米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


パンデミックによるトラウマを成長に変えるには

【原文】 Turn Crisis into Growth
パンデミックによるトラウマを成長に変えるには
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新型コロナウイルスによるパンデミックは、私たちの核なるビリーフ(信念)に甚大な混乱をもたらしたが、それは危機後の困難や苦しみを成長に変える機会にもなりえる。この成長とは、レジリエンスや現状への回復力をしのぐものであり、その先へと私たちを向かわせる。

危機を成長に変えよう

IOC(米国コーチング研究所)の創設者であるキャロル・カウフマン(Carol Kauffman)は、リーダーシップコーチになる以前は、トラウマから立ち直る人の治療を専門としていた。彼女はIOCの記事「PTSDの間違った考え方 (PTSD is the Wrong Way to Think)」の中で、「私たちはパンデミックによって引き起こされた心的外傷後ストレス障害(以下PTSD)についてよく話しているが、それは確かなものでもないし役に立たないかもしれない」と説明している。彼女はまた、私たちが障害後の下降スパイラルについてではなく、心的外傷後成長(PTG)の機会に焦点を当てることを奨励している。

ここでの議論を広げるために、1990年代半ばに「心的外傷後成長(posttraumatic growth:以下PTG)」という言葉をつくったリチャード・テデスキ(Richard Tedeschi)氏とローレンス・キャルフン(Lawrence Calhoun)氏の研究結果を紹介する。その研究結果は、彼らの2018年の著書「心的外傷後成長:理論、研究と応用(Posttraumatic Growth: Theory, Research, and Application)」に集約されている。

PTSDとは何か

テデスキ氏とキャルフン氏は、PTSDについて次のように説明している。アメリカ精神医学会が発行するDSM-5(メンタルヘルスに関するテキスト)では、PTSDは、PTSDの症状をもたらす心的外傷性(トラウマ的)出来事によって引き起こされる精神疾患と定義されている。心的外傷性の出来事とは、「ビッグTトラウマ」と呼ばれる大きなトラウマの原因となる以下のような出来事である。

  1. 暴力的または偶発的な死、死または深刻な怪我への恐怖、あるいは自己または他者の身体的完全性を脅かす出来事
  2. 激しい恐れ、恐怖、または無力感をもたらす出来事
  3. 消えない傷や傷あとを残すような出来事

例としては、軍事戦闘の経験、暴力、性的虐待、あるいは大規模な自然災害、火災、事故などが挙げられる。

新型コロナウイルス感染症による重篤な症状からかろうじて生き延びた人、愛する人を失った人、あるいは、医療機関に重大な負担を強いた新型コロナウイルス感染の最前線で、大量の死者を直接目撃した人にとって、パンデミックは「ビッグTトラウマ」と呼べる出来事かもしれない。

心的外傷後成長(PTG)という新しい概念

1990年代半ば、テデスキとキャルフンは、がんや重度の心臓発作といった人生の困難な状況と闘ったあとに、ポジティブな心理的変化を経験することを説明するために、心的外傷後成長(PTG)という言葉をつくった。彼らは、トラウマの範囲を「ビッグTトラウマ」から「スモールTトラウマ」と呼べるようなものまで含めることにした。それは新型コロナウイルス禍で私たちみんなが経験してきた様々なトラウマのことを指すことができる。

私たちの中には、パンデミックの中での重篤な病気に見舞われたり、命を失ったり、生計や生活スタイルの変化などの厳しい試練を、あえて"スモールTトラウマ "と表現したい人がいるかもしれない。

PTGの考え方では、トラウマや危機とは、人生を変えてしまうような非常に辛い出来事であり、精神的に "非常に影響が大きい "と定義されている。そのような状況は、私たちの核となるビリーフを揺るがそうと挑んでくる。

また、この状況は自分の将来の前提や、そこに向かってどのように行動していけばよいのかという基本的な前提を大きく揺るがすものである。そして、コントロールすることが困難なほどの大きな不安や精神的な苦痛を生み出す。

さらに重要なことは、出来事それ自体がトラウマなのではなく、その時にそれを目撃したり経験した人にとってトラウマになるということである。

彼らはまた、PTGは新しい現象ではないことにも注目している。人類の歴史上、計り知れない苦闘や課題に直面しながら、強靭で賢い魂の持ち主やリーダーとして名を残した人々が数多くいる。この研究の著者らは、PTGの評価、研究、実践を支える理論を生み出すことに貢献してきた。

