ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
健康心理学から学ぶ幸せな人生への鍵
2021年02月09日
50年にわたる健康心理学研究からの学び
ブレア・ジョンソン(Blair Johnson)氏とレベッカ・アカブチャック(Rebecca Acabchuk)氏は、『より長く、より幸せな人生への鍵は何か(What Are the Keys to a Longer, Happier Life? Answers from Five Decades of Health Psychology Research)』と題した論文を2018年にまとめた。彼らはその中で、この分野の歴史や主要なテーマ、顕著な調査結果を示し、以下のように述べている。「健康心理学は、現在世界で最も差し迫った健康関連の問題を改善する試みに大いに役立つものとして、ここ数十年の間に登場した研究分野である。差し迫った問題とは、健康、医療、ストレスとその対処法であり、また、慢性疾患をどのように予防、治療、あるいはコントロールするのが最善かを検討することである。」
医学から健康行動変容へ
数百年前にさかのぼると、公衆衛生の分野は、17世紀の「不快で、野蛮で、短い」35年の寿命から、70歳の寿命まで一気に倍増するという発展をみせている。それは、母子の死亡率を減少させる母体ケアの開発であったり、抗生物質、ワクチン、改善された栄養、公衆衛生の導入などによってもたらされた。
しかし、これらの改善の中には、健康を脅かす要因になるものもあったことは予想外だった。特に、環境要因が健康に悪影響を与えている。座り仕事の多い生活習慣につながる補佐的な仕事の増加、ファストフードや加工食品の普及などである。今、私たちは健康行動の欠如に付随するヘルスケアの危機に直面している。
米国だけでも以下のような状況がある。
- 成人人口の3分の1、8,400万人が糖尿病予備軍である
- 成人人口の40%近く、子供の19%が肥満である
- 65歳以上の人は、心血管疾患、慢性呼吸器疾患、がん、糖尿病のいずれか1つ以上を患っている
WHOによると、これらの疾患による罹患率や早死には、生活習慣の変化によって「大幅に減少させることができる」としている。著者らは次のように述べている。「政策関係者は、慢性疾患による膨大な財政負担を軽減するためには、全国民の行動変容が重要な鍵を握るととらえるようになってきている。」
1970年代に入ると、健康心理学の分野では、健康、病気、ヘルスケアにおける生物学的、社会的、環境的、心理学的、行動的プロセスの「何をどのように」探求するかというホリスティックな「生物心理社会的モデル」が採用され始めた。「生物心理社会的モデル」は、ライフスタイル医学の基礎となるものである。「ライフスタイル医学とは、メインストリームの医学の範囲を広げる新たな試みであり、生活習慣に関するエビデンスに基づいた治療的アプローチを医学に取り入れるものである。そのアプローチには、生活習慣に関連する慢性疾患を予防、治療し、また回復させることを目的とした、完全食や植物中心の食事、運動、睡眠、ストレス管理、アルコールの節制とタバコの中止、およびその他の非薬物療法などが含まれる。
新しい研究分野の一つは、ソーシャルメディア依存症が健康問題やリスク行動の増加につながるかどうかというものである。これまでの研究では、ソーシャルメディアによってドーパミン作動性の報酬システムへ反復的な刺激が与えられることが、特に発達期において、中毒症状につながる可能性があることが示唆されている。
ストレスと慢性疾患
ストレスは、継続的・慢性的になると、ストレス誘発性の消耗につながる可能性があり、健康心理学の中心的なトピックである。ストレスは、免疫系、炎症系、代謝系、心血管系、呼吸器系、神経系、神経内分泌系、神経可塑性、マイクロバイオームなど、直接的・間接的にあらゆる身体系に障害を与える。これらのシステムにおけるストレスのバイオマーカーは、数多く開発されてきている。
幼少期の不遇な経験、トラウマ、燃え尽き、孤独感、うつ病、睡眠不足、不平等感、差別、社会的スティグマ、貧困、失業、低学歴など、さまざまな人生経験からのストレスは、慢性疾患や早死を加速する道に人々を追い込んでいる。
著者は次のように述べている。「ストレスの多い人生の出来事は避けられないものかもしれないが、これらの出来事をどのように認識し、解釈するかは、健康に与える害の強さに非常に大きく影響する。認知的な歪み、例えば、反すう思考、拡大解釈などは、最初のストレッサーを超えて追加のストレスを引き起こす可能性があり、慢性疾患につながる長期的、慢性的なストレスを引き起こす。したがって、介入による対応(例えば、認知行動療法、マインドフルネスに基づく介入、目標設定など)では、メンタルヘルスおよび健康行動を改善するための感情調節、衝動制御、および認知的再構築などの戦略を重要視するのである。
現在の研究の大部分は、自己管理の方法を改善し、ストレスに対する回復力を構築することを目的とした介入のメカニズム、すなわち「有効な要素」を調査することに焦点を当てている。それは、様々な介入が地域に根ざしたプログラムへと移行できるようになることを目的としている。」
社会的支援
