米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


パンデミック禍で信頼を築くためにリーダーができること

【原文】 TRUST MATTERS IN PANDEMIC TIME
パンデミック禍で信頼を築くためにリーダーができること
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どうすればパンデミック禍において信頼を築くできるのだろうか?
毎日何回か人と交流する機会を作り、オキシトシンが分泌されるようにしてみよう。そうすることで信頼、チームワーク、パフォーマンスを向上させることができる。

人類が直面する信頼の危機

私たちが直面している世界的なパンデミックによる危機は、世界的な信頼の危機につながっている。不確実な未来に対する不安と恐怖によって信頼が揺らいでいる。ほとんどの人が予測さえしていなかった大切な人の死や生活、生活様式の劇的かつ継続的な変化は人々にショックや深い悲しみをもたらし、それらによって信頼も失われている。

人間は相互に依存し合う生き物である。信頼は接着剤のようなものであり、人間関係、家族、チーム、組織、コミュニティ、社会が効果的に機能するための基礎となるものだ。信頼についての研究者であり、米国クレアモント大学の経済学教授でもあるポール・ザック(Paul Zak)氏は、信頼度の高い組織は、信頼度の低い組織に比べて、エネルギーと幸福度が高く、コラボレーションとエンゲージメントが進んでおり、生産性と定着率が高いことを証明している。

リーダーが周囲と信頼を醸成する方法も大きく崩れてきている。リモートワークへの急激な変化があったり、職場や業務中における新型コロナウイルス感染リスクを配慮しなくてはいけないからだ。リーダーがこれまで疑わなかった「信頼」を得るために必要な要素について、今、新たに新鮮な目で再確認する必要がある。それらの要素とは、「能力」や「言葉への信頼性」「行動への信頼性」といった理論づけやすいものがある一方、「分け隔てなく人と接すること」「オープンであること」「尊敬されている」「共感力」のような感情的なものもある。

今回、研究文献として考察するのは、ザック氏の2018年の科学論文『信頼関係の高い組織における神経科学(The Neuroscience of High-Trust Organizations)』である。この研究は、2017年のハーバード・ビジネス・レビューでも『信頼の神経科学(The Neuroscience of Trust)』という記事として紹介されている。ザック氏の研究室では、2000年から2012年にかけて、「信頼」を神経生物学の側面から探究することに取り組んだ。その後、その研究で得た知見を信頼の向上に応用し、信頼が組織のパフォーマンスや従業員のエンゲージメント、イノベーション、定着率、幸福度に与える影響を実証してきた。

コラボレーションに関与するオキシトシンとは

ザック氏は、私たちが他者を信頼するとき、私たちの脳は、信頼の度合いに比例した量の、(幸せホルモンとも呼ばれる)オキシトシン(Oxytocin)を分泌すると説明している。一方、オキシトシンは、他者の感情を正しく評価する能力、他者への共感的な関心、他者の視点を理解する能力を高め、さらには、他者に奉仕したり、チームメイトとして協力したりするといった、協力したり、他者の好意に報いたりするモチベーションを高める。

オキシトシンは、ポジティブで信頼関係を築けるような人との出会いによって分泌され、約30分間活動的な状態を維持できる。ネガティブな社会的相互作用のような、慢性的な高ストレスによってオキシトシンの分泌は損なわれ、ポジティブな社会的相互作用の多くが減少してしまう。このことから、私たちが今、信頼の危機に直面していることは、驚くに値しない。

それは個人や組織にとってどのような意味があるのか?

つまり、1日の中で、ポジティブな社会的な出会いの機会を何度も設けることで、信頼関係を構築し、オキシトシンの分泌を刺激することで、コラボレーションとパフォーマンスを向上させることができる。

組織内の信頼関係を築く8つの要素(OXYTOCIN)

ザック氏の研究では、OXYTOCINという頭文字を使って、組織的信頼のを積み上げる要素でもあるオキシトシンの脳内放出を増やす8つの方法を紹介している。

1.喝采(Ovation) 優れている人を評価する
2.期待(eXpectation) 期待し、挑戦させる
3.委任(Yield) 広い心を持ち他の人に任せる
4.委譲(Transfer) 仕事を自己管理できるようにする
5.オープン化(Openness) 情報を広く共有する
6.思いやり(Caring) 意識的に関係を構築する
7.投資(Invest) 全人的な成長を促す
8.自然体(Natural) ありのままの自分をさらす

