米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


誰もが陥りがちな先入観の罠

原題:Are We Biased? Exploring Biases in Coaching Practice | by Carlos Davidovich
誰もが陥りがちな先入観の罠
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コーチングの実践とは、二人の間に起こる相互作用である。一方がサポートを求め、他方がそれを提供するという構造だということもできる。この過程において、双方が全く先入観をもたないということはありえない。では、先入観とはどういうものなのか、理解を深めてみよう。

クライアント側が最初に抱く仮説/先入観は、「コーチはどのような難局も解決できる、または解決するための的確なサポートをしてくれる」という前提である。コーチ側も、「自分はいつでもサポートできる」という前提をもっているかもしれない。このような前提は、良い結果にも悪い結果にもなり得る。たとえば、コーチとクライアントはそれぞれ、救済者とヴィクティム(被害者)という、極めて非生産的関係になるという状況に、無意識のうちに直面する可能性がある。

コーチの資質は、自己認識の度合いによって決まると言えるのではないだろうか。一般的にコーチに期待される資質の一つは、共感能力が高いということである。コーチである我々は、共感を得意とする人格が、クライアントとの関係にどのように影響を与えるかを知っている必要がある。

共感力と先入観の関係

自分に共感力があることにまったく気づいていない場合、先入観の罠に陥ってしまう傾向がある。人間の脳の中で、共感中枢と分析的思考は、つながっているだけではなく、お互いに競合関係にある。このことについては、多くの科学的証拠がある。つまり、人が共感的な反応の方に傾く時、分析的思考は適切に行われにくくなるのである。コーチとしては、両者の適切なバランスを学び、知っておく必要がある。我々コーチの目的が、クライアントをサポートすることであるなら、正しい判断ができる状態を保つため、また、私たちの基準ができるだけ正確であるために、クライアントとは健全な距離を保つことが重要である。

共感することを実際の行動で示すと、例えば、クライアントとの共通点を見つけようとする行為があげられる。このことは、クライアントとの気持ちを繋げ、信頼を構築するうえで大切であるが、コーチはそれをやっている間、常に注意を払っていなくてはいけない。そうしないと、共通点があることによって、クライアントの行動や様々な状況への反応が、自分と同じであると考えてしまったり、クライアントから似たような反応が返ってくることを期待することになってしまう。

客観性は人間にもともと備わっているものではない、つまり我々の心は完全に客観的にはなれない、とする多くの研究がある。人間の知覚は、常に我々の世界観、自分自身の生い立ちや過去などと結び付けられている。これは、タルムード(the Talmud)の古い格言、「我々は、あるがままの世界を見るのではない。我々が見たいように見るのだ。」を思い起こさせる。そのため、最善の方法は、思考、意見そして行動がどこから来るのか、というコーチとしての意識を高めることである。

脳に組み込まれた先入観

1960年代にポール・マクリーン(Paul MacLean)は、「脳の三層構造仮説」を示し、人が三つの異なる下位組織、つまり複数の脳を持つと提唱した。マクリーンの説は、既に存在する脳が進化の過程で新しいものに置き換えられたのではなく、既存の脳に新たな脳が加えられたというものである。これらは、従来、爬虫類脳、辺縁系または感情脳そして論理脳として説明されてきた下位組織である。人間の持つ先入観は、本質的に正しくもなければ間違いでもない。人類は、長い長い年月にわたり先入観をそれぞれの脳の中に組み上げてきた。それらは特に、爬虫類脳および辺縁系脳に深く染み込んでいったが、最終的には先入観は人類の生存と結びついているのである。

2002年のノーベル賞受賞者であるダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)のベストセラー『ファスト&スロー』では、脳の働きに関して別の考え方が示されており、脳の機能を二つに分けている。「システム 1」は、速く、無意識で、努力を要せず、潜在的で、自己認識することなく行われ、自動操縦で進む。一方「システム 2」は、ゆっくりで、意識的で、努力を要し、率直で、自己認識があり、思慮深いものである。「『システム 1』は、人の行動を取り仕切っている。我々はそちらの方を変えたいのだ」とカーネマンは言う。

これらの二つの理論を結び付けて考えると、先入観は「システム 1」に属し、主に爬虫類脳および辺縁系という二つのより原始的な脳に位置することになる。「システム 2」は、我々の論理脳で機能し、「ただ事実確認をしているだけの人」という役割を果たす。

