいのだろうか?(これを考える時、皆さんはコーチとしての自分の思い込みに気をつけよう。)
変化するリーダーシップ
アメリカに限らず世界の実業界全般にわたって、リーダーシップの状況は変化している。そして、上記のエピソードが示すように、年齢は必ずしもその根本的な問題であるとは限らない。それよりももっと大きなことが起きているのだ。私がコーチを務める組織のいたる所で、ヒエラルキーが崩れ、組織図がよりフラットになったり、完全に不要なものとなったりしている。昨今、好業績をおさめているチームに顕著に表れる特徴は、ネットワーク化が進んでいること、情報が共有されていること、そして協同してリーダーシップをとっていることとされている。ベビーブーム世代、X世代、そしてミレニアル世代に属するそれぞれが、新しい、進化しているリーダーシップをつくり出しているのだ。
今日、私たちは、「一極集中時代」と名づけられる時代に生きている。それは、年齢層ごとの役割が曖昧になり、例えば、ミレニアル世代がベビーブーム世代を管理することが珍しくない時代である。また、タイムゾーンや地理的な距離、部門の違いによって共働が阻害されることがなく、コミュニケーションが携帯メール、Eメール、ビデオを通じて、いつでも、誰とでも、近い距離でやりとりできる時代のことだ。その手近さは、ポケットに入っているスマートフォンと同じぐらいだ。
これまでのようなリーダー、または、リーダーシップ論の学者たちが「英雄型」リーダーと呼ぶ(例えば、白馬に乗った騎士のような)、カリスマ性があり、命令型で、「アルファ型」の人物には、もはや経営幹部へのチケットは保証されていない。昨今私は、専門性を持ち、合意形成を得意とし、人の話をじっくり聴いてリードする、内向的な「ベータ型」のリーダーをコーチする機会も多いのだ。しかし、組織がより多様化し、フラットになっても、人々はまだ誰かにリードしてもらいたがっている。私が取り組みたい課題はこれである。成功のための公式が絶えず変わり続けている時代、私たちはリーダーたちが有能になるためにどのようにコーチしたらいいのだろうか?
成長の鍵はアジリティの開発
それに対する私の答えはこうである。リーダーシップを身につけさせるコーチングは、1つの型やスタイルをマスターさせるというよりも、アジリティ(機敏性)を開発するものであると考えることだ。それは、私の同僚、スーザン・デイビッドが最近執筆した『エモーショナル・アジリティ(Emotional Agility)』の中で見事に提示されている。エモーショナル・アジリティは、ダニエル・ゴールマンやリチャード・ボヤツィスなどによる有名な、「心の知能(Emotional Intelligence)」の枠組み(例えば自己認識、社会認識、自己管理および関係管理)の実践的な応用である。リーダーシップ・アジリティもまた、鍵となる能力の形成から始まる。これを踏まえ、私は6つの「開発領域」に基づいた、アジリティの枠組みを開発した。これは、過去20年以上にわたり、何百人ものリーダーをコーチしてきた経験の中で、折に触れ扱ってきたものである。
以下に示すF-I-E-R-C-Eモデルのそれぞれの領域は、左から右にアルファからベータの分布を示しており、リーダーが自分自身を評価したり、また他者からのフィードバックを受けることができるようにな尺度になっている。
領域 | アルファ | ⇔ | ベータ |
---|---|---|---|
Flexible(柔軟) スタイル |
命令的、高圧的 | ⇔ | 合意、探究的 |
Intentional(意図的) コミュニケーション |
分析的、データに基づく | ⇔ | 強い願望、ストーリー性がある |
Emotional (感情が豊か) アジリティ |
打ち解けない、自制している | ⇔ | 共感的、表情が豊か |
Real(現実的) 本物 |
ストイック、保守的、 閉鎖的 | ⇔ | オープン、傷つきやすい、謙虚 |
Collaborative(協調的) 威圧的/協力的 |
委託する、アドバイスする | ⇔ | 力を与える、コーチングする |
Engaged(参加型) エネルギー |
組織化されている、生産性重視 | ⇔ | 流動的、独創的、バランスがとれたエネルギー |
私のクライアントに関して言えば、上に記した領域の分布に沿って自分自身を評価し、他者から自分はどう見られているかについてフィードバックを受けることは、彼らのリーダーシップにおける以下の3つの側面について自身を振り返るのに役立っている。
- アイデンティティ:自分自身をリーダーとしてどう見ているか?英雄型/アルファ型の特徴に共鳴しているのか、ポスト英雄型/ベータ型の特徴に共鳴しているのか、それともその中間か?
