ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
人は、会社のブランドに惹かれて入社するが、上司とうまくいかずに会社を辞める
2019年07月26日
企業に広がる人材獲得競争
1990年代にマッキンゼー・アンド・カンパニーは「成功している企業は常に『人材育成・人材獲得競争』に力を入れている」という主張を打ち出していた。それ以来、私たちは、高い生産性をもたらす秘訣は人材だと思い込み、有能な人材の発見と確保のことばかり考えるようになってしまった。今日、AT&T、ファイザー、シスコ、デロイトなどの企業は、どこも最高人事責任者(Chief Talent Officer)を置いている。公共サービス機関や多くの政府機関も、人材ソリューションについて真剣に検討している。中国、韓国、シンガポールの政府は、全国的な人材戦略を策定し、長期的なパフォーマンスと競争力の確保に努めている。
問題は、このアプローチがほとんどの場合機能しないことだ。コストがかかる(優秀な人材は給与や福利厚生に関して妥協しない傾向がある)ことに加えて、従業員1人に突出した成果を求めるのは非現実的である。
チーム内で1人か2人の優秀な個人だけが活躍して優れた業績を上げればよいという考え方は、他のチームメンバーにとっては不愉快であり、その個人とメンバー間の関係悪化につながりやすい。また、うまく機能しているチームよりも高い成果を上げる個人はいない。
ニワトリの研究が教えてくれるヒント
興味深いことに、このことはパデュー大学の進化生物学者ウィリアム・ミュア(William Muir)氏によって証明されている。ミュア氏はニワトリの生産性を高め、より多くの卵を産ませる方法を研究した。ニワトリは人間と同様に社会的な生き物であり、集団で生活している。同大学のチームは、平均的なニワトリの群れを1つ選び、6世代にわたってそのままにしておき、これを対照群とした。
もう1つの群れは、最も生産性の高いニワトリ、つまり「スーパーチキン」だけを集めて作った。こうしてエリート・ニワトリ群を作り、最も卵を産むニワトリだけを繁殖させた。
生産性の高い一部の個体は他の個体を犠牲にする
6世代が交代した後、平均的なニワトリは元気に育っていた。ふっくらと太り羽も生え揃い、卵の生産量は大幅に伸びた。一方、スーパーチキンの群れの中で、生き残っていたのは3羽だけだった。残りは最も強い個体につつかれて死んでいた。
いくら3羽が優秀であっても、ふっくらとした健康なニワトリの群れと同じだけ多くの卵を産むことは到底できない。この研究からわかったのは、一部のニワトリの高い生産性は、他の個体の生産性を犠牲にしないと得られないということである。
このパデュー大学の研究は人材の獲得にも当てはまる。研究で試した方法はうまくいかないことが分かった。しかしながら、もっと広い適性の問題を検討することでうまくいくかもしれない。
適性に注目することが高いパフォーマンスの発揮を助ける
重要なのは、いわゆる「才能」とみなしているものではなく「適性」だ。私の考えでは、才能は適性を間違って解釈したものにすぎない。才能は、少数の人だけが持っているとらえどころのない天賦の力ではない。むしろそれは、自分の生来の力、特性、スキル、価値観を理解し、適切な職務や環境にこれらの特性を適合させたときに発揮される一定の力である。
適性を測るための最初の指標は分かりやすいものであり、簡単に評価できる。それは、「その人は、ある特定の職務を高いレベルで遂行できるだけのスキルや行動的特性を持っているだろうか?」という問いである。スキルのレベルは評価しやすい。同じ職務や似た職務の経験を見れば、スキル的な適性についてある程度想像できる。
行動的適性の評価はもう少し複雑である。たとえば、内向的な人は、長時間にわたり外向的に振る舞うことが求められる職務を果たすことができるだろうか?おそらく可能と言えるだろう。しかし、他のスキルがすべて同等だと仮定した場合、外向的な人と同じくらい自然にそれができるだろうか?私ならその仕事は勧めない。何とかやっていくことができるかもしれないが、職務への適性が低いためその人の才能が開花する見込みは低い。不自然な環境で常に自己管理を行わなければならないのであれば、精神的に余裕がなくなってしまう。
内発的な価値観がマッチしているか
次のレベルの適性を確認するのは、スキル的な適性と比べてはるかに難しい。人はそれぞれ固有の内発的な価値観を持っている。そして、「その内発的価値観は、マネージャー、チーム、部門、組織、業界に適合しているだろうか?」というのが次のレベルの問いである。マネージャーと価値観を合わせることが最も重要なのは間違いない。よく言われるように、人は「会社のブランドに惹かれて入社するが、上司とうまくいかずに会社を辞める」からだ。
他の会社で優秀だったのだから、この会社でも成果を出してくれるだろうと、私たちは考えがちだ。しかし、世界はそんなに単純ではない。ビジネスの世界にもスポーツの世界にも優秀な人材は多いが、巨額の契約金を受け取ったにもかかわらず、期待されていた能力を発揮できなかった人はたくさんいる。もちろんそれは、一夜にして能力を失ったからではない。
個人が持つ内発的な価値観の適性が、高い業績の指標として考えられることはほとんどない。しかし、単純に考えても、居心地が悪く落ち着かない環境で人が最高のパフォーマンスを発揮できるとは考えにくい。
さらに言えば、周囲で起きていることや、マネージャーの活動とその理由を理解しようと苦労しているときに、ビジネスの目標に集中して取り組めるとは思えない。
コーチングが可能にすること
コーチが適性という視点に注目してクライアントを見れば、クライアントは生来の能力に合わせて職務を選び、高いパフォーマンスを発揮しやすくなる。そうすることで、クライアントは安心して仕事ができるだけでなく、自分の生来の才能を理解し、それをより一層活かせるようになるだろう。
筆者について
ウォーレン・ケノー(Warren Kennaugh)氏は、グローバル・カンパニー、政府機関、プロフェッショナル・アスリートやチーム等を対象とするエグゼクティブコーチ/行動戦略家。著書として『FIT: When Talent and Intelligence Just Won’t Cut It』がある他、オーストラリアの人事/ビジネス雑誌に多くの記事を寄稿している。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】 Coaching for Fit in New Roles and High Performance(2018年12月11日にIOC BLOGに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。