ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
あなたが無意識に持つバイアスとは
2020年09月22日
スタンフォード大学心理学教授のジェニファー・エバーハート(Jennifer Eberhardt)氏は、「バイアス探偵(bias detective)」と呼ばれている。彼女は、無意識の人種偏見とそれが米国社会にもたらす悲劇的な影響の研究にキャリアを捧げてきた。その研究には、警察による銃撃事件、地理的な分離、教育、職場などにおける偏見の影響が含まれる。
彼女が2019年に発表した著書『偏見:私たちが何を見て、何を考えて、何をするかを形作る隠れた偏見を解き明かす(Biased: uncovering the hidden prejudice that shapes what we see, think, and do)』では、偏見の生物学的・心理学的根拠を導く研究について説明している。そもそも人間は、自分たちが関らない人種の顔を区別することができない。「彼らはみんな似ているように見える」ことは科学的な現実だとしている。
偏見はどのようにしてできるのか
人間の経験の複雑さを単純化するために、脳は物事をグループ化して分類しており、それによって私たちは生きやすくなっている。しかし、残念ながらそうすることで、違いに対する感受性が低下する。分類することでそのグループに対するステレオタイプをつくり、そのステレオタイプに対する態度や信念が偏見となる。あるステレオタイプとの無意識の関連付けがバイアスとなるのである。
エバーハート氏は、ステレオタイプの例として、黒人男性は脅威と攻撃性を連想させることをあげている。このステレオタイプを持っている人々にとって、黒人男性の顔の表情を正しく読み取ることは難しく、そのために恐ろしい結果をもたらす。このようなネガティブなステレオタイプや偏見に対抗するための重要なアプローチは、人種を超えた親密な関係を持つことだ。さらに、人の特徴が変化するものであると信じる発展的な思考は、人を分類したりステレオタイプ化するといった凝り固まった考え方をほぐすことができる。
無意識の考えや感情を知るためのテスト
潜在性連想テスト(implicit association test)は、意識の外にある自分の考えや感情を知るために、潜在性プロジェクト(Project Implicit)を作った3人の科学者によって開発された。このテストでは、概念と概念の間の関連性の強さやステレオタイプをどうとらえるかを測定する。例えば、女性と男性が同じように科学と関連づけられているか、白人と黒人が同じように人間の言葉と動物の言葉に関連づけられているかなどを測定している。
バイアスを克服するためのトレーニングの限界
近年、組織における無意識のバイアスに関するトレーニングは広く普及しており、ステレオタイプが人の認知をどのように歪めるかという気づきをうながすことに役立っているが、それには以下のような限界があるとエバーハート氏は説明している。
- トレーニングの実施は複雑である。
- 成果の測定が難しい。
- トレーニングが効果的であることを示すエビデンスがない。
- トレーニングではバイアスを持つことは正常なことだとするため、バイアスを克服しようとする意欲を減退させる可能性がある。
- インセンティブ、規範、確認、バランスといった組織的支援が重要である。
- 多様性のあるグループは、より創造的で、より良い意思決定をするかもしれないが、不快感や不協和音のために、必ずしも最も幸せなグループにはならない場合がある。
変化へのきざし
エバーハート氏は、今後人々のバイアスを減らしていくことに向けての次のような希望の光があると述べている。
- 以前より多くの人が、内省、探求、探索、良いことをし、そして良い人になりたいと思っている。
- 革新的なアプローチに関する前向きな事例が複数出てきている。
- 多くの人が人種差別を減らすために人生を捧げている。
- ミレニアル世代は多様性に富み、平等と企業の社会的責任に価値を置いている。
内省をうながすダイバーシティ・トレーニングとは
アレックス・リンゼイ(Alex Lindsey)氏と5つの大学の同僚たちは、ダイバーシティ・トレーニングへの斬新なアプローチを共同で研究した。それは、偏見を持たないための内発的動機を促進するように設計されたエクササイズである。彼らの2019年の論文のタイトルは「内省をうながすダイバーシティ・トレーニングはなぜ、誰のために機能するのか(Examining why and who for reflection diversity training works)」である。
研究者らは次のように述べている。「内省とは、問題解決、理解、感覚形成、感謝、気づきを目的として、過去の経験を検証する学習行為である。内省は学習の重要な要素であり、このダイバーシティ・トレーニングで得られる重要な成果でもある。」
研究者たちは、ダイバーシティ・トレーニングの中で内省に関するテストをしてみた。そのテストでは、「参加者が自分の偏見に関する過去の経験について考え、何が起こったのか、どのように対応したのか、その状況で何が違っていたらよかったのか、そして将来これまでと違うことをするのであれば、何をしたいと思っているのかを振り返ること」を促している。彼らは、内省が、将来的にはダイバーシティに配慮した態度や行動をしようとする内発的動機を高めるのではないかという仮説を立てた。また、参加者のマイノリティグループに対する学習前の偏見のレベルを特定するために、「社会的支配志向性」を測定した。
内省をうながすダイバーシティ・トレーニングの成果
研究結果は研究者たちを驚かせるものだった。偏見を減らそうという内発的動機が高くなった唯一のグループは、社会的支配志向性のスコアが高い参加者のグループだったからである。研究者は以下のように、結論づけている。
- 社会的支配志向性が高い人は、ダイバーシティ・トレーニングの成果が出ないケースが多く、過去における偏見にもとづく行動についての内省は、彼らの役に立つ可能性がある。内省は自己に焦点を当てたもので、偏見を減らす決断をする自主性を引き出すことから、彼らには、より役立つかもしれない。
- ダイバーシティ・トレーニングを役立てられる人は、偏見を減らそうという内発的動機をもっている傾向にある。
今後は、参加者の特性が多様なダイバーシティ・トレーニングへの対応をどのように変化させていくのか、また、内発的動機を高めるための他のアプローチを検討すること、そして、偏見を減らすための他のメカニズムを検討していく必要がある。
コーチのためのヒント
- ロールモデルとして、無意識のバイアスを探究することに意欲を持ち、そのことに対してオープンで、かつ積極的に関心を抱くようにしよう。そのためには、いろいろな本を読み、テストを受けて、自分の偏見や偏見を減らすためのアプローチを振り返ってみよう。また、自分の態度、行動、そして自分がバイアスを持っている可能性について他の人種の人々から公正なフィードバックを求めてみよう。
- コーチングのクライアントからの要望があった場合には、クライアントが同じことを実践する手助けをしよう。 つまり、無意識のバイアスはいたるところに存在することを受け入れ、過去の経験を紐解き、ダイバーシティに配慮する意識をもって行動することにコミットし、また、客観的な視点を持った他の人種の人からのフィードバックを求めてみよう。
「偏見とは過去を混乱させ、未来を脅かし、そして、現在をアクセスできないものにする社会的な負担である。」
- Maya Angelou
IOCチームより
参考文献
Eberhardt, J. L. (2020). Biased: Uncovering the hidden prejudice that shapes what we see, think, and do. Penguin Books.
Lindsey, A. P., King, E., Amber, B., Sabat, I., & Ahmad, A. S. (2019). Examining Why and for Whom Reflection Diversity Training Works. Personnel Assessment and Decisions, 5(2), 10.
その他の参考資料
PPT summary of Biased
Learn more about Implicit Association Tests
Take one or more tests
筆者について
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】The Basis for Bias(2020年7月12日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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