- 強み:人をリードするのにどのアプローチが自然だろうか?どのような癖があるのか?どんなやり方がうまくいくか?
- 機会:どのように成長する可能性があるか?新たに取り入れる行動は何だろうか?アルファ、またはベータのどちらの方向が成長を促すだろうか?
フィードバックが機能する
これは実際、どのように機能するのだろうか。先述のピーターとメアリーの例を見てみよう。メアリーは厳格に訓練され、科学者になるべく教育を受けた人だ。強い意志を持った、アルファ型リーダーであり、30代半ばにして、薬学的研究の分野で既に統括責任者の地位にのぼりつめた人だ。ストイックで時には独断的で、規律を守り、ルールに従うことが正しいと信じている。
メアリーは、先のリーダーシップ・アジリティ―に基づいたフィードバックを受け取り、一匹狼で直感的なタイプの人は、彼女のような命令型できっちりしたタイプにいらいらするということを理解できるようになった。彼らを最大限に活かすには、職場が、より流動的で枠にはまらず、時には無秩序であることも受け入れたり、そういう環境を作ろうとさえしなければならないのである。彼女は、コントロールをゆるめたり、彼らの独創性を養ったり、彼女の部下たちから天才を輩出したりすることに専念している。
一方、前途有望で、リスクを冒すのも厭わない、ミレニアル世代の部下、ピーターは、ものごとに猛突進するタイプであり、外向的でせっかちだ。とても独創的で、人にコントロールされたり、規律に従うことにいら立つ。彼のチームの後輩は時折、彼の下で働くことに戸惑いを感じる。それは、彼がわずかな指示しか出さない、変な時間帯で働く、そしてEメールでの会話は夜であろうと週末であろうと構わないと思っているからだ。
アルファ型人格とベータ型リーダシップスタイルのミックス、という独特なタイプのピーターは、上で述べたアジリティ―の評価におけるフィードバックを受け、彼の上司や、チームメンバーの何人かに対しては、自分がもっと物事を整理し、一貫性を持ち、境界線を尊重しなければならないことに気づいたのだった。彼の課題は、自分自身の独創性を尊重しつつ、同時に、メアリーのチームではメンターとして、ロールモデルとして、よきメンバーの一員としてふるまうことだ。
新たな「標準」が求められる時代
今日の、リーダーシップが変化している環境に身を置く他の多くのリーダーのように、ピーターとメアリーは、新たな「標準」を見出し始めている。それは、他者をリードするということが単に、目標を定めたり、声高に命令したり、結果を追い求めたりすることよりも、もっと複雑で微妙なものだという「標準」を意味する。多様化し、結びつき、地球規模で相互につながっている今日の世界では、強いアイデンティティを持ち、自身の強みを知り、変化に対してオープンなだけではなく、自分たちの強みを増大させるように成長しようという強い願望を持つリーダーが必要とされている。
彼らをとりまくヒエラルキーや英雄的な伝統が崩れている今、有望な若きリーダー達や、苦戦しているベビーブーム世代を皆さんはどうコーチするだろうか?絶え間ない崩壊とテクノロジーや、人口構成が激変する世界において、リーダーになるとは何か、コーチになるとは何か、という視野をみなさんは広げ続けようと思うだろうか? 私のFIERCEモデルを使ったアプローチはまだ未完成であるため、一緒に考えてくれる仲間は大歓迎だ。皆さんの考えを教えて欲しい。ご意見は jeff.hull@instituteofcoaching.org まで。
【翻訳】 Hello, Coaching! 編集部
【原文】 From Alpha to Beta and Back: Coaching the Post-Heroic Leader
(2017年9月25日にIOC BLOGに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
著者について
ジェフリー・ハル(Jeffrey Hull)氏
ジェフリー・ハル博士は、作家、教育者、コンサルタントととして20年以上活動している他、エグゼクティブ・コーチとして、グローバル企業の経営幹部に対してサービスを提供している。リーダーシフト(Leadershift, Inc.)の経営者。ハーバード・メディカル・スクールにおいて心理学の臨床インストラクター、ニューヨーク大学においてリーダーシップ論の非常勤教授も務める。
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。