著者らは、社会的支援が、全人的な健康と健康習慣の獲得には重要な要素であると同時に、ストレスに対応するためにも欠かせないものであるとして、その重要性を強調している。社会的ネットワークは、ポジティブで健康を促進するものと、ネガティブでストレスを増大させるものの両方がある。これらのネットワークが最も機能しているときは、「身体的な健康を改善し、メンタルヘルスに対しても大きく貢献するだろう。良好な社会的ネットワークは、生産性、健康的な行動、免疫機能、病気の回復、目的、回復力、そして生活の全体的な質を向上させる。」
ポジティブな行動変容とそれを維持することは、何もないところでは起こらない。多くの研究において、身体的・精神的健康の改善には緊密な人間関係が重要であることが強調されているが、「社会的関係を改善するための介入に、そのような知識を取り入れることが課題となっている」と著者らは述べている。
医療現場では、患者と医療提供者との相互作用が社会的支援として機能することがある。医療行為が患者中心のアプローチへと移行した今、患者はもはや単なる受動的な医療の受け手ではなくなった。たとえば、患者は医療者の質、人間性、能力を治療結果よりも優先することもあることが、研究で明らかになっている。
しかし、たとえ医師と患者の関係が良好であったとしても、患者が処方された投薬療法を順守するかどうかについては課題が残っているようである。WHOの調査によると、慢性疾患患者の50%が医療者から推奨されている項目を順守していないことが分かっている。近年、この順守の欠如は、社会的支援の恩恵を受ける側の自己管理の問題だとして、より注目されている。
健康行動の変化
健康・ウェルネスコーチは、健康心理学に関する健康行動変容の知見を行動に移すことができる。例えば、『93の健康行動変容テクニックの分類学 (taxonomy of 93 health behavior change techniques)』は、コーチにとって貴重な材料になる。著者らによると、「目標設定や自己行動観察のような行動変容のテクニックは、健康的な行動の促進に特に有効であるようだ。一方、内発的動機および自律性に関連する要素は、それらの努力を維持するために重要である。」
認知行動介入の新しい形態は、コーチングに容易に統合することができる。コーチングは、マインドフルネス、思いやり、感謝、および 受容がベースになっており、人々が自分自身の思考、感情、行動、および習慣に対して、よりコントロールできるようになるために、力を与えることに向けている。
結論
著者らは、「慢性疾患による公衆衛生上の膨大な財政負担を軽減するためには、全国民の健康行動の変化が必要である。健全な態度や行動を確立し、維持するためには、ポジティブな社会的ネットワークと自己管理を改善する努力が不可欠である」と結論づけている。
所得格差に対処するための公共政策は、健康格差の緩和に役立つが、ストレスの根底にある生物学的メカニズムと同様に、不平等を取り巻く問題は非常に複雑で、多くの場合、双方向性がある。大きな介入は、最初のストレッサーを超えるさらなる苦しみをもたらす危険をはらんでいる。
健康心理学から見た生き方と老い方を成功させる道とは?
目的意識を養い、人生の気まぐれを受け入れ、ポジティブで親密な社会的関係を築き、栄養価の高い食事、十分な運動と睡眠といった健康的な習慣を身につけ、節度ある楽観的なマインドセットを身につけよう。
コーチのためのヒント
- 目的、受容、社会的関係、ネットワーク、健康を促進する習慣や考え方など、自分自身やクライアントが健康について総合的に考えることができるようにしよう。
- クライアントのストレスとその消耗が認知機能、生理機能、慢性疾患の促進に与える影響を、時間をかけて解き明かしていこう。
- クライアントの健康行動の変化をサポートし、軌道に乗せられるように、他の社会的サポートを確立することを支援しよう。
「無数の銀河や星や惑星が存在する宇宙に、深淵な意味があるのかどうかはわからない。しかし、この地球に生きる私たち人間は、幸福な人生をおくるという役目があることだけは間違いない。だからこそ、自分にとって何が最大の幸福をもたらすのかを見つけ出すことが重要なのだ。」
- ダライ・ラマ
IOCチームより
参考文献
Johnson, Blair T., and Acabchuk, Rebecca L. What Are the Keys to a Longer, Happier Life? Answers from Five Decades of Health Psychology Research. Social Science & Medicine. 2018 Jan; 196: 218-226. Published online 2017 Nov 4. doi: 10.1016/j.socscimed.2017.11.001.
筆者について
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Keys to a Happier Life from 50 Years of Health Psychology
(2020年11月22日にIOC Resourcesに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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