ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
リーダーの謙虚さが職場に良い影響をもたらすのはなぜか?
2019年10月04日
リーダーの謙虚さは職場に良い影響をもたらすのだろうか。実は、その答えははっきりと出ている。
パキスタンの研究論文
先日、『ポジティブ心理学ジャーナル(Journal of Positive Psychology)』の特集に、パキスタンのチームによる研究論文(IOCメンバーはこちらからアクセス可能)を掲載した。この研究で同チームは新たな仮説を立証した。それは、「謙虚なリーダーは、職場における内面の充足感(Workplace spirituality)への理解を促し、従業員の倫理的行動とポシティブな感情(共感と感謝)を生み出す」というものである。
論文の筆者たちはまず、謙虚さという言葉はラテン語の「humus(土)」に由来することを強調している。ジム・コリンズ(Jim Collins)氏は、2001年の著書『Good to Great』(邦題:『ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則』)の中で、優れた財務業績を収めている企業は、不屈の意志を持つ、真に謙虚な人たちが率いていると述べている。
組織の成果に及ぼす影響
近年になって、リーダーの謙虚さが部下の成果(仕事に対する満足度、ロイヤリティ、職務遂行能力)や、グループや組織の成果(チームのパフォーマンス、革新性、経営陣の団結)の向上に関係していると言われるようになった。良い結果が得られたことから、謙虚なリーダーの育成を求める声が高まった。しかし、筆者らは次のように述べている。
「リーダーの謙虚さが成果に及ぼす直接的な影響について調査したところ、期待の持てる結果が数多く得られた。しかし、リーダーの謙虚が部下の行動を決定づける重要なプロセスに関する研究は、依然としてわずかしか存在しない。」
情報の解釈にはリーダーの発信の仕方が影響する
この論文で筆者らは、近年注目を集めているいくつかの研究テーマについて言及している。そのテーマとは、タスク配分の効果、部下の心理的資本、心理的安全性、個人の権力意識、新しい視点の取得、認識の再評価などである。これらの研究結果は、社会的情報処理(Social Information Processing)という概念に合致している。この概念では、「従業員の態度と行動は、彼らを取り巻く状況において、情報をどのように受け取り、解釈しているかの表れである」としている。
従業員は環境に合わせて自分の意見、行動、感情を調整する。リーダーは、役職が上であることと頻繁にコミュニケーションをとっていることにより、影響力のある社会的情報を提供していると言える。
俯瞰的な視点で職場における内面の充足感を向上
別の実証的研究によると、謙虚なリーダーは自分自身や他人を現実的かつ俯瞰的な視点から見ているという。開かれた心で自分の欠点を受け入れたり認めたりするだけでなく、他人の長所と短所に気づくことができるため、他人に対してより公正で公平な判断を行うことができる。
倫理的行動に関して言えば、従業員は謙虚なリーダーのもとで働くことで、不確実で曖昧な情報を客観的で公平な方法で処理できるようになるという。これは社会的情報処理の概念によって説明できる。謙虚なリーダーは、間違いを寛大に受け止め、部下の長所を明らかにすることで、感謝の気持ちや共感を生み出す。その様子を部下は観察しているのである。
この論文では、進行中の研究の紹介に加えて、謙虚なリーダーが職場における内面の充足感を高め、それが倫理的行動、感謝、共感を生み出すというメカニズムを紹介している。
職場における内面の充足感とは
職場における内面の充足感は、従業員が仕事を通じて目的、意義、充実感、そして重要性を感じることで醸成される。各従業員の内面的な営みは、自分の仕事が重要で意味のあるものであると感じ、集団的な幸福の価値を認め、組織の目標や価値観と同じ個人の価値観を育てることによって培われる。
謙虚なリーダーは自分が全知全能ではないと考えているため、部下は心理的に解放され、思いどおりにアイディアや意見を共有することができる。これにより仕事がより有意義なものになる。また、謙虚なリーダーから刺激を受けた部下は、自分以外のことを意識し、同僚、顧客、社会のことを自分よりも大事に考えるようになるため、共同体意識が高まり、職場の意義はさらに大きくなる。
パキスタンの研究の内容
この論文の研究では、「謙虚さが職場の精神性を高める」という仮説を、パキスタンの2つの主要都市(イスラマバードとラホール)の電気通信、工業、教育業界の9組織を対象に、複数回(1か月間隔で3回)にわたる無作為抽出調査を実施して検証している。
まずリーダーの謙虚さを評価し、その1か月後に職場の精神性を評価した。さらに1か月後に、共感、感謝、倫理的行動の評価を実施した。最終サンプル(3回の調査をすべて完了した人)は286人、調査回答率は57%であった。
そのうち62%が男性であり、69%が修士号を持っていた。研究チームは、高度な数学的モデリングを使用して測定値の信頼性と妥当性を確認し、調査対象の変数間の媒介関係を評価した。
3つの結論
研究では謙虚なリーダーについて次のように結論付けている。
- 従業員の倫理的行動、感謝、共感を直接的に促進する。
- 従業員のポジティブな心理的資源と感情の改善に重要な役割を果たす。
- 基礎的な仕組みとして職場の精神性を高める環境を作り、従業員の倫理的行動、感謝、共感を間接的に強化する。
ただし、パキスタンの文化は他の国よりも集産主義的(生産を公有管理する共同管理経済)であることに注意する必要がある。集産主義的な文化では、職場の精神性、倫理的行動、感謝、共感に対する謙虚なリーダーの影響力が高い可能性がある。
謙虚さは重要なのである。
私たちは現実に目を向け、自分の長所と短所を客観的に見る必要がある。間違いを認め、他人の長所を明らかにする。開かれた心で相手の声に耳を傾け、公正で公平な態度を身に着ける。他人に分け与えることを意識し、自分の利益や貢献よりも他人の利益や貢献を大切にする。積極的に他人の視点でものを考えることが重要である。
コーチングに活かすためのヒント
- 謙虚さとは何かを明確に理解する。
- コーチやリーダーとして謙虚さを身に着ける。
- コーチをしているクライアントに、職場における内面の充足感と謙虚なリーダーになることの潜在的なメリットについて説明する。
筆者について
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Guess how a leader’s humility promotes positive outcomes?(2019年7月28日にIOC Resources members onlyに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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