トラウマを経験した後の成長とは

PTGは、出来事が起きている間ではなく、出来事の後の変化に焦点を当てている。出来事の余波は数ヶ月から数年続くことがあり、人は元の状態に戻ることはない。この危機の余波の中でもがき苦しむことが、まさに変革を生み出すのである。人は新しい考え方、感じ方、行動のしかたを発達させる。

興味深いことに、宇宙旅行、世界一周の航海、または北極圏の探検など、自己主導型の挑戦からも、PTGと同様の変化が起こることがある。

テデスキとキャルフンは、PTGとして定義される結果の5つの特徴を紹介している。

  1. 人生への感謝 
    例:「私は、小さなことも含めて、すでに持っているものに対して以前よりも感謝している。」
  2. 内面的な強さ 
    例:「私は、自分が想像していたよりも強く、より大きな挑戦のための準備ができている。」
  3. 新しい機会
    例:「私は、新しい興味や異なるキャリアパスを求めている。」
  4. 他者との関わり
    例:「私は、以前よりも進んで他者を助けたり、助けを受け入れたりしている。そして、私は他者に対してオープンで信頼される人でありたい。」
  5. 精神的な変化
    例:「私の人生には新しい意味と目的がある。」

PTGとレジリエンス・回復力との違い

重要なのは、PTGはレジリエンスや回復力とは異なるという点である。著者によれば、レジリエンスや回復力はベースラインへの回帰を意味する。また、非常に困難な生活環境との闘いの中で培われる個人の成長や成熟度の向上とPTGも違うものであるとされる。

パンデミックによって、私たちは意思や目的を広げ、心を開き、成長の種を育てる機会を得た。私たちは皆、レジリエンスや回復力を超える可能性を持っている。

私たちは、クライアントがどの状態にいるかということに対して、非常に繊細な感度でこのプロセスを観察していく必要がある。また、危機の後においても私たちは成長できるが、それがどのケースでも常に当てはまるとは限らないことも覚えておく必要がある。したがって、レジリエンスと回復力は、人それぞれで非常に異なって見えると言うことができる。

PTGを促進するためには

では、どのようにしてPTGを促し、レジリエンスと回復力よりもさらに先に進むことができるのだろうか?私たちは、自分自身とクライアントに以下のような本質的な質問をしていくことによって、気づきをもたらし核となるビリーフの変化を起こすことができる。

  1. あなたは、新しい視点をもつことで、人生における何に感謝することができますか?
  2. あなたは、どうすればさらに強くなれますか?
  3. どのような新しい機会が生まれていますか?
  4. どうすればあなたの人間関係はさらに良くなっていきますか?
  5. あなたの人生における意味と目的において、どのようなことが変化していますか?

人生のどのような経験についても言えることだが、その経験による影響は、私たちがそれをどのように受けとめたかにかかっている。まず、苦しみや悲しみと一緒にいる時間を十分に確保し、成長を急がないことである。そして、自分自身に準備ができたら、その経験がもたらした意味と成長に対する興味について扱っていく。

相手の成長と変容の可能性に注意を向けるコーチングの質問をすることで、誰にも発見されなかった可能性を明らかにしたり、自分自身の理解を広げるような新たな方法で、トラウマとなる出来事に対応していけるのである。

コーチのためのヒント

  1. トラウマは持続する影響を持っている
    このパンデミックによって引き起こされた大小のトラウマは、私たち一人ひとりに長期的な影響を与える力を持っている。
  2. トラウマは成長につながる
    トラウマ的な経験によって、真の成長とポジティブな変化を経験することは可能である。
  3. PTGは視点を変える
    PTGとして、人生に対するより深い感謝、内面的な強さ、新しい機会、他者とのより良い関わり、精神的な変化を経験することができる。
  4. いい質問は成長への道しるべとなる
    トラウマから成長していく方法に相手の注意を向けることによって、コーチングの質問は、PTGを促進するための大きな役割を果たすことができる。

「夜の航海、 英雄の冒険、といった私が英雄の旅と呼ぶものがある。その旅で人は、人生の中で今までに見たことのないものを生み出すのだ」
- Joseph Campbell

IOCチームより

筆者について

マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。

アンディ・クック(Andy Cook)氏は、エグゼクティブコーチ、教育者、組織開発、リーリーダーシップ開発の専門家として20年以上の経験があり、教育学の博士号を持つ。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Turn Crisis into Growth(2020年5月31日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)


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