1. 喝采(Ovation):優れている人を評価する

優れた業績をあげたメンバーは評価するといい。理想的には目標が達成されたすぐあとがいい。評価されるメンバーは同僚によって選考されるのが理想的である。おおやけの場でよい評価をされることは、個人的に評価されることよりも効果的であり、他のメンバーが後に続こうと思うきっかけになる。セグウェイの発明者であるディーン・ケーメン氏はザック氏に、「あなたは、あなたが称賛するものを獲得することになる」と言っている。

成功した貢献が十分に周囲に認められると、信頼は高まる。

2. 期待(eXpectation):期待し、挑戦させる

困難だが達成可能な目標(期待値)を設定し、頻繁に、少なくとも週に1回はフィードバックをするといい。あまりにもハードルの高い目標は、オキシトシンの分泌を阻害するストレスを生みだす。競争はテストステロンの分泌を刺激し、オキシトシンの分泌を抑制するため、チーム間の競争を助長しないようにした方がいい。

信頼は、困難だが達成可能な目標を設定することをリーダーがサポートし、達成可能な目標に向けての良好な協力関係と進歩を支援することで育まれていく。

3. 委任(Yield):広い心を持ち他の人に任せる

委任の定義は、相手を十分信頼して行動することである。結果を出すのか、あきらめるのかを決める権限、またはコントロールする権限を与えることである。仕事をどのように取り組むかは、メンバーを信じて彼らに選択させるといい。

  • メンバーが適切な訓練を受け、経験を持てるようにする。
  • メンバーにプロジェクトとその結果に対するオーナーシップを与えること。
  • 同僚と協力関係を持つための動機を与える。
  • マイクロマネジメント型の統率者というよりも、コーチであること。

自分の責任のもと「委任」すること、つまりメンバーがタスクをどのように取り組むかをコントロールすることを放棄することに、他者を信頼することつながる。そして、より多くのコントロール他者にゆだねることで、ストレスを軽減させることができる。また、人は自分のコントロール下にある領域でのミスを、絶好の学習の機会と捉えることができることを認識することも重要である。

仕事にどのように取り組むかについて自律性が与えられると、信頼は大きくなる。

4. 委譲(Transfer):仕事を自己管理できるようにする

どのプロジェクトに取り組むか、または、どの仕事を行うかを選択する責任をメンバーに権限委譲することは効果的に彼らの自律性を高め、専門知識や経験を活かしながらコラボレーションや積極的な社会的相互作用につながる。

ザック氏は、休暇の日数を管理することをやめて、いつ、どのくらいの時間、仕事から離れているかを管理しながら、目標を達成するための責任を委譲するという例を説明している(NetflixとVirgin Group)。

仕事のプロジェクトやワークライフのスケジュール、休憩時間などを自分で選択できる状況にあると、信頼が高まる。

5. オープン化:情報を広く共有する

組織のリーダーと従業員の間のオープンで率直なコミュニケーションは、恐れや不確実性を減らし、信頼を促進する。オープンに情報を共有することで、価値創造とリスク防止の議論に全員が参加できるようになる。

信頼は、メンバーが十分な情報を得ていると感じたときに高まる。

6. 思いやり(Caring):意識的に関係を構築する

Barry-Wehmiller社のCEOであるボブ・チャップマン氏がザック氏に語ったように、思いやりの文化とは、「リーダーがメンバーを大切に扱い、肉体的にも精神的にも健康な状態で仕事を終えることができるようにするという誠実に心に誓っている」文化のことである。また、思いやりのある文化は、職場で社会的関係を築くことを奨励している。子どもや犬のそばにいることでオキシトシンの生産は刺激される(自宅からのズーム会議を利用することの1つのメリット)。

リーダーが博愛的で、人々の幸せを深く気にかけているときには、信頼が高まる。

7. 投資(Invest):全人的な成長を促す

人類の繁栄のためには、個人の成長が重要である。信頼の高い組織では、全人的な成長を促進している。これらの組織は、「メンバーが成長することが彼らの究極の目標であり、仕事は個人の成長に刺激を与える一つの方法である」とザック氏は指摘している。