先入観がもたらすリスク

このような「心のバグ(思い込み)」あるいは「無意識的推論」と呼ばれる「認知バイアス(Cognitive Bias)」は次のように定義される。「人が何かを把握、記憶、推論そして判断しようとする際に間違いを引き起こすような、身に染みついた習慣または思考」。このような先入観はすでに 150以上も特定されており、これらを思うままに使えれば、我々にとってある程度有効な手段となる。これらはまた、「認知を速めるもの、安全への近道」と認識されている。

コーチングにおいてよくありがちな先入観が「確証バイアス (Confirmation Bias)」と呼ばれているものである。コーチがこの思い込みに陥ってしまうと、先入観を持ってクライアントの話を聞いてしまい、その後の話も、最初に立てた仮説が正しいということを「確証」しようとしながら聞いてしまう。つまり、これをすることにより、話の全体を聞いたり、クライアントの視点で話を聞くことができなくなってしまうリスクがある。

自己認識を高めるための4つのステップ

魔法のような手法は存在しない。無意識の先入観と対峙するためには、我々コーチは、積極的に自己認識に目を向けなければならない。そこで、先入観に対する認識を高めるために、私がお勧めする手順を次に示したい。

ステップ1 認識と受容:自分の先入観を謙虚に受け入れること。これが、先入観をコントロールする第一歩である。

ステップ2 古い諺を実践する:「すべての真実の反対も、また真実である」(ヘルマン・ヘッセ)。クライアントに関してある結論にたどり着いたときは、常に反対側の視点や解決策がないか疑ってみよう。見方を変えることで新たな発見があるし、反対側の視点を理解するために努力をすることは有益である。

ステップ3 ステップ2と似ているが、どのようなコーチングの方法においても、基本手法として、できるだけ頻繁に視点を再構成してみよう。クライアントには、常に一つ以上の違う視点を提供することをルールにしよう。異なる視点を提供することは、クライアントやあなた自身が先入観を認識したり克服したりすることに役に立つ。

ステップ4 遊び心を持とう。ゲームのようにやってみよう。これは、私がコーチングの実践の中で行っていることである。私はクライアントに会った瞬間、自分がクライアントに対して抱いた第一印象あるいは仮説を頭の中で言語化する。それにより、クライアントの過去や状況を私が十分に知らなくても、既に一定の結論にたどり着いたことになる。その時点では、私はほとんど情報をもっていないことが分かっているため、自分が先入観としてどんな仮説をもっているのかをよりはっきりと認識できる。やがて、クライアントとの関係を築く中で、より的確な仮説が立てられるような情報を十分に得た後は、最初の仮説と私がより深く理解したこととのギャップに目を向ける。

ここで注意するべきことは、この仮説を立てる過程は自動操縦で進むということである。これは避けることはできない。なぜなら、我々の「システム 1」が作動するからである。我々が初対面の人に会った時、その人が味方か敵かを脳が判別するのにかかる時間は、たったの0.01秒である。「君子危うきに近寄らず。」「システム 1」は、先入観だらけである。話し合いの場では「システム 2」を動員し、注意深く聞くようにしよう。自ら指揮をするのである。

このエクササイズは楽しく、また多くの情報を提供してくれる。先入観を認識し、それに対処するためのサポートになるはずである。また、我々は通常自分たちの思考パターンを繰り返すため、簡単に先入観を認識できるようになったり、より効率的に先入観をコントロールできるようになったりするには時間がかかる。是非試してみて欲しい。楽しいものであるし、コーチングの実践の中で、多くのことを学び改善できることに驚くだろう。以上が、私が大事にしてるコーチとしての取り組みの一つである。

【翻訳】 Hello, Coaching! 編集部
【原文】Are We Biased? Exploring Biases in Coaching Practice
(2017年5月25日にIOC BLOGに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)

著者について

カルロス・ダヴィドヴィッチ(Carlos Davidovich)氏
カルロス・ダヴィドヴィッチ氏は、医師と製薬業界の執行役としての20年間の経験を活かし、組織とエグゼクティブに対して15年以上コーチとして活動している。神経科学とリーダーシップの分野に強みを持つ。プラハのニューヨーク大学(UNYP)MBAプログラムにおける神経マネジメントの教授、トロント、ロトマン・スクール・オブ・マネージメントのEMBAプログラムの客員講師、ハーバード・マクリーン病院コーチング・インスティテュート(IOC)のリーダーでもある。


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