リーダーがメンバーの全人的な成長に投資すると、信頼が高まる。

8. 自然体(Natural):ありのままの自分をさらす

「リーダーが正直で弱みを見せているとき、組織は自然な状態である 」とザック氏は述べている。自然体で安心できるリーダーは、助けを求め、意見を募り、肯定的な結果も否定的な結果も受け入れる。弱みを見せられるということは、見ている人のオキシトシンを放出させ、その人を助けたいと思わせる。自然体のリーダーは、自身の不完全さをあらわにできる。彼らは親しみやすく、オープンで気配りができ、また、思いやりがあり、親切で、他者に興味がある。注意すべき点は、リーダーの有能さが認められているときだけに限り、弱みを見せることが有効であることだ。有能と思われていないリーダーにとって、弱みを見せることは信頼を損なうことにつながる。

信頼は、有能なリーダーが自分の限界をオープンにしているときに育まれる。

9つ目の鍵はパーパス

オキシトシン分泌を増やす9つ目の方法は、超越的なパーパスに取り組むことである。それは、強いモチベーションを必要とする。人間性を向上させるための要因を伝えたり、それに関与したりすることで、オキシトシンの放出を促し、人を助けたい、人に貢献したいという気持ちが湧き上がってくる。

リーダーが超越的なパーパスに従事しているとき、信頼は高まる。

ザック氏は、ハーバードビジネスレビュー(HBR)の記事で報告された米国の組織の信頼度に関するチームの研究をまとめている。

「企業が8つの行動をどの程度実践しているかについて従業員を対象にした調査を行うことで、各組織の信頼度を測ることができた。(回答者を刺激しないようにするため、調査では「信頼」という言葉は使わなかった)組織の信頼度の米国平均は70%(100%の可能性がある中で)であった。回答者の47%は組織で働いている人達である。」
「信頼度が平均を下回った企業もあり、1社は15%という驚異的な低評価である。全体では、優れた業績の評価と情報の共有(それぞれ67%と68%)が最も低いスコアとなっている。このデータは、米国の平均的な企業が、他の6つの分野では改善しなかったとしても、この2つの分野を改善することで信頼を高めることができることを示唆している。」

「私のチームは、信頼性の高い企業(上位4分の1)で働いている人は、仕事を60%以上楽しんでおり、会社の目的に70%以上一致しており、同僚との距離を66%近く感じていたことを発見した。また、信頼性の高い企業文化は、従業員同士の接し方や自分自身の接し方を改善させる。信頼性の低い組織の従業員と比較して、信頼性の高い企業の従業員は、同僚への共感度が11%高く、非人格化する頻度が41%減り、仕事での燃え尽き症候群の経験が40%減った。また、達成感も41%増加している。」

コーチのための洞察

オキシトシンの放出を増加させるこれらの活動の多くは、信頼を築くために必要な要素であると同時に、効果的なコーチングの関係を築く上でも必要な要素であることは、興味深い。それらの要素とは、本質を肯定すること、現実的な目標、思いやり、成長への投資、自律性の促進、オープンな対話、成長のための領域を議論するための心理的な安全性といったものである。

コーチのためのヒント

  1. ザック氏が推奨するような活動を通して、オキシトシンの放出を意図的に増やすようにしよう。1日中ポジティブな人的交流をすることもその一部である。
  2. 信頼構築のために、パンデミックの現実をクライアントと一緒に探求しよう(この記事を共有することができる)。
  3. 肯定的な社会的交流とオキシトシン放出をサポートする新しい方法を作ることによって、世界的なパンデミックにおける信頼へのマイナスの影響に対抗することを考えるように、クライアントをいざなおう。

「もし、人生を無駄にしたくなかったら、他者を好きになり信頼しなければならない。」
- E.M. フォースター

IOCチームより

以下のIOCブログを参照

Reflections on Trust in Pandemic Time by Vania Castro, Maura Koutoujian, Karen Casanovas, Patricia Hinton Walker, Işık Taçoğlu, Keyaunoosh Kassauei

参考文献

Zak, P. J. (2018). The neuroscience of high-trust organizations. Consulting Psychology Journal: Practice and Research, 70(1), 45.
Zak, P. J. (2017). The neuroscience of trust. Harvard Business Review, 95(1), 84-90.
Zak, P. (2017). Trust factor: The science of creating high-performance companies. Amacom.

筆者について

マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】TRUST MATTERS IN PANDEMIC TIME(2020年7月26